魔術の女神。夫の遺体を集めて蘇らせ、息子を隠して育てた。

Jean-François Champollion 「シャンポリオン『エジプトとヌビアの遺跡』」 / CC BY-SA 4.0 出典
イシスとは何の神様か
イシスはひとことで言えば動き続ける神です。エジプト神話でもっとも行動します。
夫オシリスが殺されると、エジプト中を歩いて棺を探し当てました。 遺体が十四に切り刻まれて撒かれると、
断片をすべて集めて回った。
そして包帯で繋ぎ、呪文で蘇らせます。
さらに、セトから隠れて息子ホルスを産み、湿地で育てました。 蠍に刺された息子を、自らの魔力で救う場面も伝わります。
決定的なのが、
ラーの真の名を知ることに成功した唯一の神
であることです。毒蛇を作ってラーを噛ませ、解毒と引き換えに秘密の名を言わせました。
知恵と執念で、最高神を出し抜いています。
ローマ帝国全域で信仰され、エジプトの外へもっとも広まった神になりました。
イシスのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では ꜣst、「アセト」に近い発音でした。日本語の「イシス」はギリシャ語形です。
名は「玉座」を意味します。頭に載せる冠が、そのまま玉座の形をしています。
王が座る玉座そのものが、この女神。
ファラオが王座に座ることは、イシスの膝に座ることを意味しました。王権の正統性が、この女神に支えられているという考え方です。
ローマ時代にはステラ・マリス(海の星)と呼ばれ、船乗りが祈りました。この呼び名は、のちに聖母マリアへ受け継がれます。
ꜣst(アセト)
ヒエログリフの転写。エジプト語での呼び名で、「玉座」を意味する。
Ἶσις(イシス)
ギリシャ語形。日本語の「イシス」はこれを経由している。
Stella Maris(ステラ・マリス)
「海の星」を意味するラテン語。ローマ時代、船乗りの守護神として呼ばれた。
イシスの物語
棺を探す ─ 他国の王宮まで
夫オシリスが棺に封じられてナイルへ流されたと知ったイシスは、髪を切り、喪服をまとって旅に出ました。
出会う者すべてに尋ね、ついに子どもたちから手がかりを得ます。棺は海へ出ていました。
漂着した先は、遠くビブロス(現在のレバノン)。そこで大木が棺を包み込んで育ち、
その木は切られ、王宮の柱になっていた。
イシスは身分を隠し、王妃の侍女として宮廷に入り込みます。 王子の乳母となり、
その子を不死にしようと、夜ごと火のなかに入れた。
母親が見て悲鳴を上げたため、儀式は中断します。
女神は正体を現し、柱を譲り受けました。
探し出すまでに、国境を越えて宮廷に潜り込んでいます。 この行動力が、この女神の性格を最もよく表しています。
断片を集める ─ 十四のうち十三
ラーの真の名を奪う ─ 毒蛇の策
エジプトでは、名前が存在そのものでした。真の名を知る者は、その相手を支配できます。
ラーには誰にも明かしていない真の名がありました。イシスはそれを欲します。
老いたラーの唾が地に落ちるのを集め、土と混ぜて毒蛇を作った。
蛇はラーの通り道に置かれ、神を噛みました。
ラー自身が作ったものではないため、解毒できません。 神々を集めても誰も治せない。
そこへイシスが来ます。
あなたの真の名を教えてください。そうすれば治せます。
ラーは偽の名を並べました。「私は天を作った者」「私は昼を作る者」「私は朝にケプリ、昼にラー、夕にアトゥムとなる者」。
毒は消えません。
苦痛に耐えかねて、ついに──
真の名を、イシスに移した。
毒は消えました。そしてイシスは、最も強い魔術の女神になりました。
最高神が、策で敗れています。
湿地で息子を育てる ─ 蠍に刺された夜
身ごもったイシスは、セトから隠れてデルタの湿地でホルスを産みました。
育てるあいだ、女神は食べ物を乞いに出なければなりません。七匹の蠍が護衛につきました。
ある夜、裕福な女の家に助けを求めましたが、
戸を閉められた。
