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北欧神話

シギュンとは何の神様か|家系図・物語

Sigyn  / シギュン

大地 アース神族

ロキの妻。滴り落ちる毒を、器を掲げて受け止め続ける。

シギュンとは何の神様か

シギュンはひとことで言えば器を掲げ続ける妻です。ロキの妻で、名は「滴る」を意味する語と関わるとされます。

この女神が神話に現れる場面は、事実上ひとつだけです。しかしその一場面が、北欧神話でもっとも忘れがたい光景になっています。

ロキがバルドルの死を仕組み、さらに神々を口汚くののしった罰として捕らえられたとき、神々は鉄に変わった子ナリの腸で彼を岩に縛りつけました。スカジが、その頭上に毒蛇を吊るします。

滴り落ちる毒を、シギュンは器を掲げて受け止め続けました。

ただし器がいっぱいになれば、捨てに離れなければなりません。その間だけ毒がロキの顔に落ち、ロキは苦痛に激しくもがきます。それが地震になるのだと語られます。

終わりの日まで、この動作が続きます。

シギュンの名前の表記と読み方

古ノルド語では Sigyn(シギュン)。名の前半は「滴る」を意味する語と関わるとされます。

この解釈が正しければ、名がそのまま役目を言い当てていることになります。毒が滴る場面のために名づけられたかのような名前です。

もうひとつ、「いましめを緩めるもの」という呼び名も伝わっています。器で毒を受け止めているあいだ、ロキの苦しみが和らぐことによる呼び名だと考えられます。

子の名も紛らわしい点があります。古エッダ『ロキの口論』はナリナルヴィの二人、スノッリの『エッダ』はナリ(別名ナルヴィ)とヴァーリの二人とします。二人なのか三人なのか、書物によって数え方が違います。

Sigyn(シギュン)

古ノルド語の表記。siga(滴る)に関係する語だとされる。

Nari(ナリ)

この女神とロキの子。その腸が鉄に変えられ、父を縛る縄に使われた。

Váli(ヴァーリ)

スノッリの『エッダ』が挙げるもう一人の子。オーディンの子ヴァーリとは別。

シギュンの物語

  1. ロキの妻として ─ 神々の側にいる
  2. 罰の場面 ─ 子の腸で縛る
  3. 器を掲げる ─ 終わらない動作
  4. なぜ記録が少ないのか

ロキの妻として ─ 神々の側にいる

ロキには、二人の相手が伝わっています。

一人は女巨人アングルボザ。狼フェンリル、大蛇ヨルムンガンド、死者の国の女王ヘルの母です。巨人の国に住み、神々の側には来ません。

もう一人が、この女神です。アースガルズでロキとともに暮らし、神々の側に数えられています。

この配置には意味があります。ロキ自身が、巨人の血を引きながら神々に交じって暮らす存在でした。巨人の国に怪物の子らがいて、神々の国に妻と子がいる。ロキの二重の立場が、家族の形にそのまま出ています。

