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エジプト神話

ハピとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

ḥꜥpj  / ハピ

守護と冥界の神

ナイルの増水を司る神。豊満な腹と垂れた乳房で描かれる。

ハピの姿を描いた図

「ナイルの化身ハピ」 / CC0 出典

ハピとは何の神様か

ハピはひとことで言えば増水そのものです。

注意が必要なのは、

ナイル川という「川」の神ではない

ことです。

毎年起きる「増水」という現象

を神にしたものです。

姿が独特です。

太った男性。青または緑の肌。
腹が垂れ、乳房がある。
頭にパピルスまたは蓮を載せている。

男性でありながら、乳房を持つ。

豊かさと、養う力を表しています。

古代エジプトにとって、増水はすべてでした。

来なければ飢饉。多すぎれば村が流される。

この神への祈りは、

ちょうどよく来てほしい。

という、きわめて実際的なものでした。

ハピを讃える歌は、王を讃える歌より熱心だと言われるほどです。

ハピのヒエログリフの表記と読み方

エジプト語では ḥꜥpj増水を意味する語です。

同名の別の存在が二つあるため、注意が必要です。

ハピ(ホルスの四人の子の一柱)── ヒヒの頭を持ち、肺のカノポス壺を守る。別の神です。

さらに、

アピス牡牛(プタハの化身)

とも、日本語表記が近いため混同されます。まったく別です。

この神は、

上エジプトのハピ(蓮を載せる)
下エジプトのハピ(パピルスを載せる)

二柱一組で描かれることが多くあります。

二柱が植物の茎を結び合う図(セマ・タウイ)

は、上下エジプトの統一を表す代表的な意匠です。

王座の側面に、必ずといっていいほど彫られています。

ḥꜥpj(ハアピ)

ヒエログリフの転写。ナイルの増水を指す語。

Ἄπις(アピス(別))

アピス牡牛(プタハの化身)とは別。日本語表記が近いため混同されやすい。

ḥꜥpj(ホルスの子)(ハピ(別))

カノポス壺のうち肺を守るヒヒ頭の神も同名。別の存在。

ハピの物語

  1. 増水が来る ─ エジプトのすべて
  2. 多すぎても、少なすぎても ─ 測る文明
  3. ハピ讃歌 ─ 王より熱心な祈り
  4. 統一の象徴 ─ セマ・タウイ

増水が来る ─ エジプトのすべて

古代エジプトの一年は、三季に分かれていました。

アケト(増水期)
ペレト(生育期)
シェムウ(収穫期)

一年の始まりは、増水です。

毎年七月頃

エチオピア高原の雨によって、ナイルが増水する。

水は畑を覆い、

引いたあとに、黒く肥沃な泥が残る。

これがエジプトの農業の基盤でした。

エジプト人が自国を

ケメト(黒い土地)

と呼んだのは、この泥の色です。砂漠は「赤い土地」(デシェレト)

