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北欧神話

エイルとは何の神様か|家系図・物語

Eir  / エイル

大地 アース神族

最良の医者とされる女神。薬草に通じ、死者すら癒したという。

エイルとは何の神様か

エイルはひとことで言えば最良の医者です。名は古ノルド語で「援助」「慈悲」を意味します。

古エッダはこの女神を「最良の医者」と呼び、スノッリの『エッダ』でも、女神を並べ上げる場面で三番目に名が挙がって「すぐれた医者」と紹介されます。北欧神話で医療を担う名として、まず挙がるのがこの女神です。

あらゆる治療に通じ、とくに薬草に詳しいとされます。体の傷だけでなく、心の痛みにも手を当てたと語られます。

住むのはリュヴィヤ山(癒しの山)。フリッグに仕える侍女の一人にも数えられ、古エッダ『スヴィプダーグの歌』では女巨人メングロズの侍女とされます。

特異なのは、ワルキューレの一人としても名が挙がる点です。死者を選び取る側と、死者を癒す側の両方に、同じ名が置かれています。

エイルの名前の表記と読み方

古ノルド語では Eir(エイル)。「援助」「慈悲」を意味する語です。

同じ語根から、現代のスウェーデン語やデンマーク語に「思いやり」「いたわり」に通じる語が続いています。医術の名ではなく、手を差し伸べる行いのほうが名になっています。

住まいのリュヴィヤ山は「癒しの山」を意味します。前半の語は薬や治療を指し、現代のスカンディナヴィアの言葉でも薬局や薬を表す語に受け継がれています。

なお、この名は詩の言い換えとしても使われました。女性を指すとき「何かのエイル」という形が用いられ、名がそのまま女性一般を表す語になっています。

Eir(エイル)

古ノルド語の表記。「援助」「慈悲」を意味する。

Lyfjaberg(リュヴィヤベルグ)

この女神が住むとされる山の名。「癒しの山」を意味する。

Menglǫð(メングロズ)

『スヴィプダーグの歌』で、この女神が侍女として仕えるとされる女巨人の名。

エイルの物語

  1. 「最良の医者」 ─ 短い一行の重み
  2. 薬草と、死者をよみがえらせる力
  3. 仕える者 ─ 三つの立場
  4. 癒す者と、選び取る者

「最良の医者」 ─ 短い一行の重み

この女神について、原典が書いていることは多くありません。

古エッダは、女神たちを数え上げる中で「エイルは最良の医者である」と記します。スノッリの『エッダ』でも、女神が列挙される場面で三番目に名が挙がり、「すぐれた医者」と紹介されます。

短い記述ですが、位置が重要です。北欧神話には、医療を専門に担う神が他にほとんどいません。

傷を負った神を治す話は多いのに、治す役目を負った神の名がこれしかないのです。 トールが額に石を残したときは女呪術師グローアが呼ばれ、バルドルの死には誰も手を出せませんでした。

医術の担い手が一柱しかいないという事実そのものが、この神話の性格を示しています。

薬草と、死者をよみがえらせる力

伝えられている力は、二段階に分かれます。

ひとつは薬草です。あらゆる治療に通じるなかでも、とくに薬草に詳しいとされます。実際の医療にもっとも近い部分です。

もうひとつが、死者をよみがえらせる力です。ワルキューレの一人に数えられることと結びつけて語られます。

治す者が、死んだ者まで戻せるとされている。 ここは慎重に読む必要があります。原典の記述は短く、後世の整理によって膨らんだ部分がありうるためです。

伝えられるところでは、体の治療だけでなく、心や気持ちの傷にも手を当てたとされます。訪ねてくる患者はすべて診ましたが、秘術を授けたのは女性だけでした。そのためスカンディナヴィアでは女性だけが治療術を知ることになった、と語られます。

