収穫を守るコブラの女神。乳を与え、名を与え、運命を定める。
レネネトとは何の神様か
レネネトはひとことで言えば育てる神です。
コブラ、または蛇の頭を持つ女性の姿をした女神で、名は「育てる者」を意味します。
受け持つものが三つあります。
収穫と穀物倉。
乳を与えて子を育てること。
名を与え、運命を定めること。
一見ばらばらですが、エジプト語では育てるという一語でつながっています。
実らせることと、育てることは、同じ働き。
穀物倉には、この女神の像が置かれました。鼠を捕る蛇が、実際に穀物を守っていたことも背景にあります。
刈り入れの月には、この女神の名がつきました。その名は形を変えて、
現代エジプトの暦の月名
にまで残っています。
運命を定める点ではシャイと対をなします。
レネネトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では rnnwtt。日本語ではレネネト、レネヌテト、レネヌウテト、テルムーティスと表記が揺れます。
語根は「育てる」「養う」です。
同じ語根から、
乳を与える。実らせる。名づける。
という働きが引き出されます。日本語では別々の行為に見えますが、エジプト語では一つの語でつながっています。
もう一つ、「名前」を意味する語との関わりも指摘されます。
エジプトでは、名は存在そのものでした。
名を与えることは、その者を成り立たせること。
そのため、名づける神が運命の神でもある、という筋が通ります。
ギリシャ語形のテルムーティスは、刈り入れの月の名になりました。この月名は形を変えて、
現代エジプトの農事暦
にも受け継がれています。神の名が、暦のなかで生き延びました。
rnnwtt(レネネト)
ヒエログリフの転写。「育てる者」「養う者」を意味する。
Θερμοῦθις(テルムーティス)
ギリシャ語形。この名が、刈り入れの月の名として現代の暦にまで残った。
rn(レン)
「名前」を意味する語。この女神の名と関わり、名を与える働きの由来とされる。
レネネトの物語
穀物倉の蛇 ─ 実際に守っていた
エジプトの村には、穀物倉がありました。
日干し煉瓦で作った、円い、または箱形の倉。上から穀物を入れ、下から出す。
ここに、この女神の像が置かれました。
理由は、信仰だけではありません。
穀物倉には鼠が来る。蛇は鼠を食べる。
蛇は、実際に穀物を守っていました。
エジプトの神の選び方は、しばしばこのように実務的です。
猫のバステトも、穀物を鼠から守る動物から始まったとされる。
生活のなかで役に立つ動物が、そのまま神になります。
刈り入れの時期には、畑でこの女神への供え物が行われました。
最初に刈った穂を捧げる。
収穫祭の一部です。
刈り入れの月には、この女神の名がつきました。ギリシャ語形のテルムーティスが変化した月名は、
現代エジプトの農事暦
にまで残っています。三千年前の神の名で、いまも農作業の時期が呼ばれています。
名を与える ─ 育てることと定めること
この女神には、育児の神としての面があります。
生まれた子に乳を与える。
名を与える。
エジプトで、名は存在そのものでした。
名を書けば存在し、名を削れば消える。
王の名を碑文から削り取る行為が、実際に行われたのはそのためです。
したがって、
名を与えることは、その者を成り立たせること。
名づける神が、運命を定める神になるのは自然な流れです。
この女神は、運命も担いました。
レネネトが、その人の一生を定める。
運命を扱う神は他にもいます。
シャイが、定められたものそのもの。
メスケネトが、生まれた瞬間に宣言する。
三柱はしばしば並んで語られ、死者の書?の場面にも一緒に現れます。
エジプトでは、一つの働きを複数の神が分け持ちます。 誰か一柱に権限が集中する形をとりません。
審判と心臓 ─ 包帯とともに冥界へ
レネネトは、死者にも関わります。
死者の書には、この女神が
ミイラを包む布を守る
役目で現れます。
包帯は、ただの布ではありません。
呪文を書き込み、護符を挟み、幾重にも巻く。
遺体を来世へ渡すための装置です。その布を守ることが、死者を守ることでした。