増水の到来は、

シリウスが日の出直前に昇る日

とほぼ一致しました。暦の起点です。

増水が来なければ、その年は飢える。

生死が、この現象にかかっていました。

多すぎても、少なすぎても ─ 測る文明

増水は、ちょうどよくなければなりません。

少なければ、畑に水が届かず飢饉。
多すぎれば、村と灌漑設備が流される。

そのため、エジプトは

水位を測りました。

ナイロメーター(水位計)が各地に設置されます。

エレファンティネ島、コム・オンボ、ロダ島(カイロ)。

階段状の井戸に目盛りが刻まれ、

増水の高さを記録した。

そして、

その年の税率が、この数値で決まりました。

水位が高い年は豊作なので、税も高い。

神への祈りと、行政の計算が、同じ場所で行われていた。

パレルモ石という古い記録には、

歴代の王の治世ごとの増水の高さ

が刻まれています。第一王朝まで遡る観測記録です。

五千年前から、数字を取り続けていた。

ハピ讃歌 ─ 王より熱心な祈り

「ハピ讃歌」という文書が、複数残っています。

内容は、率直です。

汝が来れば、大地は喜び、腹は満ちる。
汝が遅れれば、呼吸は止まり、人は貧しくなる。
百万の人が滅びる。

そして、

汝には神殿がない。汝の像はない。
それでも、すべての者が汝に供物を捧げる。

という趣旨の一節があります。

神殿を持たない神。

これは事実で、ハピの大神殿はほとんど知られていません。

かわりに、

増水が始まる時期に、川に供物が投げ込まれました。
像、パピルスの巻物、食べ物、家畜。

近代まで続いた「花嫁を川に捧げる」という話は、

後世の伝説であり、古代の証拠はありません。

讃歌の熱心さは、

王への讃歌を上回る

としばしば評されます。

統一の象徴 ─ セマ・タウイ

ハピは、二柱一組で描かれることが多くあります。

上エジプトのハピ── 蓮を頭に載せる。
下エジプトのハピ── パピルスを頭に載せる。

二柱が、

気管と肺を模した記号(セマ)に、両地方の植物の茎を結びつける。

これを、

セマ・タウイ(二つの土地の統一)

といいます。

上下エジプトが一つに結ばれた

ことを表す、最も重要な国家的意匠です。

この図は、

王座の側面

に繰り返し彫られました。王が座るたび、統一の象徴の上にいるわけです。

カルナックやルクソールの巨像の玉座にも見られます。

ナイルの増水の神が、国家統一を表している。

理由は明快です。

同じ川が、上下エジプトを貫いている。

川が国をつないでいました。

ハピの家系図と家族

ハピのきょうだい: ウァジ・ウェルともに水を擬人化した、よく似た姿の神

ハピの性格と人物像

ハピは、現象そのものです。

性格も、物語も、家族もない。

来るか、来ないか。多いか、少ないか。

それだけです。

しかし、

エジプト人が最も切実に祈った相手

でした。

讃歌には、

「汝には神殿がない。汝の像はない。」

とあります。それでも祈られました。

形式より、実際に必要だったから。

姿が独特なのも意味があります。

男性でありながら、乳房を持つ。
育てる力を、性別を超えて表している。

そして、この神は

国家統一の象徴

でもありました。

同じ川が、国を貫いている。

エジプトという国が、一本の川でできていたことを、この神が示しています。

ハピを祀った神殿と遺跡

ハピに大神殿はありません。

讃歌自身が、

「汝には神殿がない。汝の像はない。」

と述べています。

かわりに、

増水が始まる時期に、川へ供物が投げ込まれました。

そして、

ナイロメーターが、この神と向き合う実際の施設

でした。

祈るのではなく、測る。

エジプトらしい向き合い方です。

エレファンティネ島のナイロメーター(Nilometer, Elephantine)

増水を測った最古級の水位計

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エレファンティネ島のナイロメーターの住所: エジプト アスワン県 エレファンティネ島

エレファンティネ島のナイロメーターの祀られた神: クヌム・ハピ

エレファンティネ島のナイロメーターに残るもの: 階段状の水位計・神殿址

増水の高さを測るための施設です。

階段状の井戸に目盛りが刻まれている。

エジプトの南端に位置するため、

増水の到来を最初に知る地点

でした。ここでの測定値が、

その年の税率を決めるのに使われました。
神殿と、税務署が同じ場所にある。

エレファンティネはクヌム信仰の中心でもあり、

岩の下の洞窟から増水の水が湧き出す

と考えられていました。

島の考古学博物館では、出土品を見ることができます。

アスワンからフェルーカ(帆船)で渡れる。

現地ツアーをさがす

アスワンの現地ツアーや入場券を探せます。

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ロダ島のナイロメーター(Nilometer of Roda Island)

カイロに現存する大型の水位計

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ロダ島のナイロメーターの住所: エジプト カイロ県 ロダ島

ロダ島のナイロメーターの祀られた神: (イスラム期の施設)

