「屠る女」。王の前を進み、敵を焼き払う獅子の女神。
メンヒトとは何の神様か
メンヒトはひとことで言えば先に出る神です。
名は「屠る女」を意味します。雌獅子の頭を持つ戦の女神です。
役目がはっきりしています。
王の前を進み、敵を焼き払う。
王冠の額のウラエウス?と同じ働きであり、先に出て攻撃する形の守りです。
信仰の中心はエスナ。エジプト政府の記録によれば、この町の神殿の主神はクヌムであり、メンヒトはその妻として祀られました。子は魔力の神とされます。
この女神は、南から来た神とする見方があります。
ヌビア方面に起源を持ち、のちに上エジプトへ入った。
図像も名も、セクメトとよく似ています。エジプトには雌獅子の女神が複数おり、都市ごとに立てられました。
同じ型の神が並ぶのは、エジプトでは普通のことです。
メンヒトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では mnḥyt。日本語ではメンヒト、メンヘト、メヘニトと表記が揺れます。
名の意味は「屠る女」です。
殺す、切り裂く、という語根から来ています。
直接的な名です。 エジプトの雌獅子の女神には、この傾向があります。
セクメトは「力ある女」。
メンヒトは「屠る女」。
いずれも、やわらげた表現をとりません。
信仰の中心地エスナは、ギリシャ人にラトポリスと呼ばれました。ナイルの魚の名にちなむとされます。
注意したいのは、セクメトとの混同です。
どちらも雌獅子の頭を持つ女神。
どちらも戦いと疫病に関わる。
どちらも夫が創造に関わる神。
違いは都市です。セクメトはメンフィス、メンヒトはエスナ。エジプトの神は、まず場所で区別します。
mnḥyt(メンヒト)
ヒエログリフの転写。「屠る女」「殺す女」と解される。
Λατόπολις(ラトポリス)
エスナのギリシャ語名。ナイルの魚の名にちなむとされる。
mnḥyt-nbt-tꜣ-snt(メンヒト・ネブト・タ・セネト)
「エスナの女主人メンヒト」。この女神の称号のひとつ。
メンヒトの物語
エスナの三柱 ─ 陶工の神の妻として
エジプト政府の記録によれば、エスナの神殿はナイルの西岸にあり、この町の神はクヌムです。神殿の場面には、
神官たちがクヌムの聖なる舟を担ぐ
様子が刻まれています。
クヌムは陶工の神です。
ロクロを回し、粘土をひねって人の体を作る。
その妻とされたのが、メンヒトです。子は魔力を司る神とされ、この三柱で組になります。
注目すべきは、組み合わせです。
人を作る神と、人を屠る女神が、夫婦になっている。
作ることと壊すことが、同じ家に置かれています。
同じ構造は、メンフィスにもあります。
世界を作ったプタハと、疫病を放つセクメト。
エジプトの都市の三柱神には、この型がしばしば現れます。
創造と破壊を、対で持たせる。
片方だけでは、成り立たないという考え方です。
エスナの神殿は、近年も修復と調査が続き、
壁と柱の彩色
が次々に明らかになっています。
南から来た神 ─ 外の神を受け入れる
メンヒトについては、南方に起源を持つとする見方があります。
ヌビア方面から、上エジプトへ入ってきた神。
根拠として挙げられるのは、
上エジプト南部に信仰が集中していること。
南方との結びつきを示す称号があること。
などです。
エジプトは、外から来た神を受け入れました。
ヌビアの神。西アジアの神。リビアの神。
新王国時代には、西アジア由来の女神が王家に祀られた例も知られています。
受け入れ方には、型があります。
既存の神と重ねる。あるいは、都市の三柱神に組み込む。
メンヒトの場合は後者でした。エスナのクヌムの妻という位置に入ります。
この柔軟さが、エジプトの神の数を増やしました。
都市ごとに神がいて、外からも入ってきて、それぞれが残る。
整理して減らすという発想がありません。
矛盾があっても、両方置いておく。
三千年のあいだ、この方針が変わりませんでした。エジプトの神が数えきれないほどいるのは、この結果です。
雌獅子の女神たち ─ 同じ型が並ぶ
エジプトには、雌獅子の女神が複数います。
セクメト。メンフィスの、疫病と医術の女神。
