司法の神。その館に持ちこまれた争いは、必ず和解して終わる。
フォルセティとは何の神様か
フォルセティはひとことで言えば争いを終わらせる神です。バルドルとナンナの子で、正義・平和・真実を司ります。
この神の特徴は、裁き方にあります。新エッダ?『ギュルヴィたぶらかし』は、館グリトニルについてこう記します。もめ事を持ちこんだ者は全員が和解して帰っていく。だからここは神にとっても人にとっても一番よい法廷である。
注目すべきは「全員」という点です。勝った者と負けた者が出るのではありません。双方が納得して帰ります。
館グリトニル(輝くもの)は、柱が黄金、屋根が銀でできており、その輝きは遠くからでも見えたと伝えられます。
アースガルズ?でもっとも賢く、もっとも弁の立つ神とされます。きわめて重い誓いを立てるときは、この神の名にかけて誓うことになっていました。
フォルセティの名前の表記と読み方
古ノルド語では Forseti(フォルセティ)。「前に座る者」ほどの成り立ちで、集まりを主宰する者を意味します。
この語は、いまも生きています。アイスランド語で「フォルセティ」は議長を、そして大統領を意味する語です。 アイスランドの大統領の正式な呼び名にも、この語が使われています。
北欧神話の神の名で、現代の公職の名として使われ続けている例は、ほかにほとんどありません。
館の名グリトニルは「輝くもの」を意味します。ドイツ語圏ではグラストハイムという形も使われます。どちらも光る建物を指しており、名前そのものが遠くから見える館の姿を伝えています。
Forseti(フォルセティ)
古ノルド語の表記。「前に座る者」ほどの成り立ちで、議長・主宰者を意味する。
Glitnir(グリトニル)
この神の館の名。「輝くもの」を意味する。柱は黄金、屋根は銀。
Glastheim(グラストハイム)
ドイツ語圏で使われる館の呼び名。同じ意味を持つ。
フォルセティの物語
光る法廷 ─ グリトニルという館
この神の館は、神々の館のなかでも特に印象的です。
古エッダ?『グリームニルの言葉』は、神々の館を順に数え上げていきます。グリトニルは、その十番目に紹介されます。
グリトニルの柱は黄金でできていて、屋根は銀で葺かれている。
新エッダはさらに、柱は赤い黄金だと補います。その輝きは、遠く離れた場所からでも見えたと伝えられます。
裁く場所が、いちばん遠くから見える建物である。 この配置には意味があります。争いを持つ者が、どこにいても目印を見つけられるということです。
北欧では、法を扱う場は屋外の集まりの場(シング)でした。誰でも来られ、誰でも見られる場所です。光る館という発想は、その延長線上にあります。
全員が和解して帰る ─ 判決ではないもの
この神の裁き方は、北欧神話のなかで際立っています。
『ギュルヴィたぶらかし』の記述は、こう組み立てられています。もめ事を持ってきた者が、全員和解して帰っていく。ゆえにここが最良の法廷である、と。
普通、法廷は勝敗を決める場所です。ところがこの神の館では、勝敗が語られません。
双方が納得して帰るという結果のほうが、正しい判決より上に置かれています。
これは北欧の法の実際と重なります。当時の争いの多くは血の復讐に発展しました。復讐を止める手立てとして、賠償によって和解する仕組みが重んじられます。片方を負かすだけでは、争いは終わりません。
この神は、その仕組みそのものを神格にした存在だといえます。
誓いの神 ─ 名にかけて誓う
この神は、非常に重んじられていたと伝えられます。
その証拠が、誓いの作法です。きわめて厳粛な誓いを立てるときは、この神の名にかけて誓うことになっていました。
北欧で誓いは、契約であると同時に呪いでもありました。破れば、かけた神から報いを受けると考えられていたためです。
誰の名にかけて誓うかは、その社会が何を最も重んじたかを示します。 戦の神でも、豊穣の神でもなく、和解の神の名が選ばれたことになります。
父バルドルと同じく、この神は平和を愛する穏やかな性格だとされます。そしてその裁きに従うかぎり、人は安全に生きられました。
判決に従えば守られる。逆にいえば、従わなければ守られないということでもあります。
父バルドルとの関係 ─ 果たされた判決
この神を語るとき、父バルドルを外すことはできません。
