風を司る二柱。奈良の龍田大社に祀られる。
龍田の風神とは何の神様か
龍田の風神はひとことで言えば風の加減です。龍田大社の祭神で、天御柱命と国御柱命の二柱にあたります。
崇神天皇の代、凶作と疫病が続いたとき、夢のお告げにより祀られたと伝えられます。
風が吹かなければ稲は実らず、吹きすぎれば倒れます。風を鎮める風鎮大祭が、いまも行われています。
龍田の風神の漢字表記と読み方
読みは「あめのみはしら」「くにのみはしら」です。「ミハシラ」は御柱を指します。
なぜ風の神が柱なのか。
天と地の間に立つものとして、柱が想像されたためとする説があります。風は天と地のあいだを吹き抜けます。
天の柱と、国の柱。二柱で、上下をつなぐ通り道を表しています。
諏訪大社の御柱とも、発想が通じるとされます。
天御柱命(あめのみはしらのみこと)
龍田大社での表記。
国御柱命(くにのみはしらのみこと)
対になる神。
龍田大神(たつたのおおかみ)
二柱をあわせた呼び名。
龍田の風神の物語
夢のお告げで祀られる
崇神天皇の代、凶作と疫病が続きました。
天皇の夢に神が現れ、こう告げます。
我が宮を、龍田の立野に建てて祀れ。さすれば、五穀は豊かに実る。
風が原因であるという診断です。
社が建てられると、作物は実るようになったと伝えられます。
龍田は、大和から河内へ抜ける風の通り道にあたる土地です。大和盆地の西の出口で、実際に風の強い場所です。
風は多すぎても少なすぎても困る
風の神への祈りは、両方向です。
吹かなければ ─ 稲が受粉せず、実らない。湿気がこもって病が出る。
吹きすぎれば ─ 稲が倒れ、実が落ちる。
どちらも困ります。
水の神に祈雨と止雨の両方を祈るのと、まったく同じ構造です。
適量であることを祈る。日本の農耕の神への祈りは、多くがこの形をとります。
過剰と不足の両方が災いという考え方です。
広瀬の水と、龍田の風
朝廷は、二つの社に対で使者を送りました。
広瀬大社 ─ 水の神。奈良県河合町。
龍田大社 ─ 風の神。奈良県三郷町。
毎年四月と七月、両社で祭りが行われました。
広瀬の大忌祭(おおいみのまつり)と龍田の風神祭です。律令に定められた国家の祭祀でした。
水と風がそろえば、稲は実る。
農業に必要な二つの要素を、二社に分けて祀る形です。
風鎮大祭
龍田大社では、いまも風鎮大祭(ふうちんたいさい)が行われます。
毎年七月の第一日曜。
風を鎮めるという、そのままの名の祭りです。
台風の季節を前に行われます。
手筒花火や、風神太鼓が奉納されます。千年以上続く国家的な祭祀が、いまも地域の行事として残っている例です。
紅葉の名所としても知られ、龍田川は古今和歌集にも詠まれました。
龍田の風神の家系図と家族
龍田の風神のきょうだい: 大物主崇神天皇の夢に現れて祀られる
龍田の風神の性格と人物像
龍田の風神は、加減を司る神です。
姿も物語もありません。天御柱・国御柱という名だけが伝わります。
しかし祈られた内容ははっきりしています。吹きすぎるな、止まるな。
日本の農業の神は、多くがこの性格を持ちます。恵みを与える神は、同時に災いを与える神です。
風も水も火も、すべて同じです。適量であることを祈るしかありませんでした。
龍田の風神を祀る神社
龍田の風神を祀るのは、奈良の龍田大社が総本社です。
全国の龍田神社は、ここから分かれたものです。
広瀬大社の水の神と対で祀られ、朝廷は毎年四月と七月に両社へ使者を送りました。律令に定められた国家の祭祀です。
伊勢神宮にも風日祈宮(かざひのみのみや)があり、風の神が祀られています。
龍田大社(たつたたいしゃ)
式内社
崇神天皇の夢のお告げにより祀られたと伝える。風の神の総本社。
七月に風鎮大祭が行われる。
周辺の宿をさがす
龍田の風神が現代に残した痕跡
龍田の風神は、祭りと歌に残りました。
風鎮大祭: 龍田大社で七月に行われる祭り。台風の季節を前に風を鎮める。
龍田川: 紅葉の名所。古今和歌集などに詠まれた。
神風: 神が起こす風。元寇の際の暴風などが結びつけて語られた。
龍田の風神のご利益
風除け
風を鎮める神であることによる。
五穀豊穣
風の加減が稲の実りを左右することによる。
厄除け
疫病を風がもたらすと考えられたことによる。
龍田の風神についてよくある質問
龍田の風神とはどんな神様ですか。
奈良の龍田大社に祀られる天御柱命と国御柱命の二柱です。風を司り、崇神天皇の夢のお告げにより祀られたと伝えられます。
なぜ「柱」という名なのですか。
天と地のあいだに立つものとして柱が想像されたためとする説があります。風は天と地のあいだを吹き抜けます。
広瀬大社との関係は何ですか。
広瀬が水の神、龍田が風の神として対で祀られました。朝廷は毎年四月と七月に両社へ使者を送っています。