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ギリシャ神話

ネレイスとは何の神様か|家系図・物語

Νηρηΐδες  / ネレイス

原初の神

海のニンフ五十柱。船を守り、英雄の母となり、海の穏やかな面を担う。

ネレイスとは何の神様か

ネレイスはひとことで言えば海の優しい側です。

海の老人ネレウスオケアノスの娘ドリスの娘たちで、五十柱いるとされます。ヘシオドスは、その名を一柱ずつ書き出しました。

名前のほとんどは、海の様子を表す普通の言葉です。

凪の女、緑の水の女、速く走る女、 島を与える女、洞窟に住む女。

五十の名を並べることは、海の表情を五十に数え上げることでした。

このなかから、神話の主要な女神が出ます。アキレウスの母テティスポセイドンの妃アムピトリテキュクロプスに恋されたガラテイア

姿は、イルカや海馬に乗って波を渡る若い女性として描かれます。難破しかけた船を助ける女神たちとして、船乗りにもっとも親しまれました。

ポルキュスケトの側から怪物が出るのに対し、ネレウスの側からは助ける神が出ます。

ネレイスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Νηρηΐδες。父ネレウスの名に「〜の娘たち」を意味する語尾が付いた形です。

日本語では「ネレイス」「ネレイデス」「ネレイド」と三通りに書かれます。単数と複数のどちらを訳語に採るかで表記が割れており、事典によって見出しが違います。

この図鑑では、集団としてまとめて扱うため「ネレイス」を見出しにしています。

紛らわしいのが、ナイアス(泉のニンフ)やオケアニス(大河オケアノスの娘たち)との違いです。ネレイスは塩水の海、ナイアスは真水、オケアニスは世界を巡る大河を受け持ちます。住む水が違います。

海王星の衛星のひとつに、この娘たちの名が付けられました。海の神の星をめぐる小さな衛星という配置になっています。

Νηρηΐδες(ネレイデス)

古代ギリシャ語の複数形の表記。「ネレウスの娘たち」を意味する。単数形はネレイス。

ネレイデス(ネレイデス)

複数形をそのままカタカナにした表記。日本語の事典ではこちらも使われる。

ネレーイス(ネレーイス)

長音を残した学術的な表記。

Nereides(ネレイデス)

ローマでの綴り。海王星の衛星ネレイドの名はここから取られている。

ネレイスの物語

  1. 五十の名 ─ 海の表情を数え上げる
  2. 海底の館 ─ 嘆きに集まる姉妹
  3. 船を助ける女神 ─ 信仰としてのネレイス

五十の名 ─ 海の表情を数え上げる

『神統記』は、ネレイスの名を延々と並べます。二十行以上、ほとんど名前だけです。

プロト、エウクラテ、サオ、アムピトリテ、 エウドラ、テティス、ガレネ、グラウケ。

退屈に見えますが、意味があります。名の中身が海の説明になっているからです。

ガレネは「凪」、グラウケは「青緑の水」、キュモドケは「波を受け止める者」、ネサイエは「島の女」。ひとつひとつが、海のある状態を指しています。

つまりこの名簿は、海という現象を五十に分解した一覧です。

アポロドーロスの伝える名簿は、ヘシオドスのものと完全には一致しません。名が入れ替わり、数も揺れます。

五十という数だけが動かないのが特徴です。ギリシャでは、五十は「たくさん」を表す区切りのよい数として使われました。ダナオスの五十人の娘、五十人の漕ぎ手を乗せた船。同じ数え方です。