怒った蠍の一匹が、その家に忍び込んで女の子どもを刺しました。
子は死にかけます。母親は町中を泣いて回りました。
それを聞いたイシスは、
助けに行った。
自分を追い返した相手の子です。呪文を唱えて毒を退け、子を救いました。
この物語は、実際の毒の治療で唱えられた呪文として残っています。神話がそのまま医療の言葉でした。
のちにホルス自身も蠍に刺され、イシスの叫びを聞いたラーが太陽の船を止めて、トートを遣わして救わせます。
エジプトを出る ─ ローマ帝国全域へ
イシス信仰は、エジプトの外へ最も広く出たエジプトの宗教です。
ギリシャ、ローマ、そして帝国の隅々まで。
ロンドンからスペインまで、イシス神殿の跡が見つかっている。
ポンペイのイシス神殿は、火山灰に埋もれたまま良好な状態で残りました。
なぜこれほど広まったのか。理由が挙げられます。
夫を蘇らせ、子を守り、死者を救う。 個人の救済を約束する神だった。
国家の神ではなく、一人ひとりに応える神として受け入れられました。女性の信者が特に多かったと記録されています。
ローマは一時この信仰を弾圧しますが、やがて公認します。
信仰が終わったのは西暦536年、フィラエ島の神殿が閉鎖されたときでした。
古代エジプトの宗教で、最後まで残ったのがこの女神です。
イシスの家系図と家族
イシスの性格と人物像
イシスは、あきらめない神です。
夫を殺され、遺体を隠され、切り刻まれ、それでも探し続けました。国境を越え、宮廷に潜り込み、沼を舟で巡りました。
注目すべきは、この女神が力で戦わないことです。
知恵、変装、呪文、そして交渉。
セトと殴り合いはしません。ラーには策で臨みました。ホルスとセトの裁判では、老女に化けてセト自身に不利な証言をさせています。
もうひとつが、自分を拒んだ者を助けることです。蠍の話では、戸を閉めた女の子どもを救いました。
恨みで動いていない。
三千年後、この女神が最後まで信仰され、ローマ全域へ広まったのは偶然ではありません。
探し、守り、癒す。 人が神に求めるものを、すべて備えていました。
イシスを祀った神殿と遺跡
イシスの神殿は、エジプトの外にも多くあります。 これは他のエジプトの神にはない特徴です。
ロンドン、ポンペイ、ローマ、スペイン、ギリシャの島々。
ローマ帝国の交易路に沿って広がりました。
兵士と商人が持ち運んだ信仰
でした。国家が広めたのではなく、個人が持って移動した点が重要です。
フィラエ神殿(Philae Temple)
古代エジプト宗教が最後まで続いた聖地
イシス信仰の最大の聖地です。ナイルの中州に建てられ、「ナイルの真珠」と呼ばれました。
特筆すべきは、ここが古代エジプト宗教の最後の砦だったことです。
ローマ帝国のキリスト教国教化後も信仰が続き、西暦536年、ユスティニアヌス帝の命令でついに閉鎖された。
最後のヒエログリフ?碑文(西暦394年)もこの島にあります。三千数百年使われた文字が、ここで途絶えました。
列柱にはキリスト教徒が刻んだ十字架も残り、信仰が入れ替わった痕跡がそのまま見られます。
アスワン・ハイ・ダムによる水没を避けるため、隣の島へ移築されました。
アスワンからボートで渡る。夜は音と光のショーがある。世界遺産。
ポンペイのイシス神殿(Temple of Isis, Pompeii)
火山灰に埋もれて残ったイシス神殿
西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火で埋もれ、そのまま保存されたイシス神殿です。
エジプトの外にあるイシス神殿として、最も保存状態が良いものです。
地震で損傷した直後に再建されており、噴火の時点で現役だったことが分かります。
発掘は18世紀。若きモーツァルトがここを訪れ、『魔笛』の着想を得たという伝えがあります。作中のエジプト風の儀式は、この神殿の印象によるとされます。
ローマ帝国にイシス信仰がどれほど根づいていたかを示す、決定的な証拠です。
ポンペイ遺跡内。ナポリから電車で行ける。世界遺産。
