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エジプト神話

トートとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

ḏḥwtj  / トート

守護と冥界の神

文字と知恵の神。裁きの結果を記録し、ヒエログリフを人に与えた。

トートの姿を描いた図

レオン・デュボワ 「エジプト神統記」 1823年 / CC BY-SA 4.0 出典

トートとは何の神様か

トートはひとことで言えば書く神です。

トキ(アフリカクロトキ)の頭を持つ人、またはヒヒの姿で描かれます。手にはパレットと筆

役目は明快です。

文字を発明した。 暦を定めた。数を数えた。神々の書記を務めた。

心臓の計量では、結果を記録するのがこの神です。裁きの場に立ち会い、

判定を、書き留める。

も司ります。月の満ち欠けを数えることから、時間と計算の神になりました。

決定的な功績があります。

月と賭けをして、一年に五日を足した。

この五日がなければ、オシリスイシスセトも生まれませんでした。

ギリシャ人はこの神をヘルメスと重ね、

ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)

という名で、錬金術と西洋の秘教思想の祖に据えました。

トートのヒエログリフの表記と読み方

エジプト語では ḏḥwtj、「ジェフティ」に近い音でした。日本語の「トート」はギリシャ語形です。

この神の聖獣は二つあります。

トキ── 長く湾曲したくちばしが、書記の筆に似ている。
ヒヒ── 夜明けに鳴く習性が、太陽への挨拶とされた。

信仰の中心地ヘルモポリス(現アシュムネイン)の名は、

ギリシャ人が「ヘルメスの町」と呼んだ

ことに由来します。エジプト語名はクメヌ(八の町)でした。

ヘルメス・トリスメギストスの名は重要です。この名で書かれた文書群(ヘルメス文書)が、

ルネサンス期のヨーロッパで再発見され、錬金術と近代科学の出発点の一つになった。

エジプトの書記の神が、ヨーロッパの学問史に入り込んでいます。

ḏḥwtj(ジェフティ)

ヒエログリフの転写。トキを表す語に由来する。

Θώθ(トート)

ギリシャ語形。日本語の「トート」はこれを経由している。

Ἑρμῆς Τρισμέγιστος(ヘルメス・トリスメギストス)

「三重に偉大なヘルメス」。ヘレニズム期にこの神とヘルメスが融合して生まれた名。

トートの物語

  1. 五日を勝ち取る ─ 月との賭け
  2. 文字を発明する ─ そして批判される
  3. 裁きを記録する ─ 天秤のかたわらで
  4. ホルスの目を癒す ─ 完全にする者
  5. ヨーロッパへ渡る ─ 錬金術の祖として

