「湖の上にある者」。一時、国の中心の神になった牡羊の神。
ヘリシェフとは何の神様か
ヘリシェフはひとことで言えば一度だけ中心に立った神です。
名は「彼の湖の上にある者」と解されます。牡羊の頭を持つ神です。
信仰の中心は、古代のヘラクレオポリス。現在のイフナシヤ・エル・メディーナにあたります。
この町には、特別な時期がありました。エジプト政府の年代解説によれば、
第9王朝と第10王朝は、ヘラクレオポリス(現イフナシヤ・エル・メディーナ)を本拠として、エジプトを治めた。
古王国が崩れたあとの分裂期です。一時期、この町の神が国の中心の神になりました。
ただし、その支配は安定しませんでした。南のテーベの勢力と争い、やがて敗れます。
王朝が去ったあとも、この神の信仰は続きました。オシリスやラーと融合します。
ギリシャ人はこの神をヘラクレスと重ね、町を「ヘラクレスの町」と呼びました。
ヘリシェフのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では ḥrj-šꜣ=f。日本語ではヘリシェフ、ヘリシャフ、ハルサフェスと表記が揺れます。
名の意味は「彼の湖の上にある者」です。
水の上に現れる、という表現。
原初の水から最初の陸が現れる、という創造の場面と重ねて読まれます。
ギリシャ人はこの神をヘラクレスと重ねました。理由として、
名の音が近かったこと。
力強い神として扱われていたこと。
が挙げられます。この見立てから、町の名がヘラクレオポリスになりました。
現代の研究でも、この地名が使われ続けています。
エジプト語の町名ネンネスウトは、現在のイフナシヤ・エル・メディーナという地名に、音を変えて受け継がれたとされます。
古代の名が、二つの経路で現代に残っている珍しい例です。
ḥrj-šꜣ=f(ヘリ・シェエフ)
ヒエログリフの転写。「彼の湖の上にある者」と解される。
Ἁρσαφής(ハルサフェス)
ギリシャ語形。日本語ではアルサフェスと表記されることもある。
nn-nswt(ネンネスウト)
ヘラクレオポリスのエジプト語名。現在のイフナシヤ・エル・メディーナ。
ヘリシェフの物語
第一中間期 ─ 分裂した国の一方の都
古王国は、崩れました。
中央の権力が弱まり、地方の支配者が独立していく。
この時期を第一中間期といいます。
エジプト政府の年代解説は、こう記しています。
第9王朝と第10王朝は、ヘラクレオポリス(現イフナシヤ・エル・メディーナ)を本拠として、エジプトを治めた。しかしその支配は弱く、とくに南では不安定だった。
この町の神が、国の中心の神になった時期です。
しかし、南に対抗勢力が育ちます。テーベです。
二つの都が、エジプトを南北から引き合った。
最終的に、テーベが勝ちます。メンチュヘテプ2世が国を再統一し、中王国が始まりました。
ヘラクレオポリスは、都ではなくなります。
注目すべきは、神が消されなかったことです。
敵方の都の神でありながら、その後も祀られ続けた。
エジプトは、負けた側の神を消しません。セトのように積極的に削られた例のほうが、例外です。
この町の墓域からは、当時の内戦をうかがわせる資料も出ています。
牡羊という器 ─ エジプトの羊の神々
エジプトには、牡羊の神が複数います。
クヌム。エレファンティネの陶工の神。
アメン。テーベの主神。牡羊が聖獣。
バ・ネブ・ジェデト。デルタのメンデスの神。
ヘリシェフ。ヘラクレオポリスの神。
牡羊が選ばれた理由は、いくつかあります。
群れを率いる力。増える力。
そして、言葉です。
エジプト語で、
牡羊を表す語と、魂の一種を表す語が、音が近い。
言葉の音が、動物と概念を結びつけました。
エジプトの神学は、しばしばこうした言葉遊びに近い理屈で組み立てられます。
名が存在を作る。
という考え方の延長です。
角の形にも違いがあります。
古い時代の羊は、横に大きくねじれた角。
新しい時代の羊は、下向きに巻いた角。
図像を見ると、どの時代の羊を写したかが分かることがあります。
ヘリシェフは、横に張り出した角で描かれることが多い神です。古い型の羊です。
融合する ─ ラーとオシリスと
都が移ったあとも、この神は残りました。
残り方が、エジプトらしいものです。
他の神と融合する。
ラーと結びついて、
ヘリシェフ=ラー