さらに、
心臓の計量?の場面
にも、この女神が現れることがあります。運命の神シャイ、生まれの証人メスケネトとともに、天秤のそばに立ちます。
生まれ、名づけ、育て、そして裁きの場まで付いていく。
一貫しています。
蛇の姿である点も、ここで効いてきます。
蛇は脱皮する。古い皮を捨て、新しい体で出てくる。
エジプトでは、再生の記号でした。
穀物倉の実務的な守りが、来世の守りにまでつながっています。
シンボル ─ 鎌首のコブラと、穂と壺
この女神を示す形は、三つあります。
一つめがコブラです。
鎌首をもたげた蛇。または蛇の頭を持つ女性。
エジプトにはコブラの女神が複数います。見分けが必要です。
ウアジェトは、王の額のウラエウス?。下エジプトの守り。
メルセゲルは、テーベ西岸の山の女神。
レネネトは、穀物と養育。
同じ動物でも、場所と役目で別の神です。
二つめが穀物の穂です。刈り入れの供え物として捧げられ、この女神の持ち物にもなります。
三つめが乳を与える姿です。
子に乳房を差し出す女性。あるいは蛇の頭で子を抱く姿。
育てる働きを、そのまま図にしています。
もうひとつ、この女神は
二重冠、または日輪と角
を戴くこともあります。冠が固定されていない神です。
姿より、置かれる場所で見分けるほうが確実です。 穀物倉、畑、そして棺の周りにいます。
レネネトの家系図と家族
レネネトの性格と人物像
レネネトは、つなげる神です。
実らせること。乳を与えること。名を与えること。運命を定めること。
日本語では別々に見える働きが、エジプト語では一つの語でつながっています。
注目すべきは、この神が実務から始まっていることです。
穀物倉に来る鼠を、蛇が食べる。
信仰の前に、事実がありました。役に立つ動物が神になります。エジプトの神の作られ方の、典型です。
そして、この神は運命を担うのに、怖くありません。
定めるのではなく、育てる。
運命というと、抗えないものという語感がありますが、この女神の運命は
名を与え、乳を与え、実らせること
の延長にあります。育てた者が、その先を定めるという考え方です。
最後まで付き添う点も同じです。穀物倉から、産室、そして棺の包帯まで。生活の全部にいる神でした。
レネネトを祀った神殿と遺跡
レネネトの神殿は、ファイユーム地方にあったと伝えられます。ただし、
整備された観光地として訪ねられる状態ではありません。
この女神を知るには、神殿より、倉と墓を見るほうが早いのが実情です。
穀物倉の模型。倉に置かれた蛇の像。ミイラの包帯。
いずれも生活と葬送の現場の品です。
大神殿に大きな像が立つ神ではありませんでした。家と畑と墓にいた神です。エジプトの信仰には、こういう層が確かにあります。
サッカラ(Saqqara)
穀物倉の模型と副葬品が出た墓域
エジプト政府の遺跡案内は、この地を
カイロの南西40キロに位置し、メンフィスのもっとも重要な墓域のひとつ
と記しています。
レネネトを知るうえで重要なのは、副葬品です。
穀物倉の模型。倉に穀物を運び入れる人形。
墓に納められたこれらの品は、来世でも食べるものに困らないようにという願いによります。
生きているあいだ倉を守った神が、死んだあとの倉にもいる。
また、ミイラの包帯を守る女神でもあるため、
葬送の品全体
と関わりを持ちます。神殿ではなく、墓のなかにいる神として見る場所です。
カイロから日帰り可能。内部公開される墓は時期により変わる。
エジプト博物館(タハリール)(The Egyptian Museum)
穀物倉の模型と蛇の女神の像がある場所
レネネトを実物で見るなら、模型と小像です。
木で作った穀物倉の模型。人形が穂を運び入れている。
中王国時代の墓から多く出土した品で、当時の農作業と倉の構造がそのまま分かる資料です。
また、
鎌首をもたげたコブラの小像
も収蔵されています。倉や家に置かれたものです。
死者の書のパピルスでは、心臓の計量の場面や、包帯に関わる呪文の挿絵に姿を探すことになります。
カイロのこの館は中東でもっとも古い考古博物館とされます。近年は主要な収蔵品の一部が新しい館へ移されているため、
