エジプト最南端を守る女神。矢を射て、ナイルの増水を解き放つ。
サテトとは何の神様か
サテトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では stt。日本語ではサテト、サティス、サテト女神などと表記されます。
名の解釈は、大きく二つに分かれます。
「投げる」という動詞から、矢を射る者と読む説。
「撒く」という意味から、水を注ぐ者と読む説。
どちらか一方が正しいのではなく、両方の性格をこの女神が持っています。 弓を持ち、同時に水を解き放つ神です。
ギリシャ人はこの女神をヘラと重ねました。夫のクヌムをゼウスに見立てたことによる対応です。
ギリシャ語形のサティスは、日本語の資料でもしばしば使われます。サテトとサティスが同じ神であることは、押さえておきたい点です。
娘の名アヌケト、夫の名クヌムとあわせて覚えると、この土地の神が整理できます。
stt(サテト)
ヒエログリフの転写。「投げる者」「撒く者」と解される。
Σᾶτις(サティス)
ギリシャ語形。日本語ではサティスと表記されることもある。
Ἥρα(ヘラ)
ギリシャ人による同一視。クヌムをゼウスに見立てたことによる対応。
サテトの物語
エレファンティネ島 ─ エジプトの南の門
エジプト政府の遺跡案内は、エレファンティネを
ナイル川の中州にある考古学上の島であり、ヌビアから入るすべての交易者にとってのエジプトへの入口だった
と記しています。
アスワンという町自体が、
エジプト南部でもっとも重要な都市のひとつであり、歴史を通じて南の玄関口として働いた
場所です。エジプトとアフリカを結ぶ結節点でした。
この島の神が、サテトです。国境の島の女神が、弓を持っているのは自然なことでした。
島の神殿は、いきなり大きく建てられたのではありません。
初めは、自然の巨石のあいだにできた狭い隙間に置かれた祠だった。
発掘によって、その小さな祠の上に、王朝ごとの神殿が重ねて建てられていったことが分かっています。
同じ場所に、二千年以上、建て替えが続いた。
神殿の下に、より古い神殿がある。 エジプトの聖地の作られ方が、はっきり見える場所です。
増水を解き放つ ─ 岩の下から水が湧く
古代エジプト人は、ナイルの水がどこから来るのか知りませんでした。
源流は、はるか南のアフリカ内陸にあります。しかし、
エジプトから見て、川をさかのぼれる限界がアスワンの急湍だった。
そこから先へは、船で行けません。
そこで、こう説明されました。
増水の水は、エレファンティネの岩の下にある洞穴から湧き出す。
洞穴は双子の泉とされ、そこを守るのがクヌム、水を解き放つのがサテトとされました。
知らない場所の説明を、知っている場所で完結させています。
増水は、エジプトの生死を分けました。
多すぎれば村が流され、少なすぎれば飢饉になる。
そのため、水位は毎年測られました。 エレファンティネには、川に降りる階段状の水位計が置かれ、
何段まで水が来たかで、その年の税が決められた。
神殿と、行政と、測量が、同じ島にありました。
審判と心臓 ─ 四つの壺の水で清める
サテトには、死者に関わる役目もあります。
ピラミッド・テキストに、こういう一節があります。
エレファンティネから来た四つの壺の水で、王を清める。
死者はまず清められ、それから冥界の裁きへ向かいます。
エジプトの死後の道筋は、順序が決まっています。
遺体を整え、清め、口を開き、門を通り、そして心臓を量る。
心臓の計量?は、この最後にあります。心臓とマアトの羽根を天秤にかけ、釣り合えば来世へ進みます。
サテトの役目は、その道の入口にある「清め」です。
なぜ南の島の水なのか。理由は明快です。
ナイルの水が、そこから来ると考えられていたから。
もっとも上流の、もっとも新しい水です。
死者を清める水が、国のいちばん南から運ばれてくる。地理の理解が、そのまま葬送の作法になっています。
シンボル ─ 白冠と羚羊の角、そして弓矢
この女神を見分ける形は、頭上にあります。
上エジプトの白冠。その両脇に、羚羊の角が横へ張り出す。
この組み合わせは、他の神にはありません。
白冠は上エジプトのしるしです。国の南半分を代表する立場を示します。
羚羊の角は、乾いた岩山に生きる動物のものです。
川の女神でありながら、砂漠の獣の角をつけている。
国境の土地の性格が、そのまま図像になっています。
持ち物は弓と矢。エジプトの女神で弓を持つのは、この神と、下エジプトのネイトくらいです。
矢の向く先は、南です。エジプトから見て、南は
ヌビア。金と象牙と兵の来る土地。
でした。交易の相手であり、しばしば衝突の相手でもあります。
弓を持つ女神が国境の島に立つ、という配置には、現実の緊張が反映されています。
サテトの家系図と家族
サテトの性格と人物像
サテトは、境目に立つ神です。
上エジプトと下エジプトの境ではなく、エジプトと外の境。
この位置が、性格のすべてを決めています。
注目すべきは、役目が正反対の二つで組になっていることです。
矢を射て人を退ける。水を注いで人を生かす。
拒むことと与えることを、同じ神が受け持っています。国境とは、そういう場所です。
もうひとつ、この女神はエジプト最古級の神です。
エレファンティネの祠は、巨石のあいだの隙間から始まった。
国家ができる前から、この島には信仰がありました。大きな神学に組み込まれる前の、土地の神の姿が残っています。
そして、この神は測られる神でもあります。増水の水位は毎年記録され、税が決まりました。