五日を勝ち取る ─ 月との賭け

太陽神ラーは、女神ヌトが子を産むことを禁じました。

一年のどの日にも、産んではならない。

当時の一年は三百六十日でした。逃げ道がありません。

そこでトートが動きます。

月と賭けをしました。 月の光の一部を賭けの対象とし、

勝って、五日分の光を得た。

その五日を一年に足します。

三百六十五日になった。

新しくできた五日は「どの日にも属さない日」でした。ラーの禁令が及びません。

ヌトはこの五日に、

オシリス、大ホルス、セト、イシス、ネフティスを産んだ。

エジプト暦では、この五日をエパゴメナイ(余分の日)といい、年の最後に置きました。

計算で、禁令を破っています。 この神らしい解決法です。

なお、月が光を失ったぶん、満ち欠けするようになったとも語られます。

文字を発明する ─ そして批判される

トートはヒエログリフを発明したとされます。

エジプトでは文字を「神の言葉」(メドゥ・ネチェル)と呼びました。ヒエログリフというギリシャ語名も「聖なる刻まれた文字」の意味です。

書記は、この神を守護神としました。仕事を始める前に、

筆先の一滴をトートに捧げる。

習わしがありました。

面白い記録があります。プラトンの『パイドロス』に、この神が登場するのです。

トートがエジプト王に文字を献上すると、王はこう答えました。

文字は記憶を助けるのではない。人は書けるから覚えなくなる。

書かれたものは問い返しても答えない、とも言います。

文字の発明を、批判した記録。

これは書き言葉についての、現存最古級の議論として、現在も繰り返し引用されます。

ギリシャの哲学者が、エジプトの神を借りて論じたわけです。

裁きを記録する ─ 天秤のかたわらで

冥界の「二つの真理の広間」で、天秤の傍らに立つのがトートです。

アヌビスが天秤を扱い、

トートが、結果を書き留める。

パレットと筆を持ち、四十二柱の神々の前で読み上げます。

記録が重要でした。エジプトでは、

書かれたことが、確定したこと。

だからです。

この神は、判定に手心を加えません。 天秤が釣り合わなければ、そのまま記録します。

一方で、死者を弁護する役目も担いました。死者の書には、

トートがオシリスに「この者は罪なし」と告げる

場面があります。

記録者であり、同時に弁護人。

現代の法廷でいえば、書記官と弁護士を兼ねていることになります。

公平な記録こそが死者を守る、という考え方です。

ホルスの目を癒す ─ 完全にする者

セトに奪われ、バラバラにされたホルスの左目を、集めて癒したのがトートです。

完全になった目は、

ウジャト(完全なもの)

と呼ばれました。

ここから、エジプトの分数が生まれたとする説があります。ウジャトの目を構成する各部分に、

1/2、1/4、1/8、1/16、1/32、1/64

が割り当てられ、穀物の量を測るのに使われました。

合計すると63/64残る 1/64 は、トートが補うとされます。

神が最後の端数を埋める。

この説は近年再検討されています(記号の由来は別とする見方が有力です)が、エジプト人が分数を使いこなしていたことは確かです。

リンド数学パピルスには、複雑な計算問題が並びます。計算の神を持つ文明でした。

ヨーロッパへ渡る ─ 錬金術の祖として

ヘレニズム期、ギリシャ人はトートをヘルメスと重ねました。

ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)という名で、

神ではなく、太古の賢者

として扱われます。モーセと同時代、あるいはそれ以前に生きた人物とされました。

この名で書かれた文書群をヘルメス文書(コルプス・ヘルメティクム)といいます。実際には紀元後2〜3世紀の成立です。

1460年頃、この文書がフィレンツェにもたらされました。

メディチ家は、プラトンの翻訳を中断させてまで、こちらを先に訳させた。

それほど衝撃だったのです。古代エジプトの叡智と信じられました。

錬金術、占星術、ルネサンスの魔術思想。

すべてこの流れから出ています。ニュートンも錬金術文書を大量に残しました。

1614年、カソーボンが文体分析から「古代エジプトのものではない」と証明します。

しかし、近代科学が生まれる過程に、この名があったことは変わりません。

トートの家系図と家族

トートの妻・夫: セシャト夫婦(娘とする伝えもある)

トートの性格と人物像

トートは、手続きを守る神です。

派手な戦いをしません。書き、数え、記録する。

しかし、この神がしたことを並べると重大です。

文字を作り、暦を定め、五日を足し、目を癒し、裁きを記録した。

すべて、他の神が動くための前提です。五日がなければオシリスは生まれず、目が癒えなければホルスは戦えず、記録がなければ裁きは成立しません。

注目すべきは、賭けで五日を得たことです。

ラーの禁令を、暴力ではなく計算で破っている。

そして、記録者でありながら死者を弁護します。

正確に書くことが、弱い者を守ることになる。

この考え方が、三千年のあいだ書記という職業を支えました。

エジプトで読み書きができたのは人口の1%程度とされます。その少数が、この神に仕えていました。

トートを祀った神殿と遺跡

トートの聖地は、中エジプトに集中しています。

ヘルモポリスとその墓域トゥーナ・エル・ゲベルが中心で、数百万体のトキのミイラがこの神への祈りの規模を示します。

なお、書記が働いた場所という意味では、神殿の「生命の家」(ペル・アンク)がこの神の実質的な仕事場でした。

文書を保管し、写本を作り、若い書記を教育する施設。

古代の図書館兼学校です。

ヘルモポリス(アシュムネイン)(Hermopolis Magna / Khemenu)