二人の子の名は、ナリとナルヴィ、あるいはナリとヴァーリと伝えられます。そのうちの一人が、後の罰の場面で犠牲になります。

罰の場面 ─ 子の腸で縛る

ロキが捕らえられた経緯は、二段構えです。

まずバルドルの死を仕組みました。さらに『ロキの口論』の宴で、居並ぶ神々の秘密をひとつずつ暴きました。

逃げたロキは鮭に化けて滝に隠れますが、網で捕らえられます。

そして罰が下ります。神々は子ナリの腸を鉄に変え、それでロキを岩に縛りつけました。

自分の子の体で縛られる、という罰です。 北欧神話でもっとも容赦のない場面といえます。

さらにスカジが、ロキの頭上に毒蛇を吊るしました。毒が顔に滴り落ち続けるようにするためです。スカジは、父を殺された恨みをロキに向けていました。

この場に、シギュンが来ます。

器を掲げる ─ 終わらない動作

シギュンがしたことは、ただ一つです。

シギュンは洗桶を支えて、したたり落ちる毒液を受ける。

毒はロキの顔に落ちなくなりました。

しかし器には限りがあります。いっぱいになれば、捨てに行かねばなりません。

その間だけ、毒はロキの顔に落ちます。 ロキは苦痛に激しくもがき、それが地震になるのだと語られます。

北欧の人々は、地震のたびにこの光景を思い出したことになります。 大地が揺れるのは、器を捨てに行っている時間だ、と。

この動作に終わりはありません。ラグナロクでロキが縛めを解くまで、掲げ、捨て、また掲げ続けます。神々が命じたわけではなく、誰かに見られているわけでもありません。

なぜ記録が少ないのか

この女神について伝わっているのは、ほとんどこの一場面だけです。

出自も、どうやってロキと結ばれたのかも、ラグナロクの後にどうなったのかも書かれていません。会話の記録もありません。

理由として考えられるのは、まず女神一般の扱いです。エッダに名の挙がる女神の多くは、名前と続柄だけで、単独の物語を持ちません。

もうひとつは、この一場面で足りていたということです。人物の説明を積み重ねなくても、器を掲げているという姿だけで、この女神が何者かは伝わります。

言葉のない登場人物が、神話でもっとも強い場面を担っている。 記録の少なさが、かえってこの姿を際立たせています。

シギュンの家系図と家族

シギュンの妻・夫: ロキ

シギュンの性格と人物像

シギュンは、説明されない献身です。

なぜそうするのかが、どこにも書かれていません。愛しているとも、義務だとも、赦したとも語られません。ただ器を掲げています。

忘れてはならないのは、この女神が被害者でもあることです。縛る縄に使われたのは、彼女自身の子の腸でした。神々が子を殺し、その体で夫を縛った。それでも彼女は、その夫のそばに残っています。

神々を責める言葉も、ロキを責める言葉も伝わっていません。

選べる場面はあったはずです。離れることも、神々の側に戻ることもできました。それをしなかった理由は、書かれていません。

この神話は策略と裏切りに満ちていますが、その最後の場面に置かれているのが、この静かな動作です。誰も見ていない場所で、誰にも命じられずに続けられている。 物語としては、これで十分でした。

シギュンゆかりの地と遺跡

この女神を祀った建物は見つかっていません。 北欧神話の神には現役の信仰が無く、社そのものがほとんど残っていないためです。

ただし、この場面を刻んだ遺物は伝わっています。イギリスのカンブリア州にあるゴスフォース十字架には、器を掲げる女性と縛られた男が刻まれており、この女神とロキと解されています。十世紀の石十字架で、ヴァイキングの入植者がキリスト教へ移る過程で作られたものです。

この遺物はロキの項でも挙げているため、本書ではここでの重複を避け、欄を空にしています。

シギュンが現代に残した痕跡

この女神の名は、石に刻まれた図と、地震の言い伝えのなかに残りました。

ゴスフォース十字架の図: イギリス・カンブリア州に立つ十世紀の石十字架。器を掲げる女性と縛られた男が刻まれており、この女神とロキの場面と解されている。

地震の言い伝え: 器がいっぱいになって捨てに離れているあいだ、毒がロキの顔に落ちてもがく。それが地震だとする説明。自然現象を一場面で語り切っている。

「いましめを緩めるもの」: この女神に伝わる呼び名。器で毒を受け止めているあいだ、縛られた夫の苦しみが和らぐことによるとされる。

シギュンが司るもの

忍耐

終わりのない動作を続ける姿による。

夫婦円満

罰を受けた夫のそばに残り続けた妻として語られる。

苦しみを取り除く

滴る毒を器で受け止め、苦痛を和らげ続けたことによる。

シギュンについてよくある質問

シギュンとは誰ですか。

ロキの妻とされる女神です。岩に縛られたロキの頭上から滴る毒を、器を掲げて受け止め続ける姿で知られます。

シギュンの子は誰ですか。

古エッダ『ロキの口論』ではナリとナルヴィ、スノッリの『エッダ』ではナリ(別名ナルヴィ)とヴァーリの二人とされます。書物によって数え方が違います。

なぜロキは縛られたのですか。

バルドルの死を仕組み、さらに宴で神々を口汚くののしったためです。神々は鉄に変えた子ナリの腸で彼を岩に縛り、スカジがその頭上に毒蛇を吊るしました。

地震はシギュンと関係がありますか。

関係があると語られます。器がいっぱいになって捨てに離れているあいだ、毒がロキの顔に落ちます。ロキが苦痛でもがくことが地震になるとされます。

シギュンと併せて覚えたい言葉・用語

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。

アースガルズ(Ásgarðr)

アース神族が住む神々の国。虹の橋ビフレストで地上とつながる。

ラグナロク(Ragnarök)

北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。