デンデラ神殿の誕生殿(Dendera Mammisi)
母と子の場面が刻まれた建物
マンミシ(誕生殿)は、女神が神の子を産む場面を再現するための建物です。
壁には、女神が子を抱く場面が繰り返し刻まれています。
母が幼子を膝に抱き、乳を与える図像。
この構図は、のちの聖母子像との類似がしばしば指摘されます。直接の影響関係については議論がありますが、地中海世界で広く流通していた図像であったことは確かです。
デンデラ神殿は保存状態が非常に良く、天井の彩色も残っています。
ルクソールから車で約2時間。アビドスと合わせて回れる。
イシスが現代に残した痕跡
イシスの名は、最後のヒエログリフと、後代の図像に残りました。
最後のヒエログリフ碑文: 西暦394年、フィラエ島に刻まれたものが現存最後の例。三千数百年使われた文字が、この女神の神殿で途絶えた。
ステラ・マリス(海の星): ローマ時代に船乗りが呼んだ名。のちに聖母マリアの称号として受け継がれた。
母子の図像: 幼子ホルスを抱くイシスの姿は、地中海世界で広く流通した。聖母子像との類似がしばしば指摘される。
イシスのヴェール: 「私のヴェールを上げた者はいない」という碑文(サイスのネイト神殿とも)から、隠された真理の比喩として近代の思想・文学で繰り返し引用された。
イシスが司るもの
魔術・呪文
ラーの真の名を得た最強の魔術師。毒の治療の呪文はこの女神の名で唱えられた。
母子の守護
湿地でホルスを育てた。母と子を守る神として、出産と育児の場で祈られた。
癒し
毒に刺された子を救った。医療と呪医の守護神。
王権
名は「玉座」を意味する。王が座る玉座そのものがこの女神とされた。
航海
ローマ時代「海の星(ステラ・マリス)」と呼ばれ、船乗りが祈った。
イシスが登場するゲーム・アニメ
「魔法使いの女神」として扱われることが多い神です。原典でも最強の魔術師なので、この点は忠実といえます。
一方で「国境を越えて夫を探し、宮廷に潜り込んだ」という行動力は、あまり描かれません。
イシスが登場するゲーム
イシスが登場するアニメ・漫画・映像
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イシスについてよくある質問
イシスは何の神様ですか。
魔術と癒しの女神です。オシリスの妻でホルスの母。エジプト神話でもっとも行動する神で、夫の遺体を集めて蘇らせました。
イシスの名前の意味は何ですか。
「玉座」です。頭に載せる冠が玉座の形をしています。王が王座に座ることは、この女神の膝に座ることを意味しました。
イシスはどうやってラーを出し抜いたのですか。
ラーの唾から毒蛇を作り、噛ませました。ラー自身が作ったものではないため解毒できず、苦痛に耐えかねて真の名を明かしました。エジプトでは名前が存在そのものであり、真の名を知る者はその相手を支配できます。
イシスはなぜローマまで広まったのですか。
夫を蘇らせ、子を守り、死者を救う神として、個人の救済を約束したためです。国家の神ではなく一人ひとりに応える神として受け入れられ、兵士と商人が交易路に沿って持ち運びました。
イシスとマリアは関係がありますか。
直接の影響関係については議論があります。ただし幼子を抱く図像が地中海世界で広く流通していたこと、船乗りの守護神の称号「海の星」が受け継がれたことは事実です。
古代エジプトの宗教はいつ終わったのですか。
西暦536年、フィラエ島のイシス神殿が閉鎖されたときです。最後のヒエログリフ碑文(394年)も同じ島にあり、三千数百年続いた文字と信仰がここで途絶えました。
イシスと併せて覚えたい言葉・用語
ヒエログリフ(Hieroglyph/神聖文字)
古代エジプトの絵文字。エジプト語では「神の言葉(メドゥ・ネチェル)」と呼ばれた。子音だけを書き母音は書かないため、当時の正確な発音は分かっていない。西暦394年の碑文を最後に使われなくなり、1822年にシャンポリオンが解読するまで千四百年以上読めなかった。