シリウスの女神。この星が明け方に現れる日が、エジプトの元日だった。
ソプデトとは何の神様か
ソプデト?はひとことで言えば一年の始まりを告げる神です。
シリウス、夜空でもっとも明るい星の女神で、頭上に星を戴いた女性の姿で描かれます。
この星には、毎年ある日が来ます。
七十日ほど空から消えていたシリウスが、夜明け前の東の空に再び現れる。
「シリウスの出」と呼ばれる現象です。そして、
その時期に、ナイルが増水を始めた。
星の出現と川の増水が重なったため、この日がエジプトの一年の始まりとされました。
暦との関係が厄介です。エジプトの暦は一年を365日ちょうどとしたため、実際の一年との差が毎年少しずつ開き、
元日とシリウスの出が再び一致するまでに、およそ1,461年
かかりました。
ソプデトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では spdt。日本語ではソプデト、ソプデット、ソティスと表記されます。
語根は「鋭い」を意味します。
夜空でもっとも明るく、鋭く光る星。
子とされるソペドの名も、同じ語根です。親子の名が、同じ「鋭さ」でつながっています。
ギリシャ語形のソティスは、いまも学術用語として使われます。
ソティス周期。
エジプトの365日暦と実際の一年とのずれが一巡する、およそ1,461年の周期です。古代エジプトの年代を決める手がかりとして、歴史学で重要な語になっています。
プトレマイオス朝以降はイシスと融合し、
ソプデト=イシス
の形で呼ばれるようになりました。日本語の資料でシリウスの女神をイシスとする記述があるのは、この融合によります。
spdt(ソプデト)
ヒエログリフの転写。「鋭いもの」を意味する語と同じ語根を持つ。
Σῶθις(ソティス)
ギリシャ語形。エジプトの年代決定に使われる「ソティス周期」の名はここから来ている。
spdt-ꜣst(ソプデト=イシス)
イシスと融合した形。プトレマイオス朝以降、この呼び方が一般化した。
ソプデトの物語
シリウスの出 ─ 消えていた星が戻る日
シリウスは、一年じゅう見える星ではありません。
太陽に近づく時期には、空が明るくて見えなくなる。
その期間が、およそ七十日です。
そして、ある朝が来ます。
夜明け直前の東の低い空に、シリウスが一瞬だけ現れる。
これが「シリウスの出」です。空が白む直前の、わずかな時間にしか見えません。
この日が、エジプトの一年の始まりとされました。
理由は、時期が重なったことにあります。
シリウスが戻る頃に、ナイルが増水を始めた。
農耕の年が、そこから動き出します。
注目すべきは、七十日という数字です。
ミイラを作るのにかけた日数も、およそ七十日。
星が姿を消して戻るまでの日数と、遺体が来世へ渡る準備に要する日数が一致します。偶然か、意図的かは分かっていません。 ただ、エジプト人がこの数字を意識していたことは確かです。
ずれていく暦 ─ 1,461年の周期
エジプトの暦は、一年を365日ちょうどとしました。
30日の月が12。それに5日を足す。
単純で、使いやすい暦です。
しかし実際の一年は、365日より四分の一日ほど長いのです。
四年で一日、百二十年で一か月ずれる。
エジプト人は、この閏日を入れませんでした。ずれることを知ったうえで、暦を直しませんでした。
その結果、
元日とシリウスの出が再び一致するまでに、およそ1,461年
かかることになります。これをソティス周期といいます。
この周期は、現代の歴史学に思わぬ贈り物をしました。
「この年、シリウスの出が暦の何月何日だった」
という記録が残っていれば、そこから実際の西暦年を計算できるのです。エジプトの年代を決める、数少ない絶対的な手がかりになっています。
暦を直さなかったことが、三千年後の学問を助けました。
イシスと重なる ─ 星が女神になる
ソプデトは、時代が下るとともにイシスと融合しました。
ソプデト=イシス。
プトレマイオス朝以降、この呼び方が一般化します。
