テーベの母なる女神。名がそのまま「母」で、女神で唯一、王の二重冠をかぶる。
ムートとは何の神様か
ムートのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では mwt。日本語ではムート、ムトなどと表記されます。
名は、
「母」という普通の単語
と同じです。神の名が一般名詞そのままという例は、エジプトでも多くありません。
書くときの記号が、
ハゲワシ
でした。この鳥が「母」を表す文字だったため、名と姿と意味が一つの記号のなかで重なっています。
この女神は「ラーの目」を担う神々の一柱でもあります。
セクメト、ハトホル、バステト、テフヌト、そしてムート。
「ラーの目」は特定の一柱ではなく、役割の名です。
そのため、
ムート=セクメト
のように、獅子の女神と重ねた呼び方もされました。
mwt(ムート)
ヒエログリフの転写。ハゲワシの記号で書かれ、同じ記号が「母」という語も表す。
ムト(ムト)
日本語での別表記。長音記号を入れない書き方も使われる。
mwt-sḫmt(ムート=セクメト)
獅子の女神セクメトと重ねて呼ばれた形。
ムートの物語
ハゲワシが「母」の文字だった
エジプトのヒエログリフには、ハゲワシの記号があります。
この記号が表す語は、
「母」。
読みは mwt。ムートの名と同じです。
なぜハゲワシなのか。
翼を大きく広げて、雛を覆い隠す。
この姿が観察され、母性の象徴として選ばれたと考えられています。
現代の感覚では、ハゲワシは死骸を漁る鳥です。しかしエジプト人は、
子を守る鳥
として見ました。見方が、まったく違います。
王妃の冠にも、ハゲワシの形が使われます。
王の母であることを示す冠。
ツタンカー?メンの墓からは、ハゲワシの首飾りが出土しています。
上エジプトの女神ネクベトも同じ鳥の姿をとり、二柱はしばしば重ねて語られました。
同じ鳥を、複数の女神が分け持つ。
エジプトでは、めずらしいことではありません。
アマウネトと入れ替わる ─ 妻の座は動く
アメンの妻は、もともとムートではありませんでした。
古い時代、アメンと対をなしたのは、
アマウネト。
ヘルモポリスの八柱神の一柱で、「隠されたもの」を意味するアメンの、女性形にあたる神です。
ところが新王国時代の初め、
ムートがその座に入りました。
アマウネトが消えたわけではありません。カルナックには像も碑文も残ります。しかし、
神殿の中心に立つのは、ムートになった。
この交代の理由は、はっきり分かっていません。
テーベが首都になり、アメンが国家神になった時期と重なる。
という点が指摘されます。国家の神には、国家の母が要ったのかもしれません。
重要なのは、この交代が問題視されていないことです。
古い妻の記録を消したりはしない。
二人とも、そのまま残っています。 矛盾を整理しないのが、エジプトの宗教の作法でした。
二重冠をかぶる ─ 女神で唯一
エジプトの王がかぶる冠に、二重冠があります。
上エジプトの白冠と、下エジプトの赤冠を、重ねたもの。
国土の統一を示す、王だけのしるしです。
ムートは、この冠をかぶって描かれます。
常に二重冠で表される女神は、この一柱だけ。
他の女神は、それぞれの記号を戴きます。
ハトホルは牛の角と日輪。
イシスは玉座。
ネイトは赤冠と盾。
ムートだけが、王の冠そのものです。
意味は明快です。
王権の側に立つ母。
王は「アメンの子」とされました。とすれば、
王の母は、アメンの妻。
つまりムートです。この女神の位置は、王を産む者という一点にあります。
実際の王妃も、儀礼のなかでこの女神の役を負いました。
「アメンの神妻」
という称号を持つ王女が、テーベで大きな権力をふるった時代もあります。
イシェル ─ 三日月形の池と、数百体の像
カルナック神殿群の南に、ムート神域があります。
特徴的なのが聖池です。
神殿を三日月形に取り巻いている。
この池をイシェルと呼びます。
直線的な四角い聖池が普通のエジプトで、弓なりの池は異例です。
獅子の姿をとる女神の聖池は、この形をとる
とされます。荒ぶる「ラーの目」を、水で鎮めるという考えによるものと説明されます。
そしてこの神域には、
