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エジプト神話

バステトとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

bꜣstt  / バステト

大地 守護と冥界の神

猫の女神。家庭と子どもを守り、エジプトの猫信仰の中心となった。

バステトの姿を描いた図

「バステト」 / CC0 出典

バステトとは何の神様か

バステトはひとことで言えば穏やかになった猛獣です。

現在ではの姿、または猫の頭を持つ女性として知られます。

しかし、

もともとは雌ライオンの女神だった。

古い時代の図像は、セクメトと区別がつきません。

猫になったのは、紀元前1000年頃からです。エジプトで猫が家畜化され、身近になった時期と重なります。

神の姿が、社会の変化に合わせて変わった。

司るのは、

家庭、出産、音楽、喜び、そして猫。

手にはシストルムを持ち、足元に子猫を従えます。

信仰の中心地ブバスティスの祭りについて、ヘロドトスは、

エジプト最大の祭りであり、七十万人が集まった

と記しました。

同時に、「ラーの目」の一柱でもあります。

バステトのヒエログリフの表記と読み方

エジプト語の綴りは bꜣstt。日本語ではバステト、バストなどと表記されます。

名は、

信仰の中心地ブバスティス(エジプト語名ペル・バステト=「バステトの家」)

と結びついています。町の名か神の名か、どちらが先かは議論があります。

この女神は、

「ラーの目」を担う神々の一柱。

セクメト、ハトホルムートテフヌト、ワジェトと同じ役目です。

セクメトが荒ぶる面なら、バステトは鎮まった面。

という対で語られます。

の姿になったのは比較的新しく、第三中間期(紀元前1000年頃)以降です。それ以前は、

雌ライオンの姿。

ギリシャ人はこの女神をアルテミスと重ねました。

bꜣstt(バアステト)

ヒエログリフの転写。「バスの町(ブバスティス)の女」を意味するとする説がある。

Βούβαστις(ブバスティス)

ギリシャ語形。町の名としても神の名としても使われた。

bꜣst(バステト(古形))

古い時代の綴り。雌ライオンの姿で描かれていた頃の表記。

バステトの物語

  1. ライオンから猫へ ─ 姿が変わった神
  2. ブバスティスの大祭 ─ ヘロドトスの記録
  3. 猫のミイラ ─ 三十万体の発見
  4. 猫を殺せば死刑 ─ ペルシャの計略
  5. ブバスティス ─ ヘロドトスが讃えた神殿

ライオンから猫へ ─ 姿が変わった神

バステトの図像は、時代によって別物です。

古王国時代、この女神は

雌ライオンの頭を持つ姿

で描かれました。セクメトと区別がつきません。 どちらも「ラーの目」であり、荒ぶる力を表しました。

ピラミッド・テキストでは、

王を守る恐ろしい女神

として現れます。

変化が起きるのは第三中間期(紀元前1000年頃)です。

姿が、猫になった。

理由として、

エジプトで猫が広く家畜化され、家庭に入った

ことが挙げられます。穀物倉を鼠から守る動物として、猫は重宝されました。

社会で身近になった動物が、神の姿を変えた。

同時に、この女神の性格も変わります。戦いから、家庭と喜びへ。

セクメトが荒ぶる面を引き受け、バステトが穏やかな面を担うという分業ができあがりました。

ブバスティスの大祭 ─ ヘロドトスの記録

ギリシャの歴史家ヘロドトスは、紀元前5世紀にエジプトを訪れ、

ブバスティスの祭りを、エジプト最大の祭りだと記しました。

記述は具体的です。

人々は舟に乗ってナイルを下ります。 船上では、

女たちが手拍子を打ち、笛と拍子木が鳴り、歌が響いた。

沿岸の町を通るたび、船を寄せて騒ぎます。

祭りの規模について、

七十万人の男女が集まった(子どもを除く)

