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エジプト神話

アトゥムとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

jtm  / アトゥム

太陽 ヘリオポリス九柱神

原初の水から自ら生じた創造神。九柱神の祖。

アトゥムの姿を描いた図

レオン・デュボワ 「エジプト神統記」 1823年 / CC BY-SA 4.0 出典

アトゥムとは何の神様か

アトゥムはひとことで言えば最初にいた神です。

名は「完全なもの」と「存在しないもの」の両方を意味します。

すべてであり、まだ何でもない。

世界が何もなかったとき、原初の水ヌンのなかで、この神が自らを生みました。

誰にも生まれていない。自分で自分を作った。

そして、一人で子を生みます。

唾を吐いて、あるいは自らの手で。

こうしてシュー(大気)とテフヌト(湿気)が生まれ、そこから世界が広がりました。ヘリオポリス九柱神の起点です。

のちにラーと融合し、

朝がケプリ、昼がラー、夕がアトゥム。

という三段階の一つになります。

始まりの神が、一日の終わりを担当する。 これは偶然ではありません。

世界が終わるとき、すべてはアトゥムに戻る

とされました。

アトゥムのヒエログリフの表記と読み方

エジプト語では jtm。語根 tm は、

「完成する」「終わる」「〜でない」

を同時に意味します。

そのため、アトゥムという名は、

「完全なもの」と「まだ存在しないもの」

の両方に読めます。矛盾ではなく、そういう神です。

すべてを含んでいるが、まだ分かれていない状態。

創造前の世界そのものを名にしています。

ラーと融合したのちは「ラー・アトゥム」と呼ばれ、夕方の太陽を担当しました。

老人の姿

で描かれることが多いのはそのためです。杖をついた老いた王として、朝のケプリ(甲虫)、昼のラー(隼)と対比されます。

jtm(イテム/アトゥム)

ヒエログリフの転写。「完成する」「終わる」を意味する語 tm に由来する。

Ἄτουμ(アトゥム)

ギリシャ語形。

rꜥ-jtm(ラー・アトゥム)

太陽神ラーと融合した形。夕方の太陽を表す。

アトゥムの物語

  1. 自分で自分を生む ─ 原初の丘
  2. ひとりで子を生む ─ 唾と手
  3. 子を失い、また見つける ─ ラーの目の起源
  4. 夕方の太陽になる ─ 老いて西へ沈む
  5. 世界の終わり ─ すべてが戻る場所

自分で自分を生む ─ 原初の丘

世界の始まりに、何もありませんでした。

あったのはヌン

暗く、動かず、果てのない水。

そのなかで、アトゥムが自らを生みました。

誰にも作られていない。自分の意志で存在し始めた。

立つ場所がないため、水のなかから

原初の丘(ベンベン

が盛り上がります。

この丘の上に立ったことが、世界の最初の出来事でした。

ヘリオポリスの神殿には、この丘を表すベンベン石が祀られていたとされます。

ピラミッドの形も、オベリスクの先端も、この石に由来する。

エジプト人にとって、

毎年ナイルの氾濫が引いたあと、水面から泥の丘が現れる。

この光景が、創世の記憶と重なっていました。神話が、目の前の景色から出ています。

ひとりで子を生む ─ 唾と手

アトゥムには配偶者がいませんでした。

それでも子を生みます。方法は、記録によって異なります。

ピラミッド・テキストは、

「彼は自らの手で、種を握った」

と記します。自慰によって生んだという直接的な記述です。

別の箇所では、

唾を吐いた

とされます。エジプト語で「吐く」(jšš)と「シュー」(šw)の音が近いためです。

言葉遊びが、神話の筋を作っているわけです。

こうして生まれたのが、

シュー(大気・乾)とテフヌト(湿気・湿)。

最初の男女です。

二柱からゲブ(大地)とヌト(天)が生まれ、そこからオシリスイシスセトネフティス

合わせて九柱。ヘリオポリス九柱神です。

一柱から、世界の系譜がすべて出ています。

子を失い、また見つける ─ ラーの目の起源

生まれたばかりのシューとテフヌトは、

原初の水ヌンのなかで、行方不明になりました。

アトゥムは、自らの目を外して探しに送ります。

目は二柱を見つけ、連れ帰りました。

しかし、戻ってみると、

アトゥムは、すでに別の目をつけていた。

元の目は怒ります。

そこでアトゥムは、その目を額に置きました。

コブラ(ウラエウス)として、額から敵を睨む位置に。

これが、

王の額にコブラが載っている理由

とされます。ファラオの王冠の象徴の起源です。

また、この物語が「ラーの目」──セクメトハトホルが担う、独立して動く恐ろしい目──の原型になりました。

再会したとき、アトゥムが流した涙から人間が生まれたとも伝えられます。

エジプト語で「涙」(rmyt)と「人間」(rmṯ)の音が近い。

ここでも言葉遊びです。

夕方の太陽になる ─ 老いて西へ沈む

ヘリオポリスの神学が広まる過程で、アトゥムはラーと融合しました。

ラー・アトゥム。

役割分担ができます。

朝=ケプリ(甲虫。押し上げられる太陽)
昼=ラー(隼。天頂の太陽)
夕=アトゥム(老人。沈む太陽)