トート信仰の中心地

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ヘルモポリス(アシュムネイン)の住所: エジプト ミニヤー県 エル・アシュムネイン

ヘルモポリス(アシュムネイン)の祀られた神: トート

ヘルモポリス(アシュムネイン)に残るもの: 神殿址・巨大なヒヒ像・列柱

トート信仰の最大の中心地です。

エジプト語名クメヌは「八の町」。ここにはヘルモポリス八柱神という独自の創世神話がありました。

四組の男女(水・闇・無限・不可視)が、原初の丘と卵を生んだ。

ヘリオポリスの九柱神とは別系統の創世です。都市ごとに世界の始まりが違ったことを示します。

遺跡には、

高さ4メートルを超える花崗岩のヒヒ像

が残ります。アメンホテプ3世が奉納したもので、トートの聖獣です。

近くのトゥーナ・エル・ゲベルには、

数百万体のトキとヒヒのミイラを納めた地下墓

があります。奉納の規模がうかがえます。

カイロ南方約300km。ミニヤーが拠点。

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ミニヤーの現地ツアーや入場券を探せます。

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トゥーナ・エル・ゲベル(Tuna el-Gebel)

トキとヒヒのミイラを納めた地下墓

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トゥーナ・エル・ゲベルの住所: エジプト ミニヤー県 トゥーナ・エル・ゲベル