と書きました。数字は誇張の可能性がありますが

年間で最も大量のブドウ酒が消費された

とも記しています。

酒と音楽の祭りでした。

これはセクメトを鎮めた「酔いの祭り」と同じ構造です。

荒ぶる女神を、酒と音楽で鎮める。

祭りが、神を管理する技術だったわけです。

猫のミイラ ─ 三十万体の発見

ブバスティスをはじめ各地から、

膨大な数の猫のミイラ

が発見されました。

19世紀、ベニ・ハサンの遺跡から推定三十万体が掘り出されます。

そして、驚くべきことが起きました。

その多くが、イギリスへ運ばれ、肥料として使われた。

1890年、リヴァプールに十九トンの猫のミイラが荷揚げされ、競売にかけられた記録があります。

現在の基準では考えられない扱い。

猫のミイラは奉納でした。参拝者が買い、神に納めたものです。

調査の結果、

多くが生後数か月で、首の骨が折られていた。

奉納用に繁殖させ、その時期に絞めていたと考えられています。アヌビスの犬と同じ構造です。

信仰が、産業だった。

猫を殺すことは重罪でしたが、神殿の奉納は別枠でした。

猫を殺せば死刑 ─ ペルシャの計略

エジプトで猫は保護されていました。

ヘロドトスとディオドロスによれば、

故意に猫を殺した者は死刑。

家の猫が死ぬと、家人は眉を剃って喪に服したとされます。

有名な逸話があります。ディオドロス・シクルスの記録です。

ローマ人の使節がエジプトにいた時期、

一人が誤って猫を殺してしまった。

群衆が殺到し、役人が止めても間に合わず、その場で殺されたと記されます。

さらに、ペルシャのカンビュセス2世

ペルシオンの戦い(紀元前525年)で、兵士の盾に猫を括りつけて進軍した

という話が伝わります。エジプト兵は矢を放てず、敗れたとされます。

この逸話は、はるか後世(紀元後2世紀)のポリュアイノスの記録

であり、史実かどうかは疑わしいとされています。

ただし、エジプト人の猫への態度が周辺に知られていたことは確かです。

ブバスティス ─ ヘロドトスが讃えた神殿

ブバスティス(現テル・バスタ)は、ナイル・デルタ東部の都市です。

ヘロドトスは、この神殿を

もっとも美しいとは言わないが、見て最も楽しい神殿

と評しました。

構造が独特でした。

町が土を盛って高くなっていくなか、神殿だけが元の高さのまま残された。

そのため、

町のどこからでも、見下ろす形で神殿が見えた。

周囲を二本の運河が囲み、木が植えられていたと記されます。

第22王朝(紀元前10世紀)には、

ブバスティスがエジプトの首都になりました。

この王朝は「ブバスティス朝」と呼ばれます。

現在、遺跡には巨大な花崗岩の破片が散乱しています。地震で倒壊したためです。

猫の墓も発掘されています。

バステトの家系図と家族

バステトの性格と人物像

バステトは、変わった神です。

文字通り、姿と性格が変わりました。

雌ライオン → 猫。戦いの女神 → 家庭の女神。

千年以上かけての変化です。

注目すべきは、変化の原因が社会にあることです。

猫が家畜化され、家庭に入ったから、神が猫になった。

神話が人間の生活を写している、分かりやすい例です。

そして、荒ぶる面が完全に消えたわけではありません。

「ラーの目」としての性格は残っている。

穏やかな猫のようでいて、必要なら爪を立てる。

祭りの性格も重要です。

酒と音楽と大人数。

セクメトの酔いの祭りと同じ構造で、荒ぶる力を鎮める行事でした。

楽しい祭りに見えて、実務があったわけです。

バステトを祀った神殿と遺跡

バステトの聖地は、デルタ地方(ブバスティス)サッカラが中心です。

特徴的なのは、

神殿より、猫の埋葬地の規模が大きい

ことです。数十万体規模の猫のミイラが各地から出ています。

参拝者が奉納として買い、納めた。

アヌビスの犬、トートのトキと同じ構造です。エジプトの信仰が、大規模な産業を伴っていたことを示します。

ブバスティス(テル・バスタ)(Bubastis / Tell Basta)

バステト信仰の中心地

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ブバスティス(テル・バスタ)の住所: エジプト シャルキーヤ県 ザガジグ近郊

ブバスティス(テル・バスタ)の祀られた神: バステト

ブバスティス(テル・バスタ)に残るもの: 神殿址・猫の墓地・花崗岩の柱

エジプト語名ペル・バステト(バステトの家)。ここからブバスティスという名が生まれました。

ヘロドトスは、

「もっとも美しいとは言わないが、見て最も楽しい神殿」

と評しています。周囲を二本の運河が囲み、町から見下ろす形で建っていました。

第22王朝(ブバスティス朝)の首都にもなりました。

遺跡からは、

大量の猫のミイラと、猫の墓地

が発見されています。青銅の猫の像も多数出土しました。

現在は巨大な花崗岩の破片が散乱する状態です。地震で倒壊したためと考えられています。

カイロ北東、ザガジグ市の郊外。訪れる観光客は少ない。

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シャルキーヤの現地ツアーや入場券を探せます。

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サッカラのバステト聖域(Bubasteion, Saqqara)