の形が生まれます。太陽と結びつくことで、地方の神が全国の体系に接続されました。
また、オシリスとも重ねられます。
名の「湖の上に現れる」という意味が、再生の場面と重なる。
と読まれたためです。
エジプトの神は、消えるかわりに混ざります。
アメン=ラー。ソベク=ラー。ラー=ホルアクティ。
プタハ=ソカル=オシリス。
同じ処理が、あちこちで行われました。
融合には、利点があります。
地方の神が、国の体系のなかに居場所を得る。
中央の神が、地方に根を下ろす。
双方に得があるのです。
エジプトの神が数えきれないほどいるのに、争わない理由がここにあります。倒すのではなく、名を並べます。
シンボル ─ 二種類の冠と、ヘラクレスという誤読
この神を見分ける形は、頭上にあります。
牡羊の頭。横に張り出した角。
そこに冠が載ります。
上エジプトの白冠。
あるいは、アテフ冠と呼ばれる、羽根と角を組み合わせた冠。
アテフ冠はオシリスがかぶるものです。融合の痕跡が、冠に現れています。
もうひとつ、この神には名前の後日談があります。
ギリシャ人が、この神をヘラクレスと重ねました。
名の音が近かった。力強い神とされていた。
そこから、町の名が
ヘラクレオポリス(ヘラクレスの町)
になります。
エジプトの神とギリシャの英雄には、性格の共通点がほとんどありません。
牡羊の頭を持つ都市の神と、十二の難業を果たした英雄。
それでも、この見立ては定着しました。
外から来た人が、知っている名前に置き換えて理解する。 ギリシャ人はエジプト中でこれを行い、その呼び名の多くが現代の地名として残っています。 この町は、その代表例です。
ヘリシェフの家系図と家族
ヘリシェフの性格と人物像
ヘリシェフは、一度だけ中心に立った神です。
古王国が崩れ、国が分裂したとき、この町が都になった。
束の間のことでした。テーベに敗れ、都は移ります。
注目すべきは、敗れた側の神が消されなかったことです。
その後も祀られ、ラーやオシリスと融合して残った。
エジプトは、負けた側の神を削りません。混ぜて、体系のなかに居場所を作ります。
そして、この神は名前で得をしました。
ギリシャ人がヘラクレスと重ね、町がヘラクレオポリスと呼ばれた。
性格の共通点はほとんどありません。それでも、この呼び名は現代まで使われています。
外から来た人の見立てが、地名として定着しました。
もうひとつ、この神は牡羊です。
群れを率いる力。増える力。そして、言葉の音の近さ。
エジプトの神学は、しばしば言葉から組み立てられます。この神も、その一例です。
ヘリシェフを祀った神殿と遺跡
ヘリシェフの神殿は、基礎が残る程度です。
上エジプトのような石造神殿の立ち姿はありません。
この町は中エジプトの低地にあり、保存の条件が上流の乾いた谷ほどよくありません。
それでも、この遺跡は
第一中間期の資料が出る場所
として重視されています。国が分裂していた時期の記録は多くありません。
観光地としての整備は進んでいないため、この神を見るなら
博物館の牡羊の像
を探すことになります。角の形と冠に注目してください。
イフナシヤ・エル・メディーナ(ヘラクレオポリス)(Ihnasya al-Medina / Herakleopolis)
ヘリシェフ信仰の中心地
イフナシヤ・エル・メディーナ(ヘラクレオポリス)の住所: エジプト イフナシヤ・エル・メディーナ
イフナシヤ・エル・メディーナ(ヘラクレオポリス)の祀られた神: ヘリシェフ
イフナシヤ・エル・メディーナ(ヘラクレオポリス)に残るもの: 神殿址・墓域
エジプト政府の年代解説は、この地について
第9王朝と第10王朝は、ヘラクレオポリス(現イフナシヤ・エル・メディーナ)を本拠として、エジプトを治めた
と記しています。古王国が崩れたあと、この町が国の一方の都になりました。
しかしその支配は弱く、とくに南では不安定でした。やがてテーベの勢力に敗れ、都ではなくなります。
この町の神が、ヘリシェフです。
都が移ったあとも、この神の信仰は続きました。
現在の遺跡は、
神殿の基礎と、周辺の墓域
が中心です。上エジプトの石造神殿のような立ち姿は残っていません。分裂期の資料が出る場所として、研究上の価値が高い遺跡です。
カイロの南、ファイユームの東方にあたる。観光整備はされていない。
エジプト博物館(タハリール)(The Egyptian Museum)