理由は、夫の側にあります。
オリオン座のサフが、オシリスと重ねられていた。
オシリスの妻はイシスです。したがって、
オリオンの妻であるシリウスは、イシスである。
という整理が成り立ちます。星の配置が、神話の系譜に合わせて読み直されました。
実際の夜空でも、
オリオン座の三ツ星の並びの延長線上に、シリウスがある。
二つは近くに見えます。夫婦とするのに、無理のない配置でした。
さらに、イシスは新年と増水にも結びつけられます。
夫を探して流した涙が、ナイルの増水になった。
という伝えも、後の時代に語られました。
星の女神と、魔術の女神と、増水の説明が、一つに束ねられていきます。 エジプトの神が混ざるとは、こういうことです。
シンボル ─ 頭上の星と、天体図のなかの姿
この女神を見分けるのは簡単です。
頭の上に、五つに尖った星がひとつ。
エジプトの図像で、頭上に星を戴くのは、ほぼこの女神です。
姿は時代によって変わります。
古い時代は、星そのもの、または横たわる牛。
新しい時代は、星を戴いた女性。
さらに後には、犬や獅子に乗った姿。
三千年のあいだに、同じ星の表し方が何度も変わりました。
もっともよく見られるのが、天体図のなかです。
デンデラの神殿の天井には、
星座を円形に配置した彫刻
があります。エジプト政府の案内も、この神殿の特徴として天井の天文の彫刻を挙げています。そこに、
オリオン座のサフと、シリウスのソプデト
が並んで描かれています。
神殿の天井に、星の地図が刻まれている。 星を神とする文化の、もっとも直接的な形です。
ソプデトの家系図と家族
ソプデトの性格と人物像
ソプデトは、合図の神です。
この星が見えたら、年が始まる。水が来る。
物語を持ちません。かわりに、日付を持っています。
注目すべきは、この神が観測によって支えられていることです。
誰かが毎年、夜明け前の東の空を見ていた。
神官が空を見張り、その一瞬を記録しました。祈りではなく、観測です。
もうひとつ、この女神は消えている期間がある神です。
七十日、空にいない。そして戻る。
死んで蘇る神々と同じ形をしています。ミイラを作る日数がおよそ七十日であることと、無関係とは考えにくいところです。
そして、この神はイシスに吸収されました。
星の女神が、物語を持つ女神に呑み込まれる。
エジプトでは珍しくない過程です。物語のない神は、物語のある神に混ざっていきます。 ソプデトは、その典型例です。
ソプデトを祀った神殿と遺跡
ソプデト単独の大神殿は、知られていません。
星の神は、他の神の神殿の天井や壁のなかにいる。
という形が基本です。
そのため、この女神を訪ねるなら
天体図のある神殿
を見ることになります。デンデラがその代表です。星の地図が、神殿の天井に彫られています。
また、増水と結びつく神であるため、
アスワンの水位計
と合わせて見ると、この女神が何を担っていたかがはっきりします。暦と川の両方に関わる神です。
デンデラ神殿(Temple of Dendera)
天井に天体図が刻まれた神殿
エジプト政府の案内は、この神殿を
エジプトでもっとも保存状態のよい神殿のひとつ
とし、入口の六本のハトホル柱と、天井の天文の彫刻を挙げています。
ソプデトを見るならここです。天井に、星座を円形に配置した図が刻まれています。
オリオン座のサフと、シリウスのソプデトが並んで描かれる。
星を神とする文化の、もっとも直接的な形です。
プトレマイオス朝の建立ですが、この場所には古王国の時代から建物がありました。
浮き彫りの保存がよく、細部まで読み取れます。地下室や屋上の礼拝堂も見学の対象です。
ルクソールから車で行ける。アビドスと合わせた一日の行程が一般的。
エレファンティネ島(Elephantine)
増水の始まりを測った島
エジプト政府の遺跡案内は、この島を
ナイル川の中州にある考古学上の島であり、ヌビアから入るすべての交易者にとってのエジプトへの入口
と記し、サテトをエジプト南の国境を守り、年ごとの増水にも関わる女神として挙げています。