仕える者 ─ 三つの立場

この女神には、立場が三つ伝わっています。整理しておきます。

第一に、アース神族の女神です。スノッリの『エッダ』は、女神を数え上げるなかにこの名を置いています。

第二に、フリッグの侍女です。神々の女王に仕える一人に数えられます。

第三に、メングロズの侍女です。古エッダ『スヴィプダーグの歌』では、リュヴィヤ山に住む女巨人メングロズに仕える乙女たちの一人として名が挙がります。

同じ名が、女神としても、二人の別の主人の侍女としても現れます。 同名の別人と読むか、伝承の層が違うと読むかで見方が分かれます。

本書は一柱として立てたうえで、この食い違いをそのまま書き残しています。

癒す者と、選び取る者

この女神のいちばん奇妙な点は、ワルキューレでもあることです。

ワルキューレは、戦場で誰が死ぬかを選び取る乙女たちです。オーディンの命を受け、選ばれた者をヴァルハラへ運びます。

医者が、その役を兼ねている。

矛盾に見えますが、古い層ではそうでもなかったのかもしれません。戦場で誰を助け、誰を見送るかを決める者は、そのまま生死を選ぶ者だからです。

運命の三女神の一人スクルドも、同じくワルキューレを兼ねています。北欧神話では、生き死にを決める役目と、生き死にを見届ける役目が、しばしば同じ手に握られています。

癒しの女神が戦場にいることは、そう考えると筋が通ります。

エイルの家系図と家族

エイルの性格と人物像

エイルは、手を動かす神です。

議論しません。取引もしません。策略の話が満ちたこの神話のなかで、この女神に割り当てられているのは、傷を診て、薬草を選び、手当てをするという実務だけです。

伝わっている姿には、静かな筋が通っています。訪ねてくる患者はすべて診た。体だけでなく心も診た。そして秘術を授けたのは女性だけだった、と語られます。

最後の一点は、単なる制限ではありません。技術を誰に渡すかを、この女神自身が決めていたということです。癒す力の持ち主が、その継承先まで選んでいます。

そして同じ名が、戦場で死者を選び取る側にも置かれています。助けるか、見送るか。どちらも同じ判断のうちにあります。

派手な物語はありません。それでも、人が最後に頼るのはこの種の神です。

エイルゆかりの地と遺跡

この女神を祀った建物は見つかっていません。 北欧神話の神には現役の信仰が無く、社そのものがほとんど残っていないためです。

ゆかりの場所として語られるのはリュヴィヤ山(癒しの山)ですが、これは神話の中の山であり、実在の山と結びつけられてはいません。

名を含む地名の報告も、いまのところ確かめられていません。トールやフレイウルのように地名として広く残る神とは、この点で対照的です。

エイルが現代に残した痕跡

この女神の名は、言葉と、詩の言い換えのなかに残りました。

詩の言い換え: 女性を指す言い換えとして「何かのエイル」という形が使われた。名がそのまま女性一般を表す語として働いている。

「癒しの山」リュヴィヤ山: この女神が住むとされる山。前半の語は薬や治療を指し、現代のスカンディナヴィアの言葉で薬や薬局を表す語に受け継がれている。

医療の担い手が一柱だけという事実: 北欧神話には医療を専門に担う神がほかにほとんど見当たらない。この女神の名が繰り返し引かれるのは、そのためでもある。

エイルが司るもの

医薬

古エッダに「最良の医者」と記される。

病気平癒

あらゆる治療に通じ、とくに薬草に詳しいとされる。

癒し

体の傷だけでなく、心の痛みにも手を当てたと語られる。

エイルについてよくある質問

エイルは何の女神ですか。

医療の女神です。古エッダに「最良の医者」と記され、あらゆる治療に通じ、とくに薬草に詳しいとされます。

エイルは誰に仕えているのですか。

立場が複数伝わっています。アース神族の女神として数えられる一方、フリッグの侍女とも、『スヴィプダーグの歌』では女巨人メングロズの侍女ともされます。

エイルはワルキューレなのですか。

ワルキューレの一人としても名が挙がります。死者を選び取る側と癒す側の両方に同じ名が置かれており、めずらしい例です。

エイルは死者をよみがえらせられるのですか。

そう伝えられます。ただし原典の記述は短く、後の整理で膨らんだ部分がありうるため、どこまでが古い伝えかははっきりしません。

エイルと併せて覚えたい言葉・用語

古エッダ(こエッダ)

詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。

アース神族(あーすしんぞく)

オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。

ヴァルハラ(Valhöll)

オーディンの館。「戦死者の館」の意。選ばれた戦士が毎日戦い毎晩よみがえって、ラグナロクに備える。