祈りの対象が、同時に測定の対象だった。
エジプトの神が生活と切れていないことが、よく分かる一柱です。
サテトを祀った神殿と遺跡
サテトの神殿は、エレファンティネ島の一箇所に集中しています。
国境の島の神は、他の土地へ広がらなかった。
全国区の神になったイシスやオシリスとは対照的です。土地に結びついたまま、三千年を過ごした神です。
そのかわり、島の神殿は
建て替えの層がそのまま残る
という珍しい遺跡になりました。同じ場所を掘り下げると、時代がさかのぼっていきます。
エレファンティネ島(Elephantine)
サテト信仰の中心地
エジプト政府の遺跡案内は、この島を
ナイル川の中州にある考古学上の島であり、ヌビアから入るすべての交易者にとってのエジプトへの入口
と記し、クヌムを年ごとの増水の神、サテトをエジプト南の国境を守る女神として挙げています。
島の神殿は、自然の巨石のあいだの狭い隙間に置かれた祠から始まりました。 その上に、王朝ごとの神殿が重ねて建てられています。
もうひとつの見どころが水位計です。
川へ降りる階段に目盛りが刻まれ、増水の高さを毎年記録した。
何段まで水が来たかで、その年の税が決まりました。神殿と行政が、同じ島にあります。
アスワン市街から渡し船で渡れる。島には現在も集落がある。
アスワン(Aswan)
エジプト南の玄関口
エジプト政府の遺跡案内は、この町を
古代エジプト人にスウェヌと呼ばれ、エジプト南部でもっとも重要な都市のひとつ。歴史を通じて南の玄関口として働いた
とし、エジプトとアフリカを結ぶ土地であったと記しています。
サテトの性格は、この土地の性格そのものです。外へ開いた門であり、同時に守るべき境でした。
町の南には採石場があり、切り出し途中で亀裂が入って放棄された巨大なオベリスクが横たわっています。
古代の石の切り出し方が、そのまま見られる場所
です。エジプト各地に立つ石の多くが、この町から運ばれました。
カイロから空路または鉄道。周辺の島々への渡しが多い。
サテトが現代に残した痕跡
サテトの名は、島の神殿と、水位を測る階段に残りました。
エレファンティネの水位計: 川へ降りる階段に刻まれた目盛り。増水の高さを毎年記録し、その年の税を決めるのに使われた。
双子の泉: ナイルの水が湧き出すとされた島の下の洞穴。上流の実際の源流が知られていなかったことによる説明。
サティスという表記: ギリシャ語形。日本語の資料でも使われるため、サテトと同じ神であることを知っておく必要がある。
四つの壺の水: ピラミッド・テキストで、この女神が王を清めるのに用いる水。エジプトでもっとも上流の水とされた。
サテトが司るもの
ナイルの増水
エレファンティネの岩の下から水を解き放つとされた。農耕の年の始まりを左右する。
国境の守り
弓と矢を持ち、南から来る者に向ける。エジプト最南端の守護。
清め
ピラミッド・テキストで、四つの壺の水で王を清める役目を担う。
旅の安全
ヌビアへ向かう交易の隊が、この島で守りを求めた。
サテトが登場するゲーム・アニメ
まず登場しません。
知名度でいえば、エジプトの神のなかでも下位にあたります。
しかし、増水を管理する神は、農耕国家にとって最重要でした。 創作で扱われないのは、
物語がなく、儀礼と測量の記録として残った
ためです。派手な筋書きがない神は、後世の創作に拾われにくいという傾向があります。
サテトが登場するゲーム
サテトが登場するアニメ・漫画・映像
古代エジプト展
弓を持つ女神として紹介されることがあります。
ナイルの増水を扱った書籍
水位計と税の話題のなかで、この女神の名が引かれます。
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サテトについてよくある質問
サテトは何の神様ですか。
エジプト最南端、アスワンのエレファンティネ島を守る女神です。弓と矢で南からの侵入を退け、同時にナイルの増水を解き放つとされました。
サティスと同じ神ですか。
同じ神です。サティスはギリシャ語形で、日本語の資料でも使われます。ギリシャ人はこの女神をヘラと重ね、夫のクヌムをゼウスに見立てました。
エレファンティネ三柱神とは何ですか。
夫クヌム、妻サテト、娘アヌケトの三柱です。エジプトの都市は、こうした父母子の三柱を持つことが多くあります。テーベのアメンとムートとコンス、メンフィスのプタハとセクメトとネフェルテムも同じ形です。
なぜ増水を解き放つのですか。
古代エジプト人はナイルの源流を知りませんでした。船でさかのぼれる限界がアスワンの急湍だったため、増水の水はエレファンティネの岩の下の洞穴から湧き出すと説明されました。その水を解き放つ役目が、この女神に与えられています。
なぜ弓を持っているのですか。
南のヌビアとの境に立つ神だからです。ヌビアは金と象牙と兵の来る土地であり、交易の相手でありながら、しばしば衝突の相手でもありました。エジプトの女神で弓を持つのは、この神と下エジプトのネイトくらいです。
サテトの神殿はどこにありますか。
アスワンのエレファンティネ島です。自然の巨石のあいだの隙間に置かれた祠から始まり、その上に王朝ごとの神殿が重ねて建てられました。同じ場所を掘り下げると時代がさかのぼる、珍しい遺跡です。
サテトと併せて覚えたい言葉・用語
心臓の計量(しんぞうのけいりょう)
死者の心臓とマアトの羽根を天秤にかける冥界の裁き。アヌビスが天秤を扱い、トートが記録する。釣り合えば来世へ、釣り合わなければアメミットが心臓を食い、存在そのものが消える。死者の書第125章。