海の老神。妹ケトとの間に、ゴルゴンとグライアイを生んだ怪物の父。
ポルキュスとは何の神様か
ポルキュスはひとことで言えば怪物の父です。
原初の海ポントスとガイアの子。ヘシオドスは「荒海の老神」と呼びます。ネレウスの弟にあたります。
妹のケトを妻としました。生まれた子は、ことごとく怪物です。
生まれつき白髪で、目と歯をひとつずつ分け合う三姉妹グライアイ。 見た者を石に変えるゴルゴン三姉妹。 世界の西で黄金の林檎を守る大蛇ラドン。
メドゥーサはこの神の娘です。ペルセウスが目と歯を奪って行き先を聞き出した相手も、この神の娘たちでした。
兄ネレウスの家からは助ける女神が出て、この神の家からは石に変える怪物が出ます。 同じ海から、正反対の系譜が二本伸びています。
イタケ島には「ポルキュスの港」があると『オデュッセイア』は書きます。眠ったまま運ばれたオデュッセウスが降ろされたのが、この入り江でした。
ポルキュスのギリシャ名・ローマ名と読み方
古代ギリシャ語では Φόρκυς。日本語では「ポルキュス」で定着しています。
語形が一定しない神です。原典にはポルコス、ポルキュンという別の形も現れ、どれが古いかは決まっていません。名の揺れは、この神が地方ごとに違う名で呼ばれていた名残だと考えられています。
語源も確定していません。「白い」「灰色の」を意味する語と結び付ける説があり、この場合は波頭の白さを指すことになります。娘たちが生まれつき白髪であることと合う読み方です。
娘たちを指すポルキデス(ポルキュスの娘たち)という呼び名も使われます。グライアイとゴルゴンをまとめて言うときの言い方です。
混同されやすいのが、『イリアス』に出てくる同名のトロイア側の武将です。この老神とは関係のない別人で、アイアスに討たれます。
Φόρκυς(ポルキュス)
古代ギリシャ語の表記。語源は定まっておらず、「白い」「灰色の」を意味する語と結び付ける説がある。
ポルキュース(ポルキュース)
長音を残した学術的な表記。ポルコス、ポルキュンという語形も原典に現れる。
ポルキデス(ポルキデス)
「ポルキュスの娘たち」の意。グライアイとゴルゴンをまとめて指すときに使われる呼び名。
Phorcys(ポルキュス)
ローマでの綴り。ラテン語ではポルクスの形でも記される。
ポルキュスの物語
怪物の家 ─ ポルキュスとケトの子ら
『神統記』は、この夫婦の子を順に挙げていきます。
ケトはポルキュスに、頬の美しいグライアイを生んだ。 生まれたときから白髪であったので、神々も人も老女と呼ぶ。
グライアイは三姉妹で、目玉ひとつと歯一本を交代で使います。ペルセウスはこれを奪い取り、メドゥーサの居場所を聞き出しました。
続いてゴルゴン三姉妹です。ステンノ、エウリュアレ、そしてメドゥーサ。姉二人は不死で、末妹だけが死ぬ定めでした。
メドゥーサの首を落としたとき、 血のなかから天馬ペガソスと黄金の剣の勇者が跳び出した。
さらにラドン。世界の西の果てで、黄金の林檎の木にとぐろを巻く百頭の蛇です。
伝えによっては、上半身が女で下半身が蛇のエキドナもこの夫婦の子とされます。エキドナからはケルベロス?、キマイラ、ヒュドラが出ました。
ギリシャ神話の怪物の系図は、ほぼすべてこの一家に集まります。
なぜ怪物ばかりなのか ─ 海の二つの顔
ポントスとガイアの子は五柱います。ネレウス、タウマス、ポルキュス、ケト、エウリュビアです。
このうちネレウスの系統からは、助ける女神が出ます。 五十柱のネレイスは、船を支え、遭難者を運びます。
ポルキュスの系統からは、怪物しか出ません。 石に変える者、林檎を守る者、通る船から人を取る者。
同じ海の子でありながら、系譜が正反対の方向へ伸びていきます。
これは、海というものの見え方をそのまま分けた形だと考えられます。
凪いだ海は人を運び、荒れた海は人を呑む。
ギリシャ人は、この二面をそれぞれ別の神の家として整理しました。穏やかな海の一族と、恐ろしい海の一族です。
ポルキュスに「荒海の」という形容が付くのは、そのためです。ヘシオドスは、この神の名を挙げるたびに海の激しさを添えています。
ただし、この神自身が暴れた記録はありません。荒れるのは子どもたちの役目でした。
イタケの港 ─ 名を残した入り江
『オデュッセイア』第13歌に、この神の名が地名として出てきます。
二十年ぶりに故郷イタケへ運ばれたオデュッセウスは、眠ったまま浜に降ろされました。その場所が、
海の老人ポルキュスの名を持つ港。
と書かれています。入り江の両側に岬が突き出し、風を防ぐ天然の良港です。港の奥にはニンフ?に捧げられた洞窟があり、そこにオデュッセウスは宝を隠しました。
神の名が付いた港が、物語のなかで実在の場所として扱われています。
