猫の女神。家庭と子どもを守り、エジプトの猫信仰の中心となった。

バステトとは何の神様か
バステトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語の綴りは bꜣstt。日本語ではバステト、バストなどと表記されます。
名は、
信仰の中心地ブバスティス(エジプト語名ペル・バステト=「バステトの家」)
と結びついています。町の名か神の名か、どちらが先かは議論があります。
この女神は、
「ラーの目」を担う神々の一柱。
セクメト、ハトホル、ムート、テフヌト、ワジェトと同じ役目です。
セクメトが荒ぶる面なら、バステトは鎮まった面。
という対で語られます。
猫の姿になったのは比較的新しく、第三中間期(紀元前1000年頃)以降です。それ以前は、
雌ライオンの姿。
ギリシャ人はこの女神をアルテミスと重ねました。
bꜣstt(バアステト)
ヒエログリフの転写。「バスの町(ブバスティス)の女」を意味するとする説がある。
Βούβαστις(ブバスティス)
ギリシャ語形。町の名としても神の名としても使われた。
bꜣst(バステト(古形))
古い時代の綴り。雌ライオンの姿で描かれていた頃の表記。
バステトの物語
ライオンから猫へ ─ 姿が変わった神
バステトの図像は、時代によって別物です。
古王国時代、この女神は
雌ライオンの頭を持つ姿
で描かれました。セクメトと区別がつきません。 どちらも「ラーの目」であり、荒ぶる力を表しました。
ピラミッド・テキストでは、
王を守る恐ろしい女神
として現れます。
変化が起きるのは第三中間期(紀元前1000年頃)です。
姿が、猫になった。
理由として、
エジプトで猫が広く家畜化され、家庭に入った
ことが挙げられます。穀物倉を鼠から守る動物として、猫は重宝されました。
社会で身近になった動物が、神の姿を変えた。
同時に、この女神の性格も変わります。戦いから、家庭と喜びへ。
セクメトが荒ぶる面を引き受け、バステトが穏やかな面を担うという分業ができあがりました。
ブバスティスの大祭 ─ ヘロドトスの記録
ギリシャの歴史家ヘロドトスは、紀元前5世紀にエジプトを訪れ、
ブバスティスの祭りを、エジプト最大の祭りだと記しました。
記述は具体的です。
人々は舟に乗ってナイルを下ります。 船上では、
女たちが手拍子を打ち、笛と拍子木が鳴り、歌が響いた。
沿岸の町を通るたび、船を寄せて騒ぎます。
祭りの規模について、
七十万人の男女が集まった(子どもを除く)
と書きました。数字は誇張の可能性がありますが、
年間で最も大量のブドウ酒が消費された
とも記しています。
酒と音楽の祭りでした。
これはセクメトを鎮めた「酔いの祭り」と同じ構造です。
荒ぶる女神を、酒と音楽で鎮める。
祭りが、神を管理する技術だったわけです。
猫のミイラ ─ 三十万体の発見
ブバスティスをはじめ各地から、
膨大な数の猫のミイラ
が発見されました。
19世紀、ベニ・ハサンの遺跡から推定三十万体が掘り出されます。
そして、驚くべきことが起きました。
その多くが、イギリスへ運ばれ、肥料として使われた。
1890年、リヴァプールに十九トンの猫のミイラが荷揚げされ、競売にかけられた記録があります。
現在の基準では考えられない扱い。
猫のミイラは奉納でした。参拝者が買い、神に納めたものです。
調査の結果、
多くが生後数か月で、首の骨が折られていた。
奉納用に繁殖させ、その時期に絞めていたと考えられています。アヌビスの犬と同じ構造です。
信仰が、産業だった。
猫を殺すことは重罪でしたが、神殿の奉納は別枠でした。
猫を殺せば死刑 ─ ペルシャの計略
エジプトで猫は保護されていました。
ヘロドトスとディオドロスによれば、
故意に猫を殺した者は死刑。
家の猫が死ぬと、家人は眉を剃って喪に服したとされます。
有名な逸話があります。ディオドロス・シクルスの記録です。
ローマ人の使節がエジプトにいた時期、
一人が誤って猫を殺してしまった。
群衆が殺到し、役人が止めても間に合わず、その場で殺されたと記されます。
さらに、ペルシャのカンビュセス2世が
ペルシオンの戦い(紀元前525年)で、兵士の盾に猫を括りつけて進軍した
という話が伝わります。エジプト兵は矢を放てず、敗れたとされます。
この逸話は、はるか後世(紀元後2世紀)のポリュアイノスの記録
であり、史実かどうかは疑わしいとされています。
ただし、エジプト人の猫への態度が周辺に知られていたことは確かです。
ブバスティス ─ ヘロドトスが讃えた神殿
ブバスティス(現テル・バスタ)は、ナイル・デルタ東部の都市です。
ヘロドトスは、この神殿を
もっとも美しいとは言わないが、見て最も楽しい神殿
と評しました。
構造が独特でした。
町が土を盛って高くなっていくなか、神殿だけが元の高さのまま残された。
そのため、
町のどこからでも、見下ろす形で神殿が見えた。
周囲を二本の運河が囲み、木が植えられていたと記されます。
第22王朝(紀元前10世紀)には、
ブバスティスがエジプトの首都になりました。
この王朝は「ブバスティス朝」と呼ばれます。
現在、遺跡には巨大な花崗岩の破片が散乱しています。地震で倒壊したためです。
猫の墓も発掘されています。
バステトの家系図と家族
バステトの性格と人物像
バステトは、変わった神です。
文字通り、姿と性格が変わりました。
雌ライオン → 猫。戦いの女神 → 家庭の女神。
千年以上かけての変化です。
注目すべきは、変化の原因が社会にあることです。
猫が家畜化され、家庭に入ったから、神が猫になった。
神話が人間の生活を写している、分かりやすい例です。
そして、荒ぶる面が完全に消えたわけではありません。
「ラーの目」としての性格は残っている。
穏やかな猫のようでいて、必要なら爪を立てる。
祭りの性格も重要です。
酒と音楽と大人数。
セクメトの酔いの祭りと同じ構造で、荒ぶる力を鎮める行事でした。
楽しい祭りに見えて、実務があったわけです。
バステトを祀った神殿と遺跡
バステトの聖地は、デルタ地方(ブバスティス)とサッカラが中心です。
特徴的なのは、
神殿より、猫の埋葬地の規模が大きい
ことです。数十万体規模の猫のミイラが各地から出ています。
参拝者が奉納として買い、納めた。
アヌビスの犬、トートのトキと同じ構造です。エジプトの信仰が、大規模な産業を伴っていたことを示します。
ブバスティス(テル・バスタ)(Bubastis / Tell Basta)
バステト信仰の中心地
ブバスティス(テル・バスタ)の住所: エジプト シャルキーヤ県 ザガジグ近郊
ブバスティス(テル・バスタ)の祀られた神: バステト
ブバスティス(テル・バスタ)に残るもの: 神殿址・猫の墓地・花崗岩の柱
エジプト語名ペル・バステト(バステトの家)。ここからブバスティスという名が生まれました。
ヘロドトスは、
「もっとも美しいとは言わないが、見て最も楽しい神殿」
と評しています。周囲を二本の運河が囲み、町から見下ろす形で建っていました。
第22王朝(ブバスティス朝)の首都にもなりました。
遺跡からは、
大量の猫のミイラと、猫の墓地
が発見されています。青銅の猫の像も多数出土しました。
現在は巨大な花崗岩の破片が散乱する状態です。地震で倒壊したためと考えられています。
カイロ北東、ザガジグ市の郊外。訪れる観光客は少ない。
サッカラのバステト聖域(Bubasteion, Saqqara)
猫のカタコンベがある聖域
サッカラのバステト聖域(ブバステイオン)です。
地下には猫のミイラを納めたカタコンベがあります。
面白いのは、この一帯が新王国時代の貴族墓を転用していることです。
ツタンカー?メンの乳母マイアの墓や、ホルエムヘブの墓
もこの区域にあります。数百年後、猫の埋葬地として再利用されました。
2019年以降の発掘では、
猫のミイラのほか、コガネムシ、コブラ、ライオンの子のミイラ
も見つかっています。
エジプトの動物ミイラ信仰の実態を知るうえで、現在も重要な調査地です。
サッカラ遺跡内。発掘が続いており公開範囲は変動する。世界遺産。
バステトが現代に残した痕跡
バステトにまつわるものは、猫の扱いとして残りました。
猫のミイラ: ベニ・ハサンから推定三十万体が出土。19世紀に大量がイギリスへ運ばれ、肥料として競売にかけられた記録がある。
青銅の猫像: 奉納品として大量に作られた。「ガイヤーアンダーソンの猫」(大英博物館)が特に有名。
ヘロドトスのブバスティス祭の記録: 七十万人が集まったとされる記述。古代の祭りの規模を伝える数少ない同時代の証言。
ペルシオンの戦いの猫の逸話: カンビュセス2世が兵の盾に猫を括りつけたという話。後世(紀元後2世紀)の記録で、史実性は疑わしいとされる。
バステトが司るもの
家庭の守護
家と家族を守る。足元に子猫を従えた図像で表される。
出産・子ども
女性と子どもを守る。護符が大量に作られた。
音楽・喜び
シストルムを持つ。ブバスティスの祭りは音楽と酒で知られた。
穀物の守護
猫が鼠から穀物倉を守ることに由来する。
王の守護(ラーの目)
古い時代は雌ライオンの姿で、荒ぶる守護神だった。
バステトが登場するゲーム・アニメ
「猫の女神」としてのみ扱われることがほとんどです。
原典では、
もともと雌ライオンの姿で、荒ぶる「ラーの目」の一柱だった。
この点はまず触れられません。姿が千年かけて変わったという経緯自体が、創作の題材として使われていません。
バステトが登場するゲーム
Smite
エジプト神話勢のキャラクターとして実装されています。
バステトが登場するアニメ・漫画・映像
猫の神様として紹介される書籍
エジプトの猫信仰は一般向けの本で人気の題材です。
大英博物館「ガイヤーアンダーソンの猫」
青銅の猫像として世界的に知られ、グッズにもなっています。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
バステトについてよくある質問
バステトは何の神様ですか。
家庭・出産・音楽・喜びを守る女神です。猫の姿で知られますが、もとは雌ライオンの姿で、荒ぶる「ラーの目」の一柱でした。
バステトはいつから猫になったのですか。
第三中間期(紀元前1000年頃)以降です。エジプトで猫が家畜化され、穀物倉を鼠から守る動物として家庭に入った時期と重なります。
バステトとセクメトの違いは何ですか。
どちらも「ラーの目」を担う女神ですが、セクメトが荒ぶる面、バステトが鎮まった面を表します。古い時代はどちらも雌ライオンの姿で、区別がつきませんでした。
エジプトで猫を殺すと死刑だったのですか。
ヘロドトスとディオドロスがそう記しています。家の猫が死ぬと家人は眉を剃って喪に服したとも伝えられます。ただし神殿への奉納用の猫は別枠で、大量に飼育・処分されていました。
ブバスティスの祭りとはどういうものですか。
ヘロドトスがエジプト最大の祭りと記した行事です。人々が舟でナイルを下り、笛と拍子木を鳴らして騒ぎ、年間で最も大量のブドウ酒が消費されたとされます。
猫のミイラはなぜ大量にあるのですか。
参拝者が奉納として買い、神に納めたためです。ベニ・ハサンからは推定三十万体が出土しました。調査の結果、多くが生後数か月で、奉納用に繁殖させていたと考えられています。
バステトと併せて覚えたい言葉・用語
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。