そのため、この神は

杖をついた老いた王

の姿で描かれることが多くなります。二重冠をかぶった姿です。

夕方の太陽は、

これから冥界へ入る太陽。

つまりアトゥムは、死者の世界への入口を司ることになりました。

ピラミッド・テキストには、

王の手を取り、天へ引き上げるアトゥム

が繰り返し現れます。死んだ王を迎えに来る神でした。

始まりの神が、終わりを担当している。

世界の終わり ─ すべてが戻る場所

エジプト神話には、世界の終わりについての記述があります。

棺文書(コフィン・テキスト)第1130節で、アトゥム自身が語ります。

私が創ったものは、すべて滅びる。
世界は、再びヌンの水に戻る。

そして、

残るのは、私とオシリスだけである。

二柱は蛇の姿になって、水のなかに残るとされます。

驚くべき記述です。

三千年続いた文明が、自らの世界に終わりがあると記していた。

北欧のラグナロクのような戦いによる終末ではありません。

静かに、元の状態へ戻る。

創造が「分かれること」なら、終末は「混ざり合って一つに戻ること」です。

アトゥムの名が「完全なもの」でも「存在しないもの」でもある理由が、ここで分かります。

始まりと終わりが、同じ状態だから。

アトゥムの家系図と家族

アトゥムの親: ヌンこの水のなかで自ら生じる

アトゥムの妻・夫: ネベトヘテペト独りで生んだ創造の相手役として置かれる

アトゥムの子・子孫: シューひとりで生むテフヌトひとりで生む

アトゥムの性格と人物像

アトゥムは、単独の神です。

親がいません。配偶者もいません。一人で始めました。

注目すべきは、この神が能動的でないことです。

戦わない。冒険しない。旅もしない。

世界を生んだあとは、ほとんど物語に登場しません。 子孫たちが動きます。

かわりに、

始まりと、終わりの両端にいる。

夕方の太陽を担当し、死んだ王を天へ引き上げ、そして世界が終わるとき、すべてが戻る場所になります。

名前が「完全なもの」と「存在しないもの」の両方を意味するのは、

創造の前と、終末の後が、同じ状態だから。

円環として世界を捉えていたことがよく分かります。

エジプト人にとって、世界は直線ではありませんでした。

アトゥムを祀った神殿と遺跡

アトゥムの神殿は、ヘリオポリスに集中していました。

しかし、

その神殿は、ほぼ完全に失われています。

カイロの街を建てるとき、石材が持ち去られたためです。

エジプト神学の中心地が、最も残っていない。

かわりに、オベリスクが世界各地に立っています。先端の形が、この神の創造した原初の丘を表しています。

ヘリオポリス(マタリーヤ)(Heliopolis / Iunu)

ヘリオポリス九柱神の本拠

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ヘリオポリス(マタリーヤ)の住所: エジプト カイロ県 マタリーヤ地区

ヘリオポリス(マタリーヤ)の祀られた神: アトゥム・ラー

ヘリオポリス(マタリーヤ)に残るもの: センウセレト1世のオベリスク

エジプト語名イウヌ(柱の町)。旧約聖書のオンもこの町です。

エジプト神学の中心地でした。

九柱神の体系は、ここで作られた。

ベンベン石が祀られ、原初の丘を表しました。オベリスクの先端とピラミッドの形は、この石に由来します。

現在、

センウセレト1世のオベリスク(紀元前1950年頃)

が立っています。エジプトで現在も原位置に立つ最古のオベリスクです。

神殿そのものは失われました。カイロの建設で石材が持ち去られたためです。

かつての神学の中心が、いまは市街地の一角。

発掘は現在も続いており、近年も像や門の遺構が見つかっています。

カイロ市内マタリーヤ地区。オベリスクは公園として整備されている。

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カイロのオベリスク(各国へ渡ったもの)(Obelisks from Heliopolis)

ヘリオポリスから世界へ運ばれたオベリスク

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カイロのオベリスク(各国へ渡ったもの)の住所: イギリス ロンドン ヴィクトリア堤防/アメリカ ニューヨーク セントラルパーク

