セトの妻でありながら、姉イシスとともに死者を嘆く女神。

「死者の書 心臓の計量」 / パブリックドメイン 出典
ネフティスとは何の神様か
ネフティスのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では nbt-ḥwt、「ネベト・ヘト」に近い音でした。意味は「家の女主人」。
頭に載せるのは、
「家(ḥwt)」の記号の上に、「女主人(nbt)」の籠
を重ねた形です。名前がそのまま冠になっています。
この「家」が何を指すかは議論があります。
神殿の建物そのものとも、天空の宮とも、墓(永遠の家)とも解されます。
姉イシスとの対が、この女神の本質です。
イシスが玉座、ネフティスが家。 イシスが行動し、ネフティスが寄り添う。
二柱はほぼ常に一組で描かれ、
棺の両端、カノポス箱の両側、翼を広げてミイラを守る姿。
単独で語られることが、ほとんどありません。
nbt-ḥwt(ネベト・ヘト)
ヒエログリフの転写。「家の女主人」を意味する。
Νέφθυς(ネフテュス)
ギリシャ語形。日本語の「ネフティス」はこれを経由している。
ḥwt(フト)
「家」「囲い」。神殿の建物そのものを指す語でもある。
ネフティスの物語
五日目に生まれる ─ セトの妻として
オシリスを欺く ─ アヌビスの母
プルタルコスは、次のように記します。
ネフティスは、イシスに姿を似せてオシリスに近づき、関係を持ちました。
オシリスは、妻と取り違えた。
生まれたのがアヌビスです。
ネフティスはセトを恐れて子を捨てました。 見つければ夫が殺すからです。
それを探し出したのが、
イシスだった。
姉は、夫の不義の子を、自分で育てました。
育ったアヌビスは、のちにオシリスの遺体を探すイシスを助けます。
注意すべき点があります。
この筋は、プルタルコスによるギリシャ語の記録。
紀元後100年頃、神話が生まれてから二千年以上後に書かれたものです。
古いエジプトの文献では、アヌビスはラーの子とも牝牛バトの子ともされ、系譜は定まりません。
姉とともに嘆く ─ 泣き女の起源
オシリスが殺されたあと、ネフティスは夫の側を離れました。
姉とともに、遺体を探した。
ピラミッド・テキストには、二柱がトビとして飛び回り、探し、見つけ、嘆く姿が記されます。
見つけたあと、
イシスは頭のほうに、ネフティスは足のほうに立った。
この配置が、エジプトの棺の標準になります。
棺の両端に、必ずこの二柱が描かれる。
実際の葬儀では、
二人の女性が「イシス」「ネフティス」を演じ、嘆きの歌をうたいました。
『イシスとネフティスの嘆き』というパピルスが残っており、実際に唱えられた歌詞が読めます。
「戻ってきてください、あなたの家へ」
繰り返し呼びかける内容です。
神話が、そのまま葬儀の式次第でした。
ミイラを守る ─ 翼を広げる姿
立場の難しさ ─ 誰の味方でもある神
ネフティスの位置は、独特です。
セトの妻。オシリスを嘆く者。アヌビスの母。イシスの妹。
対立する両陣営の、両方に属しています。
しかし、この女神が裁かれたり、罰せられたりする場面はありません。
エジプト神話は、裏切りを問題にしません。 重要なのは、
死者が正しく送られたかどうか。
ネフティスはその役目を果たしました。それで十分だったのです。
セトが悪神とされた末期王朝以降も、
この女神の評価は変わりませんでした。
夫が神殿から名を削られていく一方、ネフティスは棺に描かれ続けます。
夫と切り離して扱われた。
エジプト人にとって、この女神は「嘆く者」であって「セトの妻」ではなかったということです。
ネフティスの家系図と家族
ネフティスの性格と人物像
ネフティスは、寄り添う神です。
主役になりません。単独の物語がありません。
しかし、エジプト人が死と向き合うすべての場面にいます。
棺の足元、カノポス箱の側面、墓の壁、葬儀の歌。
注目すべきは、夫の側につかなかったことです。
セトが兄を殺したとき、この女神は姉の側に立ちました。理由は語られません。
そして、それを咎められることもありませんでした。
裏切りが問題にならない神話。
エジプトが重んじたのは、死者が正しく送られることでした。ネフティスはそれを果たしています。
イシスが「探す者」なら、ネフティスは「嘆く者」です。
見つけたあと、そばで泣く役目。
地味ですが、葬儀にはこの役が必ず要りました。
ネフティスを祀った神殿と遺跡
ネフティス専用の神殿は、ほとんどありません。
この女神は、
イシスと一組で、あらゆる葬送の場に現れる
存在だったからです。
棺、カノポス箱、墓の壁、葬儀の歌。
「祈る場所」ではなく、「送り出す場所」にいる神。
それがこの女神の位置でした。
アビドスのオシリス神殿域(Abydos)
嘆きの儀礼が行われた聖地
アビドスのオシリス神殿域の住所: エジプト ソハーグ県アビドス
アビドスのオシリス神殿域の祀られた神: オシリス・イシス・ネフティス
アビドスのオシリス神殿域に残るもの: セティ1世神殿・オシレイオン
オシリス信仰の最大の聖地であり、
『イシスとネフティスの嘆き』が実際に唱えられた場所
とされます。
毎年オシリスの祭が行われ、神像が行列で運ばれ、殺害と復活が再現されました。
そのなかで、