黒花崗岩のセクメト像が、大量に並んでいます。
総数は七百体を超えたと推定されます。アメンホテプ3世の時代のものです。
ただし、近年の研究では、
像はもともと西岸のこの王の葬祭殿のために作られ、のちにムート神域へ移された
という見方が示されています。
誰が、いつ、どこへ置いたのか。
確定していません。 像そのものは残っているのに、置かれた経緯が分からないという状態です。
なぜ物語がほとんどないのか
ムートには、語られる物語がほとんどありません。
オシリスのように殺されもせず、イシスのように旅もせず、セクメトのように人を殺しもしません。
神殿は最大級。像も碑文も膨大。それなのに、筋書きがない。
理由は、この女神の成り立ちにあります。
ムートは、物語から生まれた神ではありません。
神殿の体系のなかで、必要とされて置かれた神です。
テーベの神学は、
父・母・子
という三柱の形をとりました。父はアメン、子はコンス。そこに、
母の席が空いていた。
その席に座ったのが、この女神です。
名前も「母」。役目も母。
機能そのものが、神になっています。
これはエジプトでは特殊なことではありません。マアト(秩序)もヘカ(呪力)も同じで、
概念に名前をつけて、神として扱う。
という発想が広く働いています。
物語がないことは、記録の欠落ではありません。最初から、そういう作りの神でした。
ムートの家系図と家族
ムートの性格と人物像
ムートは、動かない神です。
旅もせず、戦いもせず、嘆きもしない。
エジプト神話でもっとも行動するイシスとは、正反対の位置にいます。
それでいて、新王国時代のテーベで最大級の神域を持ちました。
物語の量と、信仰の規模は、一致しません。
この女神は、そのことをはっきり示しています。
注目すべきは、二つの顔です。
雛を覆うハゲワシの母。
獅子の姿で荒ぶる「ラーの目」。
守る力と、滅ぼす力を、同じ一柱が持っています。
母は、優しいだけではない。
イシェルの三日月形の池は、その荒ぶる面を水で冷ますためのものと説明されます。
守護と破壊を、同じ神のなかで往復させる。
セクメトとハトホルの関係と同じ構造が、この女神の内側にも入っています。
そしてもう一つ。
前任者アマウネトを、消していない。
新しい妻が来ても、古い妻の記録はそのまま残されました。上書きしないという態度が、ここにも出ています。
ムートを祀った神殿と遺跡
ムートの聖地は、テーベ(ルクソール)にほぼ集中しています。
カルナックのムート神域── 三日月形の池と、セクメト像の群。
ルクソール神殿── オペトの祭の目的地。
どちらも、アメンとコンスとの三柱で祀られる場所です。
単独ではなく、家族として立つ神。
ムート神域は観光の主動線から外れており、アメン大神殿ほど人が入りません。
そのぶん、発掘の途中の状態がそのまま見られる場所でもあります。
カルナックのムート神域(イシェル)(Precinct of Mut / Isheru)
ムート信仰の中心。三日月形の聖池を持つ
カルナックのムート神域(イシェル)の住所: エジプト ルクソール県カルナック
カルナックのムート神域(イシェル)の祀られた神: ムート・セクメト
カルナックのムート神域(イシェル)に残るもの: 神殿址・三日月形の聖池・セクメト像群・タハルカ王の門
カルナック神殿群の南側にある、この女神の神域です。
最大の特徴が聖池です。
神殿を三日月形に取り巻いている。
イシェルと呼ばれます。四角い聖池が普通のエジプトで、弓なりの池は異例です。
そして、
黒花崗岩のセクメト像が大量に並びます。
総数は七百体超と推定され、アメンホテプ3世の時代のものです。近年は、もともと西岸の葬祭殿のために作られ、のちに移されたとする見方が示されています。
タハルカ王の門など、後代の増築も残ります。
アメン大神殿からスフィンクス参道が南へ延び、この神域へつながっていました。
カルナック神殿群の南。アメン大神殿から参道でつながる。世界遺産。
ルクソール神殿(Luxor Temple)
オペトの祭で三柱の神像が運ばれた先
ルクソール神殿の住所: エジプト ルクソール県ルクソール市街
ルクソール神殿の祀られた神: アメン=ラー・ムート・コンス