バルドルは、スノッリにこう評された神です。もっとも賢く、もっとも言葉が巧みで、もっとも慈悲深い。ただしその判決は、どれも実現しない。
奇妙な評ですが、そのまま読めば、バルドルは正しい裁きを下しながら、それが世に行き渡らない神でした。
その子が、持ちこまれた争いを必ず和解させて帰す神です。
父の裁きは実現せず、子の裁きは全員を納得させる。北欧神話は、この二柱を親子として並べています。
バルドルは宿り木の一撃で死に、ラグナロク?の後によみがえって新しい世界を治めます。母ナンナは、夫の火葬の場で悲しみのあまり息絶えたと伝えられます。この神は、その二人の子です。
フォルセティの家系図と家族
フォルセティの親: バルドル
フォルセティの性格と人物像
フォルセティは、言葉で片をつける神です。
武器の話が出てきません。戦った記録も、誰かを討った記録もありません。アースガルズでもっとも賢く、もっとも弁が立つとされます。
力で押さずに終わらせる、という一点だけで神格が立っています。 巨人と殴り合い、狼と刺し違え、槍を投げ合う神々のなかで、この立ち位置はきわめて異質です。
父バルドルの穏やかさを受け継いだとされますが、決定的な違いがあります。バルドルの判決は実現しませんでした。この神の判決は、双方を納得させて実現します。
優しさが、結果に結びついている神だといえます。
名がいまもアイスランドで議長と大統領を意味する語として使われていることは、この神の性格をよく表しています。上に立って命じる者ではなく、前に座って場を回す者です。
フォルセティゆかりの地と遺跡
この神を祀った建物は見つかっていません。 北欧神話の神には現役の信仰が無く、社そのものがほとんど残っていないためです。
ゆかりの場所として語られるのは館グリトニルですが、これは神話の中の建物であり、実在の場所とは結びつけられていません。
北欧の法の場としては、屋外の集まりの場(シング)の跡が各地に残っています。ただし、それらがこの神と結びつくと確かめられたわけではないため、欄には挙げていません。
フォルセティが現代に残した痕跡
この神の名は、現代の言葉のなかで生き続けています。
アイスランド語の「フォルセティ」: 議長、そして大統領を意味する語として現在も使われている。アイスランドの大統領の正式な呼び名にもこの語が含まれる。
館グリトニル: 柱が黄金、屋根が銀の館。『グリームニルの言葉』では神々の館の十番目に数えられ、遠くからでもその輝きが見えたと伝えられる。
名にかけた誓い: きわめて厳粛な誓いを立てるとき、この神の名にかけて誓う作法があったとされる。何を最も重んじたかを示す手がかりとされる。
フォルセティが司るもの
和解
もめ事を持ちこんだ者が全員和解して帰るとされる。
公正な裁き
アースガルズでもっとも賢く弁の立つ神とされ、司法を司る。
誓約
きわめて重い誓いは、この神の名にかけて立てられた。
フォルセティについてよくある質問
フォルセティは何の神ですか。
北欧神話の司法の神です。正義・平和・真実を司り、アースガルズでもっとも賢く弁が立つとされます。
フォルセティの親は誰ですか。
父はバルドル、母はナンナです。父は宿り木の一撃で死に、母は夫の火葬の場で息絶えたと伝えられます。
グリトニルとはどんな館ですか。
柱が黄金、屋根が銀でできた館で、名は「輝くもの」を意味します。もめ事を持ちこんだ者が全員和解して帰るため、神にとっても人にとっても最良の法廷だと記されます。
フォルセティという名は今も使われていますか。
使われています。アイスランド語で「フォルセティ」は議長、そして大統領を意味する語であり、アイスランドの大統領の正式な呼び名にも含まれます。
フォルセティと併せて覚えたい言葉・用語
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
アースガルズ(Ásgarðr)
アース神族が住む神々の国。虹の橋ビフレストで地上とつながる。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。
ラグナロク(Ragnarök)
北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。