海底の館 ─ 嘆きに集まる姉妹

『イリアス』第18歌に、五十柱が一堂に会する場面があります。

アキレウスは親友パトロクロスの死を知り、砂に伏して泣き叫びました。その声は海の底まで届きます。

母テティスが声を上げると、 海底の父の館に、ネレイスたちが集まってきた。

ここでもホメロスは名を並べます。ヘシオドスの名簿と重なる女神が続き、姉妹は胸を打って嘆きます。

洞窟は嘆きの声で満ちた。

この場面は、神話のなかでもっともまとまった家族の描写です。

オリュンポスの神々の家庭に必ずある嫉妬と争いが、この海底の家には出てきません。 姉妹は、一人の嘆きに全員で応じます。

テティスはこのあと、息子の武具を求めてヘファイストスのもとへ向かいます。五十柱は海へ散り、物語には戻ってきません。

集まって嘆く。それがこの女神たちの、いちばん大きな出番でした。

船を助ける女神 ─ 信仰としてのネレイス

ネレイスは、古代の船乗りにもっとも身近な海の女神でした。

ポセイドンは大きすぎ、怒れば手がつけられません。ネレイスは違います。難破しかけた船に寄り添い、波を分け、人を岸へ運ぶ存在として語られました。

アルゴ船が漂流したとき、ヘラの求めに応じてネレイスたちが船を手渡しで送ったという話があります。

娘たちは船を支え、岩と岩のあいだを抜けさせた。

手で押して通したという書き方です。神の力で瞬時に救うのではありません。

古代の墓や石棺には、イルカや海馬に乗ったネレイスが繰り返し彫られました。死者の魂を海の向こうへ運ぶ役目を負わされたためだと考えられています。

近代のギリシャの民間伝承にも、海や泉に現れる女の精霊が残っています。名は変わりましたが、性格は古代のニンフを引き継いでいるとみられます。

神殿を持たないまま、二千年以上語られ続けた神格です。

ネレイスの家系図と家族

ネレイスの親: ネレウス五十柱の父ドリス五十柱の母

ネレイスの子・子孫: テティス五十柱の一柱ガラテイア五十柱の一柱アムピトリテ五十柱の一柱

ネレイスの性格と人物像

ネレイスは、集団として書かれる女神です。

個々の性格が語られるのは、テティス、アムピトリテ、ガラテイアの三柱だけで、残る四十七柱は名前しかありません。名簿としてだけ存在する女神が、これほどの数まとめて残っている例は他にありません。

共通する性格は、助けることです。船を支え、嘆く者に寄り添い、死者を運ぶ。攻撃した記録が、ほとんどありません。

例外はあります。エチオピアの王妃カシオペイアが「自分の娘はネレイスより美しい」と誇ったとき、この女神たちは怒ってポセイドンに訴えました。送り込まれた海の怪物が、王女アンドロメダを岩に縛る事態を招きます。

唯一の怒りの記録が、美しさをめぐる誇りへの反応である点は、この女神たちの位置をよく表しています。恐ろしい神ではなく、美しい神として扱われていました。

姿は若い女性で、しばしば裸か薄い衣です。古代の彫刻では、海の生き物に乗って波の上を進む姿が定型になりました。

怖くない海の神。 船乗りが求めたのは、まさにそれでした。

ネレイスゆかりの地と遺跡

ネレイスだけを祀った神殿は確かめられませんでした。

この女神たちは、海辺の岬・洞窟・港で、名を挙げずに供え物を受ける形で祀られていました。神殿を建てるのではなく、水そのものに向かって捧げる祭祀です。

ニンフへの祭祀がこの形をとるため、建物の遺構として残りにくく、記録も乏しくなっています。

小アジアの南岸には、ネレイスの像を柱の間に並べた古い墓が発見されており、いまはイギリスの博物館に移されています。ただしその墓が本来どの神を祀った建物だったのかは、確定していません。

古代の石棺や壁画にはくり返し描かれており、祀られた記録より、描かれた記録のほうがはるかに多い女神たちです。

ネレイスが現代に残した痕跡

ネレイスの名は、天体・生物・美術の主題として現代に残りました。

海王星の衛星ネレイド: 1949年に発見された海王星の衛星の名。海の神の星を回る小さな衛星に、海のニンフの名が与えられた。

ゴカイの一群の学名: 海に住む多毛の環形動物の一属にこの名が使われている。

海の乗り物の図像: イルカや海馬に乗って波を渡る女性の図は、古代から近世まで噴水や天井画の定番の主題になった。

ギリシャの水の精の伝承: 海や泉に現れる女の精霊の話が近代のギリシャにも伝わり、古代のニンフを引き継ぐものと考えられている。

ネレイスが司るもの

航海の安全

難破しかけた船を支え、岩のあいだを抜けさせる女神たちとして祈られた。

海の恵み

海の穏やかな面を担う。凪や澄んだ水を名に持つ女神が並ぶ。

水難除け

海に落ちた者を岸へ運ぶとされ、船乗りの守り手とされた。

魂の導き

古代の石棺に彫られ、死者を海の向こうへ運ぶ役目を負わされた。

美しさ

ギリシャで美の基準として語られ、これに並ぶと誇った王妃が罰を招いた。

ネレイスについてよくある質問

ネレイスとはどんな存在ですか。

海の老人ネレウスとオケアノスの娘ドリスの娘たちで、五十柱いるとされる海のニンフです。イルカや海馬に乗って波を渡り、難破しかけた船を助けるとされました。

ネレイスには誰がいますか。

アキレウスの母テティス、ポセイドンの妃アムピトリテ、キュクロプスに恋されたガラテイアが、いずれもこの五十柱の一員です。ほかの女神は名前だけが伝わります。

ネレイスとナイアスの違いは何ですか。

住む水が違います。ネレイスは塩水の海、ナイアスは泉や川などの真水に住みます。世界を取り巻く大河オケアノスの娘たちはオケアニスと呼ばれ、これも別の一群です。

ネレイスは怒ることがありますか。

記録はほとんどありません。ただしエチオピアの王妃が「自分の娘のほうが美しい」と誇ったとき、この女神たちはポセイドンに訴え、海の怪物が送り込まれました。王女アンドロメダが岩に縛られた原因はここにあります。

ネレイスを祀った神殿はありますか。

確かめられませんでした。海辺の岬や洞窟で、名を挙げずに供え物をする形の祭祀が行われていたと考えられます。神殿を建てないのがニンフへの祀り方でした。

ネレイスと併せて覚えたい言葉・用語

ニンフ(Νύμφη)

山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。