バステト。もとは雌獅子で、のちに猫になった女神。
テフヌト。湿気の女神で、雌獅子の姿をとる。
メンヒト。エスナの戦の女神。
パケト。中エジプトの、砂漠の雌獅子。
図像はよく似ています。頭が雌獅子で、日輪とウラエウスを戴く。 これだけでは見分けがつきません。
なぜ同じ型が並ぶのか。
理由は、都市ごとに神を立てたからです。
それぞれの町が、自分の守り神を持つ。
性格が似ていても、別の神として扱われます。
さらに、こうした女神は
「ラーの目」
という共通の枠でくくられました。太陽神の目が女神となって、敵を焼くという考え方です。
セクメト、ハトホル、バステト、ウアジェト、メンヒト。
いずれもこの枠に入ります。
一つの働きを、複数の神が分け持つ。 そして、どれも消しません。エジプトの神の数が多い理由が、ここにあります。
シンボル ─ 雌獅子の頭と、赤い衣
この女神を見分ける形は、限られています。
雌獅子の頭。日輪。ウラエウス。
これは他の雌獅子の女神と共通です。
決め手になるのは、場所と、共に描かれる神です。
エスナの神殿で、クヌムの隣にいれば、メンヒト。
メンフィスで、プタハの隣にいれば、セクメト。
エジプトの神は、まず場所で区別します。
色にも意味があります。この種の女神は、
赤い衣
をまとうことがあります。赤は、
血。砂漠。怒り。セトの色。
を表しました。危険な力の色です。
もうひとつ、上エジプトの白冠を戴く例も知られています。
南の女神であることを示す表現。
と読まれます。
この神には、神像がほとんど残っていません。
セクメトがカルナックに数百体の像を残したのとは対照的。
神殿の壁の浮き彫りのなかに探すことになります。エスナの修復が進むにつれ、姿が明らかになりつつあります。
メンヒトの家系図と家族
メンヒトの性格と人物像
メンヒトは、先に出る神です。
王の前を進み、敵を焼く。
守るのではなく、攻撃します。ウアジェトのウラエウスと同じ形の守りです。
注目すべきは、名がやわらげられていないことです。
屠る女。
エジプトの雌獅子の女神は、こうした直接的な名を持ちます。セクメトの「力ある女」も同じです。
そして、この神は夫と対になっています。
人を作るクヌムと、人を屠るメンヒト。
創造と破壊が、同じ家に置かれています。メンフィスのプタハとセクメトも同じ組み方です。片方だけでは成り立たないという考え方が、都市の三柱神には通っています。
もうひとつ、この神は外から来たとされます。
南から入ってきて、都市の三柱神に組み込まれた。
エジプトは外の神を排除しません。受け入れて、体系に組み込みます。 神の数が増え続けたのは、この方針の結果です。
メンヒトを祀った神殿と遺跡
メンヒトの聖地は、エスナに集中しています。
上エジプト南部の、限られた範囲。
全国へ広がった神ではありません。都市の三柱神の一柱として、その町にとどまりました。
エスナの神殿は、いまもっとも注目されている遺跡のひとつです。
煤に覆われていた天井の彩色が、修復によって次々に現れている。
この女神の姿も、作業が進むにつれて明らかになりつつあります。
まだ増えていく神です。エジプトの研究は終わっていません。
エスナ神殿(Temple of Esna)
メンヒト信仰の中心地
エジプト政府の記録は、この神殿をエスナの重要な神殿とし、ナイルの西岸にあると記しています。神殿の場面には、
神官たちがクヌムの聖なる舟を担ぐ
様子が刻まれています。クヌムがこの町の神です。
メンヒトは、その妻として祀られました。
人を作る神と、人を屠る女神の夫婦。
創造と破壊が、同じ家に置かれています。
この神殿は、現在も修復と調査が続いています。 長年の煤や汚れを取り除く作業によって、
天井と柱の彩色
が次々に明らかになりました。エジプト政府の発表でも、新たに判明した場面が繰り返し報じられています。
地面より低い位置にあり、列柱室が残るのが特徴です。
ルクソールとエドフのあいだ。市街地のなかにあり、階段で降りて入る。
エジプト博物館(タハリール)(The Egyptian Museum)
雌獅子の女神を見比べられる場所