ロダ島のナイロメーターに残るもの: 八角柱の水位計・円錐屋根の建物

カイロのナイルに浮かぶロダ島にあります。

西暦861年、イスラム期に建てられたものですが、

古代からの伝統を直接受け継いでいます。

中央に八角形の石柱が立ち、

水位が目盛りで読み取れる。

測定結果は公表され、

その年の税と、祝祭の実施が決まりました。
水位が十分なら、運河を切る祭りが行われた。

古代の制度が、千数百年後もそのまま続いていたことを示す施設です。

神は変わっても、川は変わらない。

現存する最古級のイスラム建築の一つでもあります。

カイロ市内ロダ島の南端。見学可能。

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カイロの現地ツアーや入場券を探せます。

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ハピが現代に残した痕跡

ハピの図像は、国家の象徴として残りました。

セマ・タウイ: 上下二柱のハピが植物の茎を結ぶ図。上下エジプト統一の象徴で、王座の側面に繰り返し彫られた。

ナイロメーター: 増水の高さを測る施設。測定値でその年の税率が決まった。イスラム期のロダ島のものまで伝統が続いた。

ハピ讃歌: 「汝には神殿がない。それでもすべての者が供物を捧げる」と歌う。王への讃歌を上回る熱心さと評される。

パレルモ石: 歴代の王の治世ごとの増水の高さを刻んだ最古級の記録。第一王朝まで遡る観測データ。

ハピが司るもの

ナイルの増水

毎年の増水そのもの。来なければ飢饉、多すぎれば村が流される。

豊穣・食糧

増水が残す黒い泥がエジプトの農業の基盤。国名ケメト(黒い土地)の由来。

国家統一

上下二柱が植物の茎を結ぶ「セマ・タウイ」が統一の象徴。王座の側面に彫られた。

養う力

男性でありながら乳房を持つ姿。性別を超えた育てる力を表す。

ハピが登場するゲーム・アニメ

神としてはほとんど扱われない一方、

ナイルの増水という現象

は、エジプト文明の解説で必ず語られます。

同じものなのに、神の名では出てこない。

また、

男性で乳房を持つ

という姿の意味(性別を超えた育てる力)も、あまり説明されません。

ハピが登場するゲーム

女神転生シリーズ

ナイルの神として登場します。

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Assassin's Creed オリジンズ

ナイルの増水と農業が世界の背景として描かれます。

Amazonでゲームを探す

ハピが登場するアニメ・漫画・映像

エジプト文明の解説番組

「エジプトはナイルの賜物」(ヘロドトス)とともに、増水の仕組みが必ず紹介されます。

古代エジプト展

セマ・タウイの意匠は、王座や彫像の展示で見ることができます。

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

ハピについてよくある質問

ハピは何の神様ですか。

ナイルの増水そのものの神です。川という「川」の神ではなく、毎年起きる「増水」という現象を神にしたものです。

ハピはなぜ男性なのに乳房があるのですか。

養う力、育てる力を表すためです。太った腹と垂れた乳房で、豊かさを性別を超えて表現しています。

ハピの神殿はどこにありますか。

大神殿はありません。ハピ讃歌自身が「汝には神殿がない。汝の像はない」と述べています。かわりに、増水の時期に川へ供物が投げ込まれ、ナイロメーターで水位が測られました。

ナイロメーターとは何ですか。

増水の高さを測る施設です。階段状の井戸に目盛りが刻まれ、その年の税率がこの数値で決まりました。エレファンティネ島やカイロのロダ島に現存します。

セマ・タウイとは何ですか。

上エジプト(蓮)と下エジプト(パピルス)のハピが、気管と肺を模した記号に両地方の植物の茎を結びつける図です。上下エジプト統一の象徴で、王座の側面に彫られました。

ハピという名前の神が複数いるのはなぜですか。

同名の別の存在があるためです。ホルスの四人の子の一柱にもハピがおり、ヒヒの頭を持ち肺のカノポス壺を守ります。まったく別の神です。またアピス牡牛(プタハの化身)とも日本語表記が近く混同されやすいので注意が必要です。

ハピと併せて覚えたい言葉・用語

カノポス壺(Canopic jars/内臓を納める壺)

ミイラを作るとき、肝臓・肺・胃・腸を納める四つの壺。ホルスの四人の子が担当し、イシス・ネフティス・ネイト・セルケトが守る。心臓だけは裁きで量られるため体内に残される。

ケメト(Kemet/黒い土地)

古代エジプト人が自国を呼んだ名。ナイルの増水が残す黒く肥沃な泥の色による。対して砂漠は「デシェレト(赤い土地)」でセトの領分とされた。

ナイロメーター(Nilometer/水位計)

ナイルの増水の高さを測る施設。階段状の井戸に目盛りが刻まれ、その年の税率がこの数値で決まった。エレファンティネ島やカイロのロダ島に現存する。