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ギリシャ神話

グラウコスとは何の神様か|家系図・物語

Γλαῦκος  / グラウコス

英雄

草を食べて不死になった漁師。海神となり、スキュラに恋して拒まれた。

グラウコスとは何の神様か

グラウコスはひとことで言えばなってしまった神です。

もとはボイオティアの浜で網を打つ漁師でした。ある日、獲った魚を岸の草の上に置いたところ、

魚がひとりでに跳ね、草をくわえて海へ戻っていった。

この草には何かある。そう思って自分で口に入れると、体が変わりました。髭も髪も海の色になり、肩は広がり、脚は魚の尾になります。二度と陸へは戻れない体でした。

望んだわけでも、罰でもありません。好奇心ひとつで神になった例です。

海神となったグラウコスは、スキュラに恋をします。拒まれ、魔女キルケーに薬を求めました。ところがキルケー自身がこの神に恋しており、断られた腹いせにスキュラを怪物へ変えてしまいます。

自分の恋が、相手を化け物にした。 オウィディウスはそう書きました。

グラウコスのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Γλαῦκος。日本語では「グラウコス」で定着しています。

名は色を表す言葉です。「青緑の」「光を含んだ灰色の」を意味し、海の色や、オリーブの葉の裏の色を指しました。神の名が、そのまま海の色を意味している 珍しい例です。

アテナの枕詞「輝く目の」も、同じ語根から作られています。

注意が要るのは、同名の人物が複数いることです。『イリアス』にはトロイア側の武将グラウコスがいて、ディオメデスと武具を交換します。クレタ王ミノスの子にも同じ名の人物がいます。海神と区別するため、「海の」「アンテドンの」といった語を添えて呼び分けます。

医学で緑内障を指す語も、この語根から作られました。瞳が濁って青緑に見える症状を、古代の医師がこの色の語で呼んだためです。

Γλαῦκος(グラウコス)

古代ギリシャ語の表記。「青緑色の」「輝く」を意味する語で、海の色を指す形容詞がそのまま名になっている。

グラウコス・ポントス(グラウコス・ポントス)

「海のグラウコス」の意。同名の人物と区別するために使われる呼び方。

アンテドンのグラウコス(アンテドンのグラウコス)

生まれた土地の名を添えた呼び方。ボイオティアの海辺の町の漁師だったとされる。

Glaucus(グラウコス)