ルクソール神殿に残るもの: 列柱廊・ラメセス2世の巨像・オベリスク
年に一度のオペトの祭では、
アメン、ムート、コンスの三柱の神像が、そろって舟に乗せられ
カルナックからここへ運ばれました。
民衆が神像を見られる、数少ない機会。
沿道では供物が配られ、祭が数週間続いた記録があります。
この祭で重要なのは、
王がここで、あらためて王としての力を確かめた
とされる点です。王を産む母であるこの女神が、その場に同行しています。
入口にはラメセス2世の巨像とオベリスク。もう一本はパリのコンコルド広場にあります。
夜間のライトアップでも知られる神殿です。
ルクソール市街の中心。カルナックからスフィンクス参道(約3km)でつながる。
ムートが現代に残した痕跡
ムートの信仰は、神域そのものと、ハゲワシの記号として残りました。
ハゲワシの記号: この鳥のヒエログリフが「母」という語を表す。名と姿と意味が、一つの記号のなかで重なっている。
三日月形の聖池イシェル: 四角い聖池が普通のエジプトで、弓なりの池は異例。荒ぶる女神を水で鎮める形と説明される。
ムート神域のセクメト像: 黒花崗岩の像が七百体超と推定される。もとは西岸の葬祭殿のために作られ、のちに移されたとする見方がある。
二重冠: 上下エジプトの冠を重ねた、王だけのしるし。これを常にかぶって描かれる女神は、この一柱のみ。
ムートが司るもの
母子の守護
名がそのまま「母」。ハゲワシが雛を覆う姿が、この女神の基本の図像。
王権の守護
王を産む母という位置。女神で唯一、上下エジプトの二重冠をかぶる。
災いを退ける力
「ラーの目」を担う一柱として、獅子の姿で敵を退ける面を持つ。
家の安泰
テーベ三柱神として、アメン・コンスとともに家族の形で祀られた。
ムートが登場するゲーム・アニメ
単独で扱われることは、ほとんどありません。
夫アメン、子コンスの説明の途中に名が出る、という形が大半です。
原典で重要なのは、
物語がないのに、最大級の神域を持っていた
という点です。信仰の規模は、物語の量では測れません。
ムートが登場するゲーム
ムートが登場するアニメ・漫画・映像
古代エジプト展
ムート神域から出たセクメト像は、各地の博物館の常設展示になっています。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
ムートについてよくある質問
ムートは何の神様ですか。
テーベの母なる女神です。名がそのまま「母」を意味します。アメンの妻であり、月の神コンスの母で、この三柱でテーベ三柱神を構成します。
ムートとムトはどちらが正しいですか。
どちらも使われます。エジプト語の綴りは mwt で、日本語ではムートと書くのが一般的ですが、長音を入れないムトという表記もあります。
なぜハゲワシの姿なのですか。
ハゲワシのヒエログリフが「母」という語を表す文字だったためです。翼を広げて雛を覆う姿が母性の象徴と見られました。名と文字と姿が一つに重なっています。
アメンの妻はムートだけですか。
古い時代はアマウネトでした。新王国時代の初めにムートがその座に入りますが、アマウネトの像も碑文もそのまま残されています。古い伝えを消さないのがエジプトの作法でした。
ムートの神殿はどこにありますか。
カルナック神殿群の南にあるムート神域です。神殿を三日月形に取り巻く聖池イシェルと、七百体を超えると推定される黒花崗岩のセクメト像で知られます。
ムートの神話が少ないのはなぜですか。
物語から生まれた神ではないためです。テーベの父・母・子という三柱の形に、母の席が必要とされて置かれた神で、機能そのものが神になっています。記録の欠落ではありません。
ムートと併せて覚えたい言葉・用語
ヒエログリフ(Hieroglyph/神聖文字)
古代エジプトの絵文字。エジプト語では「神の言葉(メドゥ・ネチェル)」と呼ばれた。子音だけを書き母音は書かないため、当時の正確な発音は分かっていない。西暦394年の碑文を最後に使われなくなり、1822年にシャンポリオンが解読するまで千四百年以上読めなかった。
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。