二人の女性がイシスとネフティスを演じ、嘆きの歌をうたった。
条件が記録に残っています。体に毛がないこと、若いことなどが求められました。
セティ1世神殿の浮き彫りは彩色がよく残り、この二柱が並ぶ場面も見られます。
背後のオシレイオンは、巨大な花崗岩を用いた地下建築で、オシリスの墓に見立てられました。
ルクソールから車で約3時間。デンデラと合わせた一日ツアーが一般的。
ツタンカーメンのカノポス厨子(Canopic Shrine of Tutankhamun)
四柱の女神が四隅に立つ最高傑作
ツタンカーメンのカノポス厨子の住所: エジプト ギザ県 大エジプト博物館
ツタンカーメンのカノポス厨子の祀られた神: イシス・ネフティス・ネイト・セルケト
ツタンカーメンのカノポス厨子に残るもの: 金箔を貼った木製厨子
王の内臓を納めたカノポス壺を収める厨子です。
四隅に、四柱の女神が翼を広げて立っている。
イシス、ネフティス、ネイト、セルケト。それぞれが一方向を守ります。
特徴的なのが姿勢です。
顔を横に向け、振り返るような形。
正面を向かず、外に向かって警戒している構図です。
エジプト彫刻の最高傑作の一つとされ、
ツタンカーメン展でも中心的な展示物
になってきました。
ネフティスが守るのは肺を納めた壺です。
大エジプト博物館のツタンカーメン展示。ギザのピラミッドに隣接。
ネフティスが現代に残した痕跡
ネフティスの姿は、棺と葬具に残りました。
棺の両端の二柱: イシスが頭側、ネフティスが足側に立つ配置。エジプトの棺の標準になった。
『イシスとネフティスの嘆き』: 葬儀で実際に唱えられた歌のパピルス。「戻ってきてください、あなたの家へ」と繰り返し呼びかける内容。
カノポス厨子の四女神: ツタンカーメンの厨子で四隅に立つ像。振り返る姿勢が特徴で、エジプト彫刻の最高傑作の一つとされる。
泣き女の役: 葬儀で二人の女性がイシス役とネフティス役を演じた。神話がそのまま式次第になっている例。
ネフティスが司るもの
死者の守護
棺の足元に立ち、翼を広げてミイラを守る。イシスと必ず一組で描かれる。
嘆き・葬送
葬儀で嘆きの歌をうたう役。実際に二人の女性がイシス役とネフティス役を演じた。
家の守護
名は「家の女主人」。神殿・墓(永遠の家)を守るとされる。
内臓の守護(肺)
カノポス壺のうち、肺を納めるハピの壺を守る。
ネフティスが登場するゲーム・アニメ
イシスの添え物として扱われることがほとんどです。
原典でも単独の物語がないため、この扱いは大きく外れてはいません。
ただし、「セトの妻でありながら夫の側につかなかった」という立場は、創作の題材として十分な強さがあります。 ほとんど使われていません。
ネフティスが登場するゲーム
ネフティスが登場するアニメ・漫画・映像
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ネフティスについてよくある質問
ネフティスは何の神様ですか。
死者を嘆き、守る女神です。名は「家の女主人」を意味します。姉イシスと必ず一組で描かれ、棺の足元に立って翼を広げ、ミイラを守ります。
ネフティスはセトの妻なのになぜオシリスを助けたのですか。
理由は語られていません。夫が兄を殺したあと、姉イシスとともに遺体を探し、嘆きました。エジプト神話ではこれが咎められることもありません。
アヌビスの母はネフティスですか。
プルタルコスはそう記します。イシスに姿を似せてオシリスに近づき、生まれた子をセトを恐れて捨て、イシスが拾って育てたとされます。ただしこれは紀元後100年頃にギリシャ語で書かれた記録で、古いエジプトの文献では系譜が異なります。
イシスとネフティスの違いは何ですか。
イシスは「玉座」、ネフティスは「家」を意味します。イシスが探し行動する神なら、ネフティスは寄り添い嘆く神です。プルタルコスはイシスを肥沃な土地、ネフティスを不毛の土地に対応させました。
葬儀でネフティスはどう扱われましたか。
二人の女性がイシス役とネフティス役を演じ、嘆きの歌をうたいました。『イシスとネフティスの嘆き』というパピルスに実際の歌詞が残っています。
ネフティスの神殿はありますか。
専用の大神殿はほとんどありません。この女神はイシスと一組で、棺・カノポス箱・墓の壁・葬儀の歌といったあらゆる葬送の場に現れる存在でした。
ネフティスと併せて覚えたい言葉・用語
プルタルコス(Plutarch)
ギリシャの著述家。『イシスとオシリスについて』を書いた。オシリス神話が一続きの物語として読めるのはこの書だけだが、ギリシャ語で、神話の成立から二千年以上あとの記録である点に注意が要る。
カノポス壺(Canopic jars/内臓を納める壺)
ミイラを作るとき、肝臓・肺・胃・腸を納める四つの壺。ホルスの四人の子が担当し、イシス・ネフティス・ネイト・セルケトが守る。心臓だけは裁きで量られるため体内に残される。
死者の書(ししゃのしょ)
正しくは「日のもとに出現するための書」。冥界を通るための呪文集で、パピルスに書いてミイラとともに納めた。名前の欄を空けた既製品が売られており、購入者の名を書き入れて使った。
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。