古代ギリシャでは、岬や入り江に神の名を冠することがよくありました。 危険な岬には恐ろしい神の名を、穏やかな港には守り手の名を与えます。
この港がイオニア海の現在のどの入り江にあたるかは、古代から議論されてきました。候補地はいくつも挙げられていますが、確定していません。
名前だけが残り、場所は定まらない。ポルキュスという神の残り方を、そのまま表しています。
ポルキュスの家系図と家族
ポルキュスの性格と人物像
ポルキュスは、動かない神です。
原典に台詞がありません。怒った場面も、戦った場面もありません。怪物の父でありながら、この神自身は何ひとつ恐ろしいことをしていません。
書かれているのは、誰の子で、誰を妻とし、誰を生んだかだけです。
それでもこの神が忘れられなかったのは、娘たちの知名度によります。メドゥーサ、グライアイ、ラドン。ギリシャ神話の有名な怪物が、そろってこの家から出ています。
父としての描写がまったく無いまま、系譜の起点としてだけ立っている神です。
もうひとつ特徴的なのが、兄弟との対比です。ネレウスは褒められ、この神は形容だけを与えられました。「荒海の」という一語です。
ヘシオドスは性格を書きませんでしたが、この一語で位置づけを示しています。海の荒れる側に属する神だ、ということです。
子を助けた話も、子の死を嘆いた話もありません。メドゥーサが首を落とされても、この神は動きません。
産むこと以外の記録が無いという点で、妻ケトとまったく同じ立場に置かれています。
ポルキュスゆかりの地と遺跡
ポルキュスを祀った神殿は確かめられませんでした。
原初の海に属する古い神格で、名を挙げて祈られた記録が残っていません。海の祭祀の中心はポセイドンに移り、それ以前の神々は系譜のなかにだけ残る立場になりました。
伝承の場所としてはっきりしているのは、イタケ島の「ポルキュスの港」です。『オデュッセイア』第13歌に、両側から岬が突き出し風を防ぐ入り江として描かれています。港の奥にはニンフの洞窟があり、オデュッセウスが宝を隠したとされます。
ただし、この入り江が現在のどこにあたるかは確定していません。 候補地はいくつも挙げられており、古代から議論が続いています。
娘であるゴルゴンの顔は、魔除けとして神殿の破風や盾に数多く彫られました。父ではなく娘の顔のほうが、はるかに多く残っています。
ポルキュスが現代に残した痕跡
ポルキュスの名は、地名と学名として現代に残りました。
ポルキデスという呼び名: グライアイとゴルゴンをまとめて指す言い方。「ポルキュスの娘たち」を意味し、古代の詩で用いられた。
海の生物の学名: 海に住む生き物の属名に、この神の名が使われた例がある。
イタケの港の伝承地: イオニア海の入り江のいくつかが、この神の名を持つ港の候補地として挙げられ続けている。
怪物の系図としての位置: 神話事典で怪物の系譜をたどると、その多くがこの神とケトの夫婦に行き着く。
ポルキュスが司るもの
(祀られない)
原初の海の神格であり、名を挙げて祈られた記録は確かめられなかった。
嵐
「荒海の老神」と形容され、海の激しい面に属する神とされる。
港
イタケ島の入り江にその名が冠され、風を防ぐ良港として語られた。
守護
娘や孫が、黄金の林檎や冥界の入口を守る番人として置かれている。
ポルキュスについてよくある質問
ポルキュスはどんな神ですか。
原初の海ポントスとガイアの子で、「荒海の老神」と呼ばれます。妹ケトを妻とし、グライアイ三姉妹、ゴルゴン三姉妹、黄金の林檎を守る蛇ラドンを生みました。
メドゥーサの父はポルキュスですか。
そうです。ヘシオドス『神統記』では、ゴルゴン三姉妹はポルキュスとケトの娘とされます。メドゥーサはその末妹で、姉二人と違って死ぬ定めを負っていました。
ポルキュスとネレウスの違いは何ですか。
兄弟ですが、系譜の向きが正反対です。ネレウスの家からは船を助ける五十柱のネレイスが出て、ポルキュスの家からは石に変える怪物が出ます。海の穏やかな面と荒れる面を分け持っています。
ポルキュスの港とはどこですか。
『オデュッセイア』第13歌で、オデュッセウスが眠ったまま降ろされたイタケ島の入り江です。両側に岬が突き出した天然の良港として描かれます。現在のどの入り江にあたるかは確定していません。
ポルキュスを祀った神殿はありますか。
確かめられませんでした。原初の海の神格であり、名を挙げて祈られた記録が残っていません。娘であるゴルゴンの顔は、魔除けとして神殿や盾に数多く彫られています。
ポルキュスと併せて覚えたい言葉・用語
ケルベロス(Κέρβερος)
冥界の門を守る三つ首の犬。入る者は通すが、出る者は通さない。テュポーンとエキドナの子。
ニンフ(Νύμφη)
山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。