心臓を食らう怪物。ワニ・ライオン・カバの合成獣。

「オシリスの前での死者の審判」 / パブリックドメイン 出典
アメミットとは何の神様か
アメミットはひとことで言えば二度目の死?そのものです。
姿は三種の合成。
頭がワニ、上半身がライオン、下半身がカバ。
いずれも、エジプト人が最も恐れた動物です。ナイルで人を襲うワニ、砂漠のライオン、そしてカバ。
カバは、古代エジプトで最も人を殺した動物とされる。
冥界の天秤のかたわらに座り、
心臓が羽根より重かったとき、それを食う。
食われた死者は、
来世に行けないのではない。存在そのものが消える。
これを「二度目の死」といいます。エジプト人が最も恐れたのはこれでした。
重要なのは、アメミットが神として祀られていないことです。
神殿がない。祈られない。
避けるべきものとしてだけ存在します。
アメミットのヒエログリフの表記と読み方
名は「死者を貪り食う者」を意味します。
日本語表記はアメミットが最も一般的ですが、アメミト、アムムトなども使われます。
姿の三種の合成には意味があります。
ワニ── ナイルで人を襲う。
ライオン── 砂漠と辺境の脅威。
カバ── 川岸で人を踏み殺す。
古代エジプトで実際に人を殺した動物の上位三種です。
恐怖を、そのまま組み合わせて姿にしている。
ギリシャ神話のキマイラのような空想の合成ではなく、現実の危険の総和です。
名は他に「骨を食う者」「西方の貪り食う者」とも呼ばれました。
ꜥm-mwt(アム・ムウト)
ヒエログリフの転写。「死者を貪り食う者」を意味する。
Ammit / Ammut(アメミット/アムムト)
日本語ではアメミット、アメミト、アムムトなど複数の表記がある。
ꜥm-mwt ꜥꜣt(「大いなる貪り食う者」)
死者の書での呼び名の一つ。
アメミットの物語
天秤のかたわらに座る ─ 待つだけの役目
二度目の死 ─ 存在が消えるということ
心臓を食われるとどうなるか。
エジプト人にとって、これは単なる死ではありません。
人は複数の要素からできていると考えられました。
カー?(生命力)、バー?(人格・魂)、アク(変容した霊)、レン(名前)、シュト(影)、そして遺体。
ミイラを作るのも、名を刻むのも、
これらを保つため。
心臓を食われると、すべてが失われます。
来世に行けないのではない。もう、どこにも存在しない。
これを「二度目の死」(ミト・セン・ヌウ)といいます。
エジプト人が墓に名を刻み続けたのは、
名が残るかぎり存在は続く
と信じたからです。逆に、名を削られることは最も重い処罰でした。
アメミットは、その究極の形です。
神ではない ─ 祀られなかったもの
アメミットには、
神殿がありません。 神官もいません。祭りもありません。
エジプトでは、ほぼあらゆるものが神になりました。 川も、風も、言葉も、認識も。
しかし、この獣だけは違います。
祈る対象ではない。
位置づけとしては、大蛇アペプに近いといえます。アペプにも神殿はなく、
むしろ「呪う」対象でした。
『アペプ打倒の書』という、名を書いて焼く儀式の手引きまで存在します。
ただし、アメミットとアペプには違いがあります。
アペプは秩序の敵。アメミットは秩序の執行者。
この獣は世界を壊しません。規則どおりに動くだけです。
恐ろしいが、不正ではない。
そこが決定的に違います。
心臓に語りかける呪文 ─ 恐怖の実態
死者の書には、きわめて人間的な呪文が含まれています。
第30B章、「心臓が敵対しないようにする呪文」です。
死者は、自分の心臓に向かって語りかけます。
「私の母の心臓よ、私に敵対して立つな。裁きの場で私に不利な証言をするな。」
つまり、
自分の心臓が、真実を語ってしまうことを恐れている。
この呪文は、スカラベ(フンコロガシ)の形の護符に刻まれ、
心臓の上に置いてミイラに納められました。
「心臓スカラベ」と呼ばれ、大量に出土しています。
ここから分かることがあります。
エジプト人は、自分に後ろ暗いところがあると自覚していた。
完全に潔白だと信じていたなら、こんな護符は要りません。
アメミットへの恐怖は、実在の恐怖でした。
現代に残る ─ 恐怖の図像として
アメミットの図像は、現代でもエジプトの象徴の一つとして繰り返し使われます。
最も知られるのが、
アニのパピルス(大英博物館蔵、紀元前1250年頃)
の計量図です。保存状態と彩色が良く、教科書や展覧会で最も多く複製されています。
近年では、映像作品でこの獣が扱われることも増えました。
「裁く者」ではなく「食う者」
という位置づけが、しばしば混同されます。アメミットは判断しません。
また、カバが三種の一つである点は、現代の日本ではぴんときません。
古代エジプトで、カバは最も危険な動物だった。
王がカバ狩りを行う場面が神殿に刻まれるほどで、混沌の象徴でもありました。
セトの化身とされることもあります。
アメミットの家系図と家族
アメミットのきょうだい: タウエレト同じ三種の合成で、役目が正反対
アメミットの性格と人物像
アメミットを祀った神殿と遺跡
アメミットに神殿はありません。
祀られたことがないからです。
この獣に会えるのは、博物館のパピルスと、墓の壁画だけ。
王家の谷や貴族の墓の壁にも、計量の場面が描かれています。ネフェルタリの墓(ルクソール西岸)の彩色は特に見事です。
