大地の神。多くの神話と違い、大地が男神である。

「ゲブ・ヌト・シュー」 / パブリックドメイン 出典
ゲブとは何の神様か
ゲブのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では gb。名はガチョウの記号で書かれ、この鳥がこの神の聖獣です。
頭にガチョウを載せた姿で描かれることもあります。
「大いなる鳴く者」
という別名があり、
ゲブが宇宙の卵を産み、そこから太陽が生まれた
という伝えもあります。創世の説明が、都市ごとに複数あったことの一例です。
古い日本語文献で「セブ」と表記されたことがありますが、これはギリシャ語形の読み違いによるもので、現在は使われません。
ゲブが標準です。
gb(ゲブ)
ヒエログリフの転写。ガチョウの記号で書かれる。
Κῆβ(ケブ)
ギリシャ語形。かつて日本語で「セブ」と表記されたのは、この読みの誤りによる。
gb-smn(「大いなる鳴く者」)
ガチョウとしての別名。宇宙の卵を産んだとする伝えに関わる。
ゲブの物語
天と引き離される ─ 届かない距離
ゲブとヌトは、抱き合っていました。
あいだに、隙間がない。
そこへ父シューが割って入り、
ヌトを持ち上げた。
ゲブは下に残されます。
以後、二度と届きません。
図像では、
片肘をつき、片膝を立てて、上体を起こそうとする姿
で描かれます。手を伸ばしているようにも見えます。
起き上がろうとして、起き上がれない。
ヌトのほうは、弓なりに反り返って地を見下ろします。
二柱は互いを求め続け、
ヌトの涙が、雨になった。
とされました。
エジプトはほとんど雨が降りません。 だからこそ、
稀に降る雨は、天が泣いている
と見えたわけです。
世界が成り立つために、この二柱は引き裂かれています。
五日の子を生む ─ ラーの禁令
地上を統治する ─ 王位の起源
エジプトには、
神々が順に地上を治めた
という歴史観がありました。
プタハ → ラー → シュー → ゲブ → オシリス → セト → ホルス、そして人間の王へ。
ゲブは、父シューのあとを継いだ王です。
そのため、ファラオの称号の一つに、
「ゲブの王座を継ぐ者」
があります。王位そのものを「ゲブの座」と呼んだわけです。
統治にまつわる、奇妙な記録も残っています。
エル・アリーシュの祠堂の碑文には、
ゲブが王位に就くとき、ラーのウラエウス?(額のコブラ)に近づき、傷を負った
という話が刻まれています。王権の継承が危険を伴うという主題です。
ゲブは統治ののち、
オシリスに位を譲りました。
そして、オシリスがセトに殺されたあとの法廷にも列席します。
地下の主 ─ 地震と、閉じ込められた死者
ゲブは大地の表面だけでなく、地下も司ります。
そのため、死者と関わりました。
ピラミッド・テキストには、
ゲブが墓の扉を開き、死者を通す
記述があります。逆に、
ゲブが顎を閉じれば、死者は地下に閉じ込められる
ともされました。
地震は、
ゲブの笑い声
と説明されます。大地が揺れるのは、この神が笑っているからです。
また、鉱物もこの神のものでした。
金、宝石、そして石。
エジプトは石の文明です。ピラミッドも神殿も、すべて地から掘り出した石で建てられました。
建材のすべてが、この神から出ている。
農作物についても、
穀物はゲブの上に生える
とされ、豊穣の神の性格も持ちます。
ゲブの家系図と家族
ゲブの性格と人物像
ゲブは、動けない神です。
横たわり、上体を起こそうとして、起き上がれません。
妻に手が届かない。その姿勢のまま、世界の底にいます。
注目すべきは、
大地が男性である
ことです。世界の神話では珍しい配置です。
これには、エジプトの地形が関わると考えられます。
ナイルが増水し、泥を運んで地面を肥やす。
水が土を潤す、という向きです。空から雨が降って地を潤す土地ではありません。
天は、母ではなく、遠くにあるもの。
実際、エジプトの天(ヌト)は死者が昇っていく先であり、
地(ゲブ)は、死者を受け入れる場所
でした。
地面の下に眠り、天へ昇る。 エジプト人の死生観そのものです。
ゲブを祀った神殿と遺跡
ゲブ専用の大神殿は、知られていません。
この神は、
大地そのもの
であり、特定の場所に祀るという発想になじまなかったと考えられます。
かわりに、
九柱神?の一柱として、各地の神殿の壁に刻まれています。
天地分離の図で、下に横たわっている人物がこの神です。
ヘリオポリス(マタリーヤ)(Heliopolis / Iunu)
九柱神の一柱として祀られた本拠
ヘリオポリス(マタリーヤ)の住所: エジプト カイロ県 マタリーヤ地区