トゥーナ・エル・ゲベルの祀られた神: トート

トゥーナ・エル・ゲベルに残るもの: 地下カタコンベ・墓群・アマルナ境界碑

ヘルモポリスの墓域です。

地下には長大な通路が掘られ、

壺に納められたトキのミイラが、壁一面に積まれている。

推定で数百万体。ヒヒのミイラも多数見つかりました。

参拝者が奉納として買い、納めたものです。アヌビス信仰の犬と同じ構造で、

信仰が大規模な産業になっていた。

ことが分かります。

また、この地にはアマルナの境界碑の一つがあります。アクエンアテンが新都の範囲を定めて刻んだものです。

ペトシリスの墓は、エジプトとギリシャの美術が混ざった珍しい建築として知られます。

ヘルモポリスから約7km。地下墓は照明があり見学できる。

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ミニヤーの現地ツアーや入場券を探せます。

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トートが現代に残した痕跡

トートの名は、ヨーロッパの学問史に入り込みました。

ヘルメス文書: 「三重に偉大なヘルメス」の名で書かれた文書群。1460年頃フィレンツェに伝わり、ルネサンスの思想に大きな影響を与えた。

「ヘルメティック(密閉した)」: 英語の hermetic(密閉した・秘教的な)は、この神の名に由来する。錬金術で容器を密封する技法から。

プラトン『パイドロス』の文字批判: トートが王に文字を献上する場面。「文字は記憶を助けない」という、書き言葉についての現存最古級の議論。

ウジャトの分数: 目の各部分に1/2から1/64を割り当てた表記。近年は由来が再検討されているが、エジプトの数学の高さを示す例として知られる。

トートが司るもの

知恵・学問

文字と数と暦を司る。書記の守護神。

記録・書記

神々の書記。冥界の裁きの結果を書き留める。

月・暦

月の満ち欠けを数える。一年を三百六十五日にした。

魔術

呪文の言葉を司る。ホルスの目を癒し、毒を退けた。

トートが登場するゲーム・アニメ

「知恵の神」としてそのまま扱われることが多い神です。

一方、ヘルメス・トリスメギストスとしての側面は、エジプト神話の文脈では紹介されないまま、錬金術の作品に別枠で登場することがほとんどです。

同じ神だと気づかれていません。

トートが登場するゲーム

女神転生シリーズ

知恵の神として登場します。

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Assassin's Creed オリジンズ

ヘルモポリスをはじめ、この神に関わる場所が再現されています。

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遊☆戯☆王

「ホルスの黒炎竜」などと並び、エジプト神の意匠が随所に使われています。

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トートが登場するアニメ・漫画・映像

錬金術を扱う作品全般

ヘルメス・トリスメギストスの名や「エメラルド・タブレット」が引用されることがあります。いずれもこの神に由来します。

映画「キング・オブ・エジプト」

知恵の神として登場します。

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トートについてよくある質問

トートは何の神様ですか。

知恵・文字・数・暦・月を司る神です。ヒエログリフを発明し、神々の書記を務め、冥界の裁きの結果を記録しました。

トートはなぜトキの頭なのですか。

長く湾曲したくちばしが書記の筆に似ているためとされます。もう一つの聖獣であるヒヒは、夜明けに鳴く習性が太陽への挨拶と考えられました。

トートが五日を足したとはどういうことですか。

ラーがヌトに「一年のどの日にも子を産むな」と禁じたため、トートが月と賭けをして五日分の光を勝ち取り、三百六十日の年に足しました。この五日はどの日にも属さないため禁令が及ばず、オシリスたち五柱が生まれました。

トートとヘルメスの関係は何ですか。

ギリシャ人がこの神をヘルメスと同一視し、「ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)」という名が生まれました。この名で書かれた文書群がルネサンス期のヨーロッパで再発見され、錬金術と秘教思想の出発点になりました。

トートは死者の裁きで何をするのですか。

アヌビスが扱う天秤の結果を書き留め、四十二柱の神々の前で読み上げます。同時に死者を弁護し、オシリスに「この者は罪なし」と告げる役目も担いました。

ヒエログリフはトートが作ったのですか。

神話ではそうされています。エジプト人は文字を「神の言葉(メドゥ・ネチェル)」と呼び、書記はこの神を守護神としました。

トートと併せて覚えたい言葉・用語

心臓の計量(しんぞうのけいりょう)

死者の心臓とマアトの羽根を天秤にかける冥界の裁き。アヌビスが天秤を扱い、トートが記録する。釣り合えば来世へ、釣り合わなければアメミットが心臓を食い、存在そのものが消える。死者の書第125章。

エパゴメナイ(Epagomenai/どの日にも属さない五日)

トートが月との賭けで勝ち取り、一年に足した五日。ラーの禁令が及ばないため、ヌトはこの五日にオシリスら五柱を産んだ。年の最後に置かれ、危険な日ともされた。

ヒエログリフ(Hieroglyph/神聖文字)

古代エジプトの絵文字。エジプト語では「神の言葉(メドゥ・ネチェル)」と呼ばれた。子音だけを書き母音は書かないため、当時の正確な発音は分かっていない。西暦394年の碑文を最後に使われなくなり、1822年にシャンポリオンが解読するまで千四百年以上読めなかった。

死者の書(ししゃのしょ)

正しくは「日のもとに出現するための書」。冥界を通るための呪文集で、パピルスに書いてミイラとともに納めた。名前の欄を空けた既製品が売られており、購入者の名を書き入れて使った。

アンク(ꜥnḫ/生命の記号)

輪のついた十字形。「生命」を意味する。神が王の鼻先に差し出す場面が神殿に繰り返し刻まれた。

九柱神(きゅうちゅうしん/エネアド)

ヘリオポリスの神学における九柱の系譜。アトゥム、シュー、テフヌト、ゲブ、ヌト、オシリス、イシス、セト、ネフティス。ただしメンフィスやヘルモポリスには別系統の創世神話があり、併存していた。