訪問前に、目当ての品がどちらにあるかを確かめる
必要があります。
カイロ中心部。展示替えが続いているため公式の案内を確認したい。
レネネトが現代に残した痕跡
レネネトの名は、暦の月名と、穀物倉の模型に残りました。
刈り入れの月の名: ギリシャ語形テルムーティスが変化した月名。現代エジプトの農事暦にまで受け継がれている。
穀物倉の模型: 中王国時代の墓から多く出土した木製の副葬品。来世でも食べるものに困らないようにという願いによる。
倉の蛇の像: 穀物倉に置かれた鎌首をもたげたコブラの像。鼠を捕る蛇が実際に穀物を守っていたことが背景にある。
ミイラの包帯: 死者の書で、この女神が守るとされたもの。呪文を書き込み護符を挟んだ布は、遺体を来世へ渡すための装置だった。
レネネトが司るもの
豊作
刈り入れの月にその名がつき、最初に刈った穂が捧げられた。
穀物倉の守り
倉に像が置かれた。鼠を捕る蛇が、実際に穀物を守っていたことが背景にある。
養育
乳を与え、名を与える女神。名を与えることは、その者を成り立たせることだった。
運命
シャイ、メスケネトとともに、その人の一生を定める神として語られる。
レネネトが登場するゲーム・アニメ
まず登場しません。
コブラの女神といえばウアジェトで、この女神が別の神であることも、あまり知られていません。
原典では、
穀物倉の実務的な守りから始まり、育児と運命にまで広がる
神です。派手な物語がないため創作に拾われませんが、生活にもっとも近い神の一柱でした。
レネネトが登場するゲーム
レネネトが登場するアニメ・漫画・映像
古代エジプト展
穀物倉の模型の展示のなかで、この女神の名が触れられることがあります。
エジプトの農業を扱った書籍
刈り入れの月名の由来として、この女神が引かれます。
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レネネトについてよくある質問
レネネトは何の神様ですか。
コブラの姿をした収穫と養育の女神です。名は「育てる者」を意味し、穀物を実らせること、乳を与えて子を育てること、名を与えて運命を定めることを担います。
なぜ蛇なのですか。
穀物倉には鼠が来て、蛇はその鼠を食べるためです。蛇は実際に穀物を守っていました。エジプトの神の選び方は、しばしばこのように実務的です。
ウアジェトとの違いは何ですか。
どちらもコブラの女神ですが、場所と役目が違います。ウアジェトは王の額のウラエウスであり、下エジプトの守りです。レネネトは穀物倉と養育を担います。エジプトでは同じ動物でも、別の神です。
なぜ名を与えることが運命につながるのですか。
エジプトでは名が存在そのものだったためです。名を書けば存在し、名を削れば消えるとされました。したがって、名を与えることはその者を成り立たせることであり、名づける神が運命を定める神になります。
現代の暦に名が残っているのは本当ですか。
ギリシャ語形テルムーティスが変化した月名が、刈り入れの月の名として現代エジプトの農事暦に受け継がれています。三千年前の神の名で、いまも農作業の時期が呼ばれています。
この女神はどこで見られますか。
神殿より、倉と墓の品です。中王国時代の墓から出土した木製の穀物倉の模型や、倉に置かれたコブラの小像が、カイロの博物館などで見られます。家と畑と墓にいた神でした。
レネネトと併せて覚えたい言葉・用語
死者の書(ししゃのしょ)
正しくは「日のもとに出現するための書」。冥界を通るための呪文集で、パピルスに書いてミイラとともに納めた。名前の欄を空けた既製品が売られており、購入者の名を書き入れて使った。
心臓の計量(しんぞうのけいりょう)
死者の心臓とマアトの羽根を天秤にかける冥界の裁き。アヌビスが天秤を扱い、トートが記録する。釣り合えば来世へ、釣り合わなければアメミットが心臓を食い、存在そのものが消える。死者の書第125章。
ウラエウス(jꜥrt/額のコブラ)
王冠の額に立つコブラ。敵に炎を吐いて王を守る。アトゥムが自分の目を額に置いたことが起源とされる。