アニのパピルス(大英博物館)(Papyrus of Ani, British Museum)
心臓の計量図の最も有名な作例
アニのパピルス(大英博物館)の住所: イギリス ロンドン グレート・ラッセル・ストリート 大英博物館
アニのパピルス(大英博物館)の祀られた神: アメミット・アヌビス・トート・マアト・オシリス
アニのパピルス(大英博物館)に残るもの: パピルス(紀元前1250年頃)
死者の書の作例として、世界で最も有名なものです。
書記アニのために作られました。全長23メートルを超えます。
第125章の計量図が特に知られ、
天秤、アヌビス、トート、四十二柱の神々、そしてアメミット
がすべて描かれています。彩色がよく残り、細部まで判別できます。
1888年にウォリス・バッジが入手し、大英博物館に収蔵されました。持ち出しの経緯には批判があります。
エジプト美術の図版として、最も多く複製された一枚。
展示は保存の都合で入れ替え制です。
この獣を見るなら、実質ここか、各国の博物館の死者の書になります。
大英博物館は入館無料。エジプト部門は混雑する。
大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)
死者の書と葬祭関連資料の一大収蔵先
ギザのピラミッドのすぐそばに建てられた、世界最大級のエジプト考古学博物館です。
ツタンカーメンの副葬品を全点まとめて展示することで知られます。
死者の書や葬祭パピルスも多数収蔵され、
心臓の計量?図を実物で見られる場所
の一つです。心臓スカラベも展示されています。
旧カイロ・エジプト博物館(タハリール広場)にも、依然として多くの収蔵品があります。
アメミットは神殿を持たないため、この獣に会える場所は博物館だけです。
ギザのピラミッドと合わせて回れる。
アメミットが現代に残した痕跡
アメミットの名は、恐怖の図像として残りました。
心臓スカラベ: 「私に不利な証言をするな」という呪文を刻んだ護符。心臓の上に置いてミイラに納められた。大量に出土している。
「二度目の死」: 存在そのものが消えること。エジプト人が最も恐れた事態で、墓に名を刻み続けた理由でもある。
アニのパピルスの計量図: 紀元前1250年頃。エジプト美術で最も多く複製された図版の一つ。
カバ=混沌の象徴: 古代エジプトで最も人を殺した動物とされ、王のカバ狩りは秩序の回復を意味した。セトの化身とされることもある。
アメミットが司るもの
(祀られない)
この獣には神殿も神官も祭りもない。祈る対象ではなく、避けるべきものとしてのみ存在した。
アメミットが登場するゲーム・アニメ
「裁く者」として描かれることが多いですが、原典では判断しません。 天秤が傾いた結果として食うだけです。
意志を持たないという点こそがこの獣の恐ろしさなので、キャラクター化されると本質が変わります。
アメミットが登場するゲーム
Smite
エジプト神話勢のキャラクターとして実装されています。
アメミットが登場するアニメ・漫画・映像
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アメミットについてよくある質問
アメミットとは何ですか。
冥界の天秤のかたわらに座る合成獣です。頭がワニ、上半身がライオン、下半身がカバ。心臓が羽根より重かったとき、それを食います。
アメミットに食べられるとどうなるのですか。
「二度目の死」を迎えます。来世に行けないのではなく、存在そのものが消えます。エジプト人が最も恐れた事態でした。
なぜワニ・ライオン・カバの組み合わせなのですか。
古代エジプトで実際に人を殺した動物の代表だからです。特にカバは最も人を殺した動物とされ、混沌の象徴でもありました。空想の怪物ではなく、現実の危険の総和です。
アメミットは神様ですか。
祀られたことはありません。神殿も神官も祭りもなく、祈る対象ではない存在です。ただし大蛇アペプと違い、秩序を壊すものではなく、秩序の執行者にあたります。
アメミットが判定を下すのですか。
下しません。天秤を扱うのはアヌビス、記録するのはトートです。この獣は結果が出たときに食うだけで、意志を持ちません。
心臓スカラベとは何ですか。
「私に不利な証言をするな」と自分の心臓に語りかける呪文(死者の書第30B章)を刻んだ護符です。心臓の上に置いてミイラに納められました。エジプト人が裁きを実際に恐れていたことを示します。
アメミットと併せて覚えたい言葉・用語
二度目の死(にどめのし)
心臓を食われて存在そのものが消えること。エジプト人が最も恐れた事態で、墓に名を刻み続けた理由でもある。
死者の書(ししゃのしょ)
正しくは「日のもとに出現するための書」。冥界を通るための呪文集で、パピルスに書いてミイラとともに納めた。名前の欄を空けた既製品が売られており、購入者の名を書き入れて使った。
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。
バー(bꜣ/人格・魂)
人の頭を持つ鳥の姿で描かれる、その人の人格にあたる部分。昼は墓を出て動き、夜は遺体へ戻るとされた。
心臓の計量(しんぞうのけいりょう)
死者の心臓とマアトの羽根を天秤にかける冥界の裁き。アヌビスが天秤を扱い、トートが記録する。釣り合えば来世へ、釣り合わなければアメミットが心臓を食い、存在そのものが消える。死者の書第125章。