メンヒト自身の像は、多く残っていません。
セクメトがカルナックに数百体の像を残したのとは対照的です。
この館を挙げるのは、雌獅子の女神を見比べるためです。
頭が雌獅子で、日輪とウラエウスを戴く。
この型の像が並びます。図像だけでは見分けがつきません。
銘文を読むか、出土地を確かめるしかない。
エジプトの神が、まず場所で区別されることを実感できる展示です。
カイロのこの館は中東でもっとも古い考古博物館とされます。近年は主要な収蔵品の一部が新しい館へ移されているため、
訪問前に、目当ての品がどちらにあるかを確かめる
必要があります。
カイロ中心部。展示替えが続いているため公式の案内を確認したい。
メンヒトが現代に残した痕跡
メンヒトの名は、エスナの神殿の彩色に残りました。
エスナの彩色: 長年の煤に覆われていた天井と柱の彩色が、修復によって次々に明らかになっている。この女神の姿も含まれる。
ラトポリス: エスナのギリシャ語名。ナイルの魚の名にちなむとされる。
雌獅子の女神という型: セクメト、バステト、テフヌト、パケトなど、同じ図像の女神が都市ごとに立てられた。
「ラーの目」の枠: 太陽神の目が女神となって敵を焼くという考え方。雌獅子の女神たちはいずれもこの枠に入る。
メンヒトが司るもの
戦勝
王の前を進み、敵を焼き払うとされた。
王の守護
王冠の額のウラエウスと同じ働きで、先に出て攻撃する形の守り。
疫病と癒し
雌獅子の女神に共通する性格。病を起こし、また止めるとされた。
町の守り
エスナの女主人として、この町の三柱神の一柱を担う。
メンヒトが登場するゲーム・アニメ
セクメトに吸収されて扱われます。
雌獅子の女神といえばセクメトで、同じ型の神が複数いることは、あまり知られていません。
しかし、
都市ごとに、似た性格の神を別に立てる。
というのがエジプトのやり方です。整理して減らすという発想がありません。神の数が多い理由が、この一柱から見えてきます。
メンヒトが登場するゲーム
メンヒトが登場するアニメ・漫画・映像
エスナ神殿の修復を伝える報道
彩色が明らかになるたびに、そこに描かれた神々として名が挙がります。
古代エジプト展
雌獅子の女神の像の解説のなかで、同型の神として触れられることがあります。
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メンヒトについてよくある質問
メンヒトは何の神様ですか。
雌獅子の頭を持つ戦の女神です。名は「屠る女」を意味し、王の前を進んで敵を焼き払うとされました。エスナの神殿で、クヌムの妻として祀られました。
セクメトとの違いは何ですか。
都市が違います。セクメトはメンフィスでプタハの妻、メンヒトはエスナでクヌムの妻です。図像はよく似ており、頭が雌獅子で日輪とウラエウスを戴く点は共通します。エジプトの神は、まず場所で区別します。
なぜ雌獅子の女神が何柱もいるのですか。
都市ごとに自分の守り神を立てたためです。性格が似ていても別の神として扱われ、どれも消されません。さらに、こうした女神は「ラーの目」という共通の枠でくくられました。
南から来た神というのは本当ですか。
そう見る説があります。上エジプト南部に信仰が集中していることや、南方との結びつきを示す称号が根拠に挙げられます。エジプトは外から来た神を排除せず、都市の三柱神に組み込む形で受け入れました。
クヌムとの組み合わせに意味はありますか。
あります。クヌムはロクロで人の体を作る神で、メンヒトは屠る女神です。作ることと壊すことが同じ家に置かれています。メンフィスのプタハとセクメトも同じ組み方で、都市の三柱神にはこの型がしばしば現れます。
この女神はどこで見られますか。
エスナ神殿です。長年の煤に覆われていた天井と柱の彩色が、修復によって次々に明らかになっており、この女神の姿も作業が進むにつれて分かってきています。まだ情報が増えていく神です。
メンヒトと併せて覚えたい言葉・用語
ウラエウス(jꜥrt/額のコブラ)
王冠の額に立つコブラ。敵に炎を吐いて王を守る。アトゥムが自分の目を額に置いたことが起源とされる。