出雲国造の系図に現れる神。アメノホヒの孫にあたる。
イサガとは何の神様か
イサガの漢字表記と読み方
読みは「いさが」です。名の由来については、次の説があります。
「イササカハ」「イサカハ」、つまり小川を意味する語から変じたのではないか、というものです。
小さな川が名になっているという読み方です。
出雲国造の系図に見える神名には、こうした地形に由来する名が少なくありません。土地に根ざした一族の系譜であることを示しています。
伊佐我命(いさがのみこと)
出雲国造系図での表記。
櫛瓊命(くしにのみこと)
伝本によって第三代をこの名とする。
出雲建子命(いずもたけこのみこと)
別名とする系図がある。イセツヒコの別名でもある。
五十坂三磯命(いさかみいそのみこと)
菅原氏の系譜に伝わる別名。
イサガの物語
出雲国造という家
別名が入り乱れる
この神の名は、系図によって扱いが違います。
ある系図 ─ 出雲建子命(イセツヒコ)の別名とする。
別の系図 ─ イサガとイセツヒコを兄弟とする。
さらに別の系図 ─ 櫛八玉命をこの神の別名とする。
菅原氏の系譜 ─ 五十坂三磯命という別名を伝える。
同じ位置に、四つも違う名が当てられています。
伝本によっては、第三代そのものを櫛瓊命とします。
系図が写されるたびに名が揺れたことを示しており、この系譜が古い記録の忠実な写しではないことをうかがわせます。
後から作られた系譜か
研究では、この部分の系譜に疑いが向けられています。
出雲国でアメノホヒを祀る神社は、出雲国風土記の編纂当時、式外社にとどまっていた。
官社になるのは、後の時代である。
つまり、アメノホヒが出雲国造の祖神とされたのは新しいということです。
アメノホヒから伊幣根命までの系譜、北島氏系譜でいえば初代から第十二代までは、後から作られて挿し込まれたものだと論じられています。
この神は、その挿し込まれた部分の第三代にあたります。
祀る社をめぐる混乱
この神を祀る社についても、意見が割れています。
明治時代の神祇志料は、次の三社の祭神をイサガとしました。
神伊佐我神社(阿須伎神社に合祀)。
伊佐波神社(都我利神社に合祀、島根県出雲市東林木町)。
伊佐賀神社(島根県出雲市斐川町出西)。
しかし現状は違います。
伊佐波神社は社説で祭神を伊邪那美尊とし、伊佐賀神社は播磨国風土記の神である阿菩大神を祀っています。
確実なのは、出雲市大社町遙堪の阿須伎神社に合祀されていることだけです。
イサガの家系図と家族
イサガの性格と人物像
イサガは、系図の都合で立てられた神です。
記紀に名はありません。物語もありません。別名が四つもあり、どれが本来なのかも分かりません。祀る社さえ、後から当てはめられたものが多く含まれます。
それでも、この神の名は江戸時代の系図に書き写され続けました。
出雲大社の祭祀を継ぐ家が、自らの古さを示すために必要とした一代です。神の名が、家の正統性を支える部品として使われたことを、はっきり示す例といえます。
イサガを祀る神社
この神を祀る社として確かなのは、島根県出雲市大社町遙堪の阿須伎神社です。合祀という形で伝わります。
明治時代の神祇志料は他に二社を挙げましたが、いずれも現在は別の神を祀っています。
出雲市東林木町の伊佐波神社は伊邪那美尊を、斐川町出西の伊佐賀神社は阿菩大神を祭神としています。名の似た社に当てはめられ、のちに外された例です。
イサガが現代に残した痕跡
イサガの名は、国造の系図に残りました。
出雲国造: 出雲大社の祭祀を代々受け継いだ家。千家と北島の二家が続く。
国造北島氏系譜: 江戸時代初期に成立した系図。この神を第三代とする。
出雲國造傳統略: 明治十五年に千家武主が編んだ系譜書。
イサガのご利益
子孫繁栄
出雲国造の系譜に位置することによる。
水の恵み
名が小川に由来するとする説による。
イサガについてよくある質問
イサガとはどんな神様ですか。
出雲国造の系図に登場する神です。祖神アメノホヒの孫、タケヒラトリの子として記されますが、記紀に同名の神は見えません。
なぜ別名が多いのですか。
系図によって扱いが違うためです。出雲建子命の別名とする系図、兄弟とする系図、櫛八玉命を別名とする系図などがあります。
この系譜は信頼できますか。
アメノホヒから伊幣根命までの部分は、後から作られて挿し込まれたものだと論じられています。この神はその部分の第三代にあたります。
イサガと併せて覚えたい言葉・用語
国譲り(くにゆずり)
オオクニヌシが葦原中国の統治権を天津神に明け渡した出来事。
誓約(うけい)
神意を問うための占い。あらかじめ結果の意味を決めておき、どちらが起きるかで是非を判断する。