カイロのオベリスク(各国へ渡ったもの)の祀られた神: アトゥム・ラー

カイロのオベリスク(各国へ渡ったもの)に残るもの: オベリスク

ヘリオポリスに立っていたオベリスクの多くは、世界各地へ運ばれました。

ロンドンとニューヨークの「クレオパトラの針」

は、いずれもトトメス3世がヘリオポリスに建てたものです。クレオパトラとは関係ありません。

もとはアレクサンドリアに移され、19世紀にそれぞれ寄贈されました。

ローマには、エジプトから運ばれたオベリスクが世界最多で立っています。

サン・ピエトロ広場のものが特に有名です。

先端の形(ベンベネト)が、原初の丘とアトゥムの創造を表しています。

創世神話の記念碑が、世界中の都市に立っている。

ロンドンはテムズ河岸、ニューヨークはメトロポリタン美術館の裏手。

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アトゥムが現代に残した痕跡

アトゥムの創造は、建築の形として残りました。

ベンベン石とピラミッド: 原初の丘を表す石。ピラミッドの形とオベリスクの先端(ベンベネト)はこれに由来する。

ウラエウス(額のコブラ): 子を探しに行った目が、戻ったとき額に置かれたという起源譚。ファラオの王冠の象徴になった。

「涙から人間が生まれた」: エジプト語の「涙」(rmyt)と「人間」(rmṯ)の音が近いことによる。神話が言葉遊びから生まれた例。

棺文書 第1130節の終末: 世界が再びヌンの水に戻り、アトゥムとオシリスだけが蛇の姿で残るという記述。エジプトの終末観を伝える貴重な文書。

アトゥムが司るもの

創造

ヘリオポリス九柱神の起点。原初の水から自らを生み、世界を始めた。

夕方の太陽

ラー・アトゥムとして沈む太陽を担当。老いた王の姿で描かれる。

死者を天へ導く

ピラミッド・テキストで、死んだ王の手を取って天へ引き上げる。

王権

二重冠をかぶった姿で描かれ、王の始祖とされた。

アトゥムが登場するゲーム・アニメ

ラーに吸収された形で紹介されることがほとんどです。

原典で重要なのは、

一柱で世界を始めたことと、世界の終わりを語ったこと

ですが、終末の記述はまず触れられません。 エジプト神話に終末があること自体、あまり知られていません。

アトゥムが登場するゲーム

女神転生シリーズ

創造神として登場します。

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Assassin's Creed オリジンズ

ヘリオポリスをはじめ、太陽信仰に関わる場所が再現されています。

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アトゥムが登場するアニメ・漫画・映像

エジプト神話の入門書

ラーの説明のなかで触れられることが多く、単独で扱われることは少ない神です。

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オベリスクを扱った番組

世界各地のオベリスクの由来として、この神の創造神話が紹介されます。

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

アトゥムについてよくある質問

アトゥムは何の神様ですか。

創造神です。原初の水ヌンのなかで自らを生み、一人でシューとテフヌトを生みました。ヘリオポリス九柱神の起点であり、のちにラーと融合して夕方の太陽を担当しました。

アトゥムはどうやって子を生んだのですか。

配偶者がいないため、一人で生みました。ピラミッド・テキストは自らの手によるとし、別の箇所では唾を吐いたとします。「吐く」と「シュー」の音が近いことによる言葉遊びです。

アトゥムの名前の意味は何ですか。

語根 tm が「完成する」「終わる」「〜でない」を同時に意味するため、「完全なもの」と「まだ存在しないもの」の両方に読めます。創造前の状態そのものを名にしています。

アトゥムとラーの違いは何ですか。

融合してラー・アトゥムと呼ばれます。役割分担があり、朝がケプリ(甲虫)、昼がラー(隼)、夕がアトゥム(老人)です。

エジプト神話に世界の終わりはありますか。

あります。棺文書第1130節で、アトゥムが「私が創ったものはすべて滅び、世界は再びヌンの水に戻る。残るのは私とオシリスだけ」と語ります。戦いによる終末ではなく、静かに元の状態へ戻る形です。

ピラミッドの形はアトゥムと関係がありますか。

関係があります。原初の水から盛り上がった丘を表すベンベン石が、ピラミッドの形とオベリスクの先端の由来とされています。

アトゥムと併せて覚えたい言葉・用語

九柱神(きゅうちゅうしん/エネアド)

ヘリオポリスの神学における九柱の系譜。アトゥム、シュー、テフヌト、ゲブ、ヌト、オシリス、イシス、セト、ネフティス。ただしメンフィスやヘルモポリスには別系統の創世神話があり、併存していた。

ヌン(Nun/原初の水)

世界が始まる前からある、暗く動かない水。ここから原初の丘が現れて創造が始まり、世界が終わるときはすべてここへ戻る。

ベンベン(Benben/原初の丘)

ヌンから最初に現れた丘。ピラミッドの形と、オベリスクの先端(ベンベネト)はこれを表す。毎年ナイルの増水が引いたあとに泥の丘が現れる光景と重なっている。

ウラエウス(jꜥrt/額のコブラ)

王冠の額に立つコブラ。敵に炎を吐いて王を守る。アトゥムが自分の目を額に置いたことが起源とされる。

ラグナロク(Ragnarök)

北欧神話の終末。神々と巨人が戦い、双方がほぼ全滅して世界が焼け落ち、海に沈む。そののち新しい大地が浮かび上がる。