ローマでの綴り。眼の病を指す医学語も、同じ語根から作られている。

グラウコスの物語

  1. 草を食べる ─ 漁師が神になる瞬間
  2. スキュラとキルケー ─ 恋が怪物を作る
  3. 予言する海神 ─ アルゴ船の前に現れる

草を食べる ─ 漁師が神になる瞬間

オウィディウス『変身物語』第13巻が、この場面をもっとも詳しく書いています。

グラウコスは、誰も来ない浜で網を引き上げました。獲った魚を草の上に並べて数えていると、異変が起きます。

魚が体をひねり、陸の上で跳ねはじめた。 そして草をくわえたまま、次々に海へ滑り込んでいった。

漁師は考えます。この草に力があるのか、それとも別の何かか。

確かめるために、私はその草を口に入れた。

喉を通った瞬間、胸のうちが震えました。抗いがたい力に引かれて海へ入ると、海の神々が迎え出て、川の水で百回浄めます。

目を開けると、姿が変わっていました。髭は緑、髪は海に長く漂い、腕は青く、脚は魚の尾。

罰でも、褒美でも、恋の報いでもありません。 ギリシャ神話で人が神になる例はいくつもありますが、きっかけが好奇心だけというのはこの神くらいです。

グラウコス自身も、この変化を喜んでいません。「この姿が何の役に立つのか」と嘆く場面が続きます。

スキュラとキルケー ─ 恋が怪物を作る

海神となったグラウコスは、岸辺のニンフスキュラに恋をします。

近づいて話しかけますが、スキュラは逃げました。姿が恐ろしかったからです。

困ったグラウコスは、薬に通じた魔女キルケーを訪ねます。相手の心を得る薬がほしい、と。

ところが、話を聞いたキルケーはこう答えました。

逃げる者を追うのはおやめなさい。 あなたを求めている者を、求めればよいのです。

魔女自身が、この神に恋をしていました。

グラウコスは断ります。「海に藻が生え、山に樹が茂るかぎり、私の心は変わらない」。

怒ったキルケーは、スキュラが水浴びをする入り江へ向かい、恐ろしい薬を溶かし込みました。

腰から下が、吠える犬の頭の群れに変わった。 逃げようとしても、それは自分の体であった。

求愛した相手が、求愛したせいで怪物になりました。 グラウコスは泣きながら泳ぎ去り、キルケーとは二度と会わなかったと書かれています。

スキュラはこののち、海峡の岩に潜んで通る船から人をさらう存在になります。

予言する海神 ─ アルゴ船の前に現れる

グラウコスには、もうひとつの顔があります。予言する神です。

アポロニオスの『アルゴナウティカ』に、こんな場面があります。ヘラクレスと従者ヒュラスを置き去りにしてしまった一行が、仲間割れを起こしかけたときです。

海のなかから、海の老神が肩まで姿を現した。

グラウコスは、置き去りが神の定めであること、ヘラクレスには別の務めがあることを告げ、また海へ沈んでいきます。

争いを鎮めるためだけに現れて、消えます。

姿を変えて逃げるネレウスプロテウスと違い、この神は自分から現れて教えます。 元が人間だったこととの関係を指摘する説もありますが、確かめられていません。

古代の伝えでは、グラウコスは毎年決まった時期に海を巡り、島々の岸に現れて船乗りに未来を告げるとされました。ただしその予言は、たいてい悪い知らせだったといいます。

不死になったことを嘆き続けている神でもあります。死ねない体を得たものの、恋は実らず、陸には戻れません。

グラウコスの家系図と家族

グラウコスの性格と人物像

グラウコスは、望まずに神になった存在です。

この点が、性格のすべてを決めています。ヘラクレスは功業の果てに神となり、プシュケは試練を越えて神となりました。グラウコスは、草を口に入れただけです。

そのため、この神には神らしい威厳がありません。

オウィディウスの描くグラウコスは、よく喋り、よく嘆きます。スキュラに向かって、自分は化け物ではないと必死に説明します。

私は海の神だ。海を治める者たちに数えられている。

自分の身の上を弁明する神というのは、ギリシャ神話ではかなり珍しい姿です。

もうひとつの特徴は、あきらめないことです。拒まれても、魔女に別の相手を勧められても、心を変えません。その一途さが、結果としてスキュラを怪物にしました。

悪意はどこにもありません。それでも、この神が関わったことで一人のニンフが人生を失っています。

善意だけで悲劇を起こした神。 ギリシャ神話には珍しい種類の登場人物です。

予言する場面では一転して落ち着いており、争う一行を静かに諭します。恋のときだけ、人間だったころの顔に戻る神だと言えます。

グラウコスゆかりの地と遺跡

グラウコスを祀った神殿は確かめられませんでした。

伝承の土地としてはっきりしているのは、ギリシャ中部ボイオティア地方の海辺の町アンテドンです。この神が漁師として暮らし、草を食べて海へ入った場所とされます。

パウサニアスは、この町にグラウコスの跳び込んだ場所という言い伝えの残る岩があったと記しています。ただし、神殿があったとは書いておらず、建物として確かめられる遺構もありません。

古代の船乗りのあいだでは、この神が毎年海を巡って岸に現れるという言い伝えがありました。祭壇を持たないまま、口伝えで信じられていた神です。

祀られた記録より、詩に書かれた記録のほうがはるかに多い神格だと言えます。

グラウコスが現代に残した痕跡

グラウコスの名は、医学語と美術の主題として現代に残りました。

緑内障を指す語: この神の名と同じ語根から作られた医学語。瞳が濁って青緑に見える症状を、古代の医師がこの色の語で呼んだことによる。

海の色を指す形容: 「青緑の」「光を含んだ灰色の」を意味する語。海やオリーブの葉の裏の色を表す言葉として、いまも詩に使われる。

ターナー「グラウコスとスキュラ」: 1841年の絵画。オウィディウスの場面を描いたもので、アメリカのキンベル美術館が所蔵する。

ウミウシの一群の学名: 海面を漂う青い巻貝の仲間に、この神の名が与えられている。

グラウコスが司るもの

予言

海を巡って船乗りの前に現れ、行く先を告げるとされた。

航海の安全

船に近づいて危険を知らせる海神として語られた。

不老

草を食べて老いない体を得た。ただし本人はそれを喜んでいない。

もとは網を打つ漁師であり、漁に出る者と縁の深い神とされる。

生まれ変わり

人から神へ姿を変えた例として語られる。陸へは二度と戻れない。

グラウコスが登場するゲーム・アニメ

創作でこの神が扱われるとき、採られるのはほぼスキュラとの物語だけです。 予言する海神としての面は、ほとんど省かれます。

理由ははっきりしています。恋の物語のほうが筋になりやすいからです。求愛し、拒まれ、魔女に頼み、相手を怪物にしてしまう。原因と結果がそろっています。

一方、予言する場面は一度きりで、しかも仲間割れを鎮めるという地味な役目です。神としての本業のほうが、忘れられている神だと言えます。

グラウコスが登場する絵画・文学

オウィディウス『変身物語』第13〜14巻

漁師が草を食べて神になる場面と、スキュラをめぐるキルケーとのやりとりが、続けて語られます。

ターナー「グラウコスとスキュラ」

岸辺で逃げるスキュラと追う海神を描いた、晩年の作品です。

グラウコスが登場するゲーム・創作

海を舞台にした作品の助言者役

海から現れて主人公に助言する存在として、この名が使われる例があります。

女神転生シリーズ

海の神として登場します。

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グラウコスについてよくある質問

グラウコスはどんな神ですか。

もとはボイオティアの漁師で、不思議な草を口にして不死の海神になった存在です。予言の力を持ち、船乗りの前に現れて行く先を告げるとされました。

なぜ草を食べただけで神になったのですか。

獲った魚が草をくわえて海へ戻るのを見て、確かめるために自分で口に入れたとオウィディウスは書いています。罰でも褒美でもなく、好奇心がきっかけでした。

グラウコスとスキュラの関係は何ですか。

グラウコスはスキュラに恋をして拒まれ、魔女キルケーに薬を求めました。キルケー自身がこの神に恋しており、断られた腹いせにスキュラを怪物へ変えたとされます。

『イリアス』に出てくるグラウコスと同じですか。

別人です。『イリアス』のグラウコスはトロイア側の武将で、ディオメデスと武具を交換します。同名の人物が複数いるため、海神は「海の」「アンテドンの」と添えて呼び分けられます。

グラウコスを祀った神殿はありますか。

確かめられませんでした。ボイオティア地方の町アンテドンに、この神が海へ跳び込んだ場所という言い伝えの残る岩があったとパウサニアスが記していますが、建物の遺構は確認されていません。

グラウコスと併せて覚えたい言葉・用語

ニンフ(Νύμφη)

山・森・泉・木に宿る若い女神たち。神ではあるが不死ではなく、宿る木や泉が滅べば死ぬとされた。ギリシャ神話で最も数の多い存在。