ヘリオポリス(マタリーヤ)の祀られた神: アトゥム・ラー・ゲブ
ヘリオポリス(マタリーヤ)に残るもの: センウセレト1世のオベリスク
ヘリオポリス九柱神の体系が作られた土地です。
ゲブは、
シューとテフヌトの子であり、五柱の父
として、この系譜の中央に位置します。
ゲブ専用の大神殿は知られておらず、
九柱神の一柱として、太陽神殿のなかで祀られた
と考えられます。
現在は市街地の一角で、センウセレト1世のオベリスクが一本立つのみです。
エジプト神学の中心地が、最も残っていない。
カイロ市内マタリーヤ地区。オベリスク公園として整備されている。
エル・アリーシュの祠堂(Shrine of el-Arish)
ゲブの統治伝説が刻まれた石造祠堂
エル・アリーシュの祠堂の住所: エジプト 北シナイ県 エル・アリーシュ(現イスマイリア博物館蔵)
エル・アリーシュの祠堂の祀られた神: ゲブ・シュー
エル・アリーシュの祠堂に残るもの: 黒花崗岩の祠堂(ナオス)
シナイ半島のエル・アリーシュで見つかった、黒花崗岩の祠堂(ナオス)です。
表面に、
シューとゲブの統治について、まとまった物語が刻まれています。
内容は独特です。
アペプの一党の侵攻。シューの発病。九日間の嵐。
ゲブがラーのウラエウスに近づき、傷を負う。
こうした記述は、他の文献にほとんど見られません。
神々の統治時代についての、貴重な史料。
現在はイスマイリア博物館に所蔵されています。
一部の俗説で聖書の出エジプト記と結びつけられることがありますが、
学術的な裏づけはありません。
イスマイリア博物館(スエズ運河沿い)。訪問者は少ない。
ゲブが現代に残した痕跡
ゲブの姿は、天地分離の図の下半分として残りました。
天地分離の図: 下に横たわり、片肘をついて起き上がろうとする姿。パピルスと棺に繰り返し描かれた代表的な構図。
「ゲブの王座」: ファラオの王位を指す表現。「ゲブの王座を継ぐ者」が王の称号の一つだった。
地震=ゲブの笑い声: 大地が揺れるのはこの神が笑っているからという説明。
エル・アリーシュの祠堂: 神々の統治時代について、他に例のない詳細な物語を刻んだ石造祠堂。イスマイリア博物館蔵。
ゲブが司るもの
大地・土地
地面そのもの。体の起伏が丘と谷を表し、緑色に塗られた。
豊穣・穀物
穀物はこの神の上に生えるとされた。
鉱物・石
金、宝石、建材の石を司る。ピラミッドも神殿もこの神から掘り出された。
王権
地上を統治した神の一柱。ファラオの称号に「ゲブの王座を継ぐ者」がある。
地下と死者
墓の扉を開いて死者を通す。閉じれば死者は地下に留まる。
ゲブが登場するゲーム・アニメ
「大地が男性」という点だけが紹介されることがほとんどです。
原典には、
地上を統治した王としての側面
があり、エル・アリーシュの祠堂には独自の物語が刻まれていますが、これはまず扱われません。
ゲブが登場するゲーム
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ゲブについてよくある質問
ゲブは何の神様ですか。
大地の神です。体の起伏が丘や谷を表し、緑色に塗られました。穀物、鉱物、石を司り、地下と死者にも関わります。
なぜエジプトでは大地が男性なのですか。
世界の多くの神話と逆の配置です。エジプトではナイルの増水が泥を運んで地を肥やすため、空から雨が降って地を潤す構図ではなかったことが関わると考えられます。
ゲブとヌトはなぜ引き離されたのですか。
抱き合っていたため世界に空間がなかったからです。父シューが割って入り、ヌトを持ち上げました。二柱は互いを求め続け、ヌトの涙が雨になるとされました。
ゲブの子は誰ですか。
オシリス、大ホルス、セト、イシス、ネフティスの五柱です。ラーの禁令を避けるため、トートが賭けで勝ち取った五日間に順に生まれました。
地震はゲブと関係がありますか。
地震はゲブの笑い声とされました。大地が揺れるのはこの神が笑っているからという説明です。
ゲブの聖獣は何ですか。
ガチョウです。名前もガチョウの記号で書かれ、頭にこの鳥を載せた姿で描かれることもあります。ゲブが宇宙の卵を産んだとする伝えもあります。
ゲブと併せて覚えたい言葉・用語
ウラエウス(jꜥrt/額のコブラ)
王冠の額に立つコブラ。敵に炎を吐いて王を守る。アトゥムが自分の目を額に置いたことが起源とされる。
九柱神(きゅうちゅうしん/エネアド)
ヘリオポリスの神学における九柱の系譜。アトゥム、シュー、テフヌト、ゲブ、ヌト、オシリス、イシス、セト、ネフティス。ただしメンフィスやヘルモポリスには別系統の創世神話があり、併存していた。