ソプデトとの関係は、時期にあります。
シリウスが戻る頃に、増水が始まる。
星の観測と川の観測が、同じ暦のなかで結びついていました。
この島には水位計が残ります。川へ降りる階段に目盛りが刻まれ、増水の高さが毎年記録されました。
星を見て日を知り、階段を見て量を知る。
二つの測定が、エジプトの一年を組み立てていました。
アスワン市街から渡し船で渡れる。島には現在も集落がある。
ソプデトが現代に残した痕跡
ソプデトの名は、暦の計算と、天井の星図に残りました。
ソティス周期: エジプトの365日暦と実際の一年とのずれが一巡する、およそ1,461年の周期。エジプトの年代を決める手がかりとして現代の歴史学でも使われる。
デンデラの天体図: 神殿の天井に星座を円形に配置した彫刻。オリオン座のサフと並んで、この女神の姿が刻まれている。
七十日という数字: シリウスが空から消えている期間。ミイラを作るのにかけた日数もおよそ七十日で、両者の一致が指摘されている。
ソプデト=イシス: プトレマイオス朝以降の融合形。オリオン座がオシリスとされたことから、その妻であるシリウスがイシスとされた。
ソプデトが司るもの
一年の始まり
この星が夜明け前に現れる日が、エジプトの元日とされた。
ナイルの増水
星の出現と増水の開始が重なったため、水が来る合図とされた。
暦と時
ソティス周期はエジプトの年代を決める手がかりとして、現代の歴史学でも使われる。
死者の再生
七十日消えて戻る星として、ミイラ作りの期間と重ねられた。
ソプデトが登場するゲーム・アニメ
神としてより、暦の用語として知られています。
ソティス周期。
この語は歴史や天文の本によく出てきますが、それが女神の名であることは、あまり説明されません。
また、
シリウスの出が元日だった
という事実も、日本語の入門書では省かれがちです。エジプトの一年がどこから始まったかを知ると、この神の位置がはっきりします。
ソプデトが登場するゲーム
ソプデトが登場するアニメ・漫画・映像
古代エジプト展
デンデラの天体図の解説のなかで、この女神が紹介されます。
古代の天文を扱った書籍
ソティス周期による年代決定の話題で、必ずこの名が出てきます。
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ソプデトについてよくある質問
ソプデトは何の神様ですか。
シリウス、夜空でもっとも明るい星の女神です。この星が夜明け前の東の空に再び現れる日が、エジプトの一年の始まりとされました。
ソティスと同じ神ですか。
同じ神です。ソティスはギリシャ語形で、エジプトの年代決定に使われる「ソティス周期」という語もここから来ています。
なぜシリウスが元日なのですか。
この星は七十日ほど空から見えなくなり、ある朝、夜明け直前の東の低い空に再び現れます。その時期にナイルが増水を始めたためです。星の出現と川の増水が重なり、農耕の年がそこから動き出しました。
ソティス周期とは何ですか。
エジプトの暦は一年を365日ちょうどとしたため、実際の一年との差が毎年少しずつ開きました。元日とシリウスの出が再び一致するまでにおよそ1,461年かかります。この周期を使うと、古い記録から実際の西暦年を計算できます。
イシスとの関係は何ですか。
プトレマイオス朝以降、融合してソプデト=イシスと呼ばれました。オリオン座のサフがオシリスと重ねられていたため、その妻であるシリウスがイシスとされた、という整理です。
この女神はどこで見られますか。
デンデラ神殿の天井の天体図です。星座を円形に配置した彫刻に、オリオン座のサフと並んで描かれています。単独の大神殿は知られておらず、他の神の神殿の天井や壁のなかにいる神です。
ソプデトと併せて覚えたい言葉・用語
ソプデト(Sopdet/シリウス)
シリウスが日の出直前に再び現れる日が、ナイルの増水の到来とほぼ一致した。エジプトの暦の起点であり、女神として神格化され、のちにイシスと同一視された。