原初の水に最初に咲いた青い蓮の神。世界で最初の朝の香りを司る。
ネフェルテムとは何の神様か
ネフェルテムのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では nfr-tm。日本語ではネフェルテム、ネフェルトゥムなどと表記されます。
名は二つの部分に分かれます。
nfr── 美しい、完全である。
tm── アトゥム、あるいは「完了する」。
そのため、
「完成したもの」
「若きアトゥム」
の二通りに解されます。アトゥムは原初の水から自ら生じた神ですから、
どちらの読みでも、創世の話に着地します。
前半の nfr は、エジプトでもっとも使われた語の一つです。
ネフェルティティ(