牡羊の神々を見比べられる場所
エジプト博物館(タハリール)の住所: エジプト カイロ
エジプト博物館(タハリール)の祀られた神: ヘリシェフ・クヌム・アメン
エジプト博物館(タハリール)に残るもの: 石像・小像・浮き彫り
ヘリシェフを実物で探すなら、牡羊の頭を持つ像です。
エジプトには牡羊の神が複数います。
クヌム。アメン。デルタの牡羊の神。そしてヘリシェフ。
角の形と冠で、ある程度まで見分けられます。
横に大きく張り出した角は、古い型の羊。
下向きに巻いた角は、新しい型の羊。
ヘリシェフは、横に張り出した角で描かれることが多い神です。
冠は、上エジプトの白冠か、オシリスと同じアテフ冠。
冠を見ると、どの神と融合したかが分かります。
カイロのこの館は中東でもっとも古い考古博物館とされます。近年は主要な収蔵品の一部が新しい館へ移されているため、
訪問前に、目当ての品がどちらにあるかを確かめる
必要があります。
カイロ中心部。展示替えが続いているため公式の案内を確認したい。
ヘリシェフが現代に残した痕跡
ヘリシェフの名は、地名と、ギリシャ人の見立てに残りました。
ヘラクレオポリスという地名: ギリシャ人がこの神をヘラクレスと重ねたことによる呼び名。現代の研究でも使われ続けている。
イフナシヤ・エル・メディーナ: エジプト語の町名ネンネスウトが、音を変えて受け継がれたとされる現代の地名。
アテフ冠: 羽根と角を組み合わせた冠。オシリスがかぶるもので、この神が戴く例は融合の痕跡になっている。
横に張り出した角: 古い型の羊の角。エジプトの牡羊の神の図像は、どの時代の羊を写したかで角の形が変わる。
ヘリシェフが司るもの
王権
第9王朝と第10王朝の本拠の神として、一時期、国の中心の神になった。
豊穣
牡羊が器。群れを率いる力と増える力を表す。
再生
名の「湖の上に現れる」という意味が、原初の水から陸が現れる場面と重ねて読まれた。
町の守り
ヘラクレオポリス(現イフナシヤ・エル・メディーナ)の守り神。
ヘリシェフが登場するゲーム・アニメ
ほぼ知られていません。
牡羊の神といえばアメンかクヌムで、この神が別に立っていることは、あまり紹介されません。
しかし、
古王国が崩れ、国が二つに割れた時期の一方の都の神。
という歴史的な位置は重要です。エジプトが三千年ずっと安定していたわけではないことが、この神から分かります。
ヘリシェフが登場するゲーム
ヘリシェフが登場するアニメ・漫画・映像
古代エジプト展
牡羊の神の像として、他の羊の神とともに紹介されることがあります。
第一中間期を扱った書籍
分裂期の二つの都を論じる文脈で、この町とこの神の名が挙がります。
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ヘリシェフについてよくある質問
ヘリシェフは何の神様ですか。
牡羊の頭を持つ神で、名は「彼の湖の上にある者」と解されます。古代のヘラクレオポリス、現在のイフナシヤ・エル・メディーナの守り神です。
なぜヘラクレオポリスという名前なのですか。
ギリシャ人がこの神をヘラクレスと重ねたためです。名の音が近く、力強い神とされていたことが理由に挙げられます。性格の共通点はほとんどありませんが、この呼び名は現代の研究でも使われ続けています。
この神が国の中心になった時期があるのですか。
あります。エジプト政府の年代解説によれば、第9王朝と第10王朝はヘラクレオポリスを本拠としてエジプトを治めました。古王国が崩れたあとの第一中間期です。ただし支配は弱く、やがて南のテーベに敗れます。
敗れたあとはどうなったのですか。
消されませんでした。都が移ったあとも祀られ続け、ラーやオシリスと融合して残ります。エジプトは負けた側の神を削らず、混ぜて体系のなかに居場所を作ります。
エジプトには牡羊の神が何柱もいるのですか。
クヌム、アメン、デルタのメンデスの牡羊の神、そしてヘリシェフがいます。群れを率いる力と増える力に加え、エジプト語で牡羊を表す語と魂の一種を表す語の音が近かったことも背景にあります。
この神はどこで見られますか。
イフナシヤ・エル・メディーナの遺跡は神殿の基礎と墓域が中心で、観光整備はされていません。牡羊の頭を持つ像は、カイロの博物館などで見られます。角の形と冠に注目すると、他の羊の神と見分けられます。