猫のカタコンベがある聖域

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サッカラのバステト聖域の住所: エジプト ギザ県サッカラ

サッカラのバステト聖域の祀られた神: バステト

サッカラのバステト聖域に残るもの: 地下墓・岩窟墓

サッカラのバステト聖域(ブバステイオン)です。

地下には猫のミイラを納めたカタコンベがあります。

面白いのは、この一帯が新王国時代の貴族墓を転用していることです。

ツタンカーメンの乳母マイアの墓や、ホルエムヘブの墓

もこの区域にあります。数百年後、猫の埋葬地として再利用されました。

2019年以降の発掘では、

猫のミイラのほか、コガネムシ、コブラ、ライオンの子のミイラ

も見つかっています。

エジプトの動物ミイラ信仰の実態を知るうえで、現在も重要な調査地です。

サッカラ遺跡内。発掘が続いており公開範囲は変動する。世界遺産。

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バステトが現代に残した痕跡

バステトにまつわるものは、猫の扱いとして残りました。

猫のミイラ: ベニ・ハサンから推定三十万体が出土。19世紀に大量がイギリスへ運ばれ、肥料として競売にかけられた記録がある。

青銅の猫像: 奉納品として大量に作られた。「ガイヤーアンダーソンの猫」(大英博物館)が特に有名。

ヘロドトスのブバスティス祭の記録: 七十万人が集まったとされる記述。古代の祭りの規模を伝える数少ない同時代の証言。

ペルシオンの戦いの猫の逸話: カンビュセス2世が兵の盾に猫を括りつけたという話。後世(紀元後2世紀)の記録で、史実性は疑わしいとされる。

バステトが司るもの

家庭の守護

家と家族を守る。足元に子猫を従えた図像で表される。

出産・子ども

女性と子どもを守る。護符が大量に作られた。

音楽・喜び

シストルムを持つ。ブバスティスの祭りは音楽と酒で知られた。

穀物の守護

猫が鼠から穀物倉を守ることに由来する。

王の守護(ラーの目)

古い時代は雌ライオンの姿で、荒ぶる守護神だった。

バステトが登場するゲーム・アニメ

「猫の女神」としてのみ扱われることがほとんどです。

原典では、

もともと雌ライオンの姿で、荒ぶる「ラーの目」の一柱だった。

この点はまず触れられません。姿が千年かけて変わったという経緯自体が、創作の題材として使われていません。

バステトが登場するゲーム

女神転生シリーズ

猫の女神として登場します。

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Assassin's Creed オリジンズ

この女神に関わる場所や猫が登場します。

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Smite

エジプト神話勢のキャラクターとして実装されています。

バステトが登場するアニメ・漫画・映像

猫の神様として紹介される書籍

エジプトの猫信仰は一般向けの本で人気の題材です。

大英博物館「ガイヤーアンダーソンの猫」

青銅の猫像として世界的に知られ、グッズにもなっています。

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

バステトについてよくある質問

バステトは何の神様ですか。

家庭・出産・音楽・喜びを守る女神です。猫の姿で知られますが、もとは雌ライオンの姿で、荒ぶる「ラーの目」の一柱でした。

バステトはいつから猫になったのですか。

第三中間期(紀元前1000年頃)以降です。エジプトで猫が家畜化され、穀物倉を鼠から守る動物として家庭に入った時期と重なります。

バステトとセクメトの違いは何ですか。

どちらも「ラーの目」を担う女神ですが、セクメトが荒ぶる面、バステトが鎮まった面を表します。古い時代はどちらも雌ライオンの姿で、区別がつきませんでした。

エジプトで猫を殺すと死刑だったのですか。

ヘロドトスとディオドロスがそう記しています。家の猫が死ぬと家人は眉を剃って喪に服したとも伝えられます。ただし神殿への奉納用の猫は別枠で、大量に飼育・処分されていました。

ブバスティスの祭りとはどういうものですか。

ヘロドトスがエジプト最大の祭りと記した行事です。人々が舟でナイルを下り、笛と拍子木を鳴らして騒ぎ、年間で最も大量のブドウ酒が消費されたとされます。

猫のミイラはなぜ大量にあるのですか。

参拝者が奉納として買い、神に納めたためです。ベニ・ハサンからは推定三十万体が出土しました。調査の結果、多くが生後数か月で、奉納用に繁殖させていたと考えられています。

バステトと併せて覚えたい言葉・用語

カー(kꜣ/生命力)

人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。