腕の輝きで空と海を照らしたという巨人の娘。フレイの妻。
ゲルズとは何の神様か
ゲルズの名前の表記と読み方
古ノルド語では Gerðr(ゲルズ)。日本語ではゲルド、ゲルダとも書かれます。表記が揺れるのは、ð(エズ)という文字の写し方が定まっていないためです。
名の意味が、この女神を読み解く鍵になります。「垣で囲まれた、種を蒔かれた耕地」と考えられています。garðr(囲い・庭)と同じ語根です。
豊穣神の妻の名が、耕された畑そのものを指しています。 この一点から、二人の結婚を「天と地の聖婚」と読む解釈が生まれました。冬の凍った大地に閉じこめられていた生命が、春の光を浴びて甦る。その象徴だという読み方です。
Gerðr(ゲルズ)
古ノルド語の表記。「垣で囲まれた、種を蒔かれた耕地」を意味すると考えられている。
Gerd(ゲルド)
ð を d に写した綴り。日本語ではゲルド、ゲルダとも書かれる。
Gymir(ギュミル)
ゲルズの父とされる巨人の名。「海」を意味する。
ゲルズの物語
腕の輝き ─ 見つけられる
フレイがゲルズを見つけたのは、してはいけないことをしたときでした。オーディンの高座フリズスキャールヴに座り、戯れにヨトゥンヘイムを眺めたのです。
そこに立っていたのがゲルズでした。館へ入ろうと腕を上げたとき、その腕の輝きで空も海も明るくなったと歌われます。
フレイは食事も眠りもできなくなりました。相手が敵である巨人族の娘であることも、この神を止めませんでした。
美しさを光として書くやり方は、北欧の詩によく見られます。姿ではなく、周囲に何が起こったかで美を語る。 その最もよく知られた例が、この場面です。
三度断る ─ 求婚を拒み続けた娘
使者としてやってきたスキールニルに、ゲルズは簡単には応じませんでした。
黄金の林檎を十一個。断ります。オーディンの腕輪ドラウプニル。これも断ります。北欧神話でこれほどの品を二度続けて拒む人物は、ほかにいません。
断り方も毅然としています。フレイという神には興味がなく、自分は父の館で満ち足りている、という筋の答えでした。
この娘が折れたのは、贈り物ではなく脅しに対してです。 スキールニルが呪いのルーン文字を刻むと言い出し、独りきりで生きる呪い、望まぬ相手のものになる呪いを並べ立てたとき、ようやく承知しました。
バリの森 ─ 九夜ののちに
承知したゲルズが示した場所が「バリの森」でした。九夜のうちに、そこでフレイと会うと約束します。
「バリ」はバル(大麦)が語源だろうと考えられています。麦の森で、豊穣神と耕地の名を持つ娘が落ち合う。
この結婚を農耕の季節の巡りとして読む解釈は、ここに根拠を置いています。 凍った大地が春の光で解け、種が芽を出す。九夜という待ち時間も、季節の移りに重ねて読まれます。
『ユングリング家のサガ』によれば、二人のあいだに生まれた息子がフィヨルニルです。スウェーデンの伝説の王の一人に数えられています。
ゲルズの家系図と家族
ゲルズの性格と人物像
ゲルズは、断り続けた人物です。
北欧神話には、神に望まれて連れて行かれる女性が何人も出てきます。そのなかでこの娘は珍しく、贈り物を二度はねつけ、理由まで述べています。
折れたのは呪いを突きつけられたときでした。つまりこの結婚は、望んで結ばれたものではありません。物語は「天と地の聖婚」として美しく読まれてきましたが、当人の側から見れば脅されて承知した縁組です。近年はこの点を正面から論じる読み方も増えています。
そのうえで、結婚後のゲルズについては何も語られていません。フレイとの不和も、子への関わりも記録がありません。
最も強く拒んだ人物が、最も静かに物語から消えます。
ゲルズゆかりの地と遺跡
ゲルズを祀った場所は見つかっていません。 巨人の娘であり、信仰の対象となった記録は残っていません。
ゆかりの地として名が挙がるのは、フレイと会うことを承知した「バリの森」ですが、これは神話の中の地名です。「バリ」は大麦を意味する語が語源と考えられていますが、実在の土地に当てられたことはありません。
ゲルズが現代に残した痕跡
この名は、天文の名づけと、農耕の象徴としての読み方のなかに残りました。
小惑星ゲルダ: 一八七二年に発見された小惑星の名。ゲルズの名に由来する。
「天と地の聖婚」の解釈: 豊穣神フレイと、耕地を意味する名を持つゲルズの結婚を、季節の巡りの象徴と読む考え方。北欧神話の代表的な解釈の一つ。
古ノルド語の garðr: ゲルズの名と同じ語根で「囲い」「庭」を意味する。ミズガルズ、アースガルズの「ガルズ」も同じ語である。
ゲルズが司るもの
恋愛
フレイに見初められ、長い求婚のすえに結ばれた物語による。
春
凍った大地が光を浴びて甦ることの象徴として、この結婚が読まれてきた。
農耕
名が「垣で囲まれた、種を蒔かれた耕地」を意味することによる。
ゲルズについてよくある質問
ゲルズは何者ですか。
巨人の娘です。父は「海」を意味する名の巨人ギュミル、母は山の巨人アウルボザとされます。豊穣神フレイの妻となりました。
ゲルズはなぜ求婚を受け入れたのですか。
黄金の林檎も腕輪ドラウプニルも断りましたが、使者スキールニルが呪いのルーン文字を刻むと脅したため、ようやく承知しました。
ゲルズは女神ですか。
扱いが分かれます。『詩語法』ではアース神族の女神の一覧に含まれますが、『ギュルヴィたぶらかし』第35章の女神の一覧には名がありません。
フレイとゲルズに子どもはいますか。
『ユングリング家のサガ』によれば、息子フィヨルニルがいます。スウェーデンの伝説の王の一人に数えられています。
ゲルズと併せて覚えたい言葉・用語
アース神族(あーすしんぞく)
オーディンを主神とする神々の一族。戦いと支配を担う。アースガルズに住む。
新エッダ(しんエッダ)
1220年頃にアイスランドのスノッリ・ストゥルルソンが著した散文の書。神話を体系的に整理しており、現在の北欧神話の理解はこの書に多くを負う。
古エッダ(こエッダ)
詩の形で伝わる北欧神話の歌謡集。13世紀の写本に収められたが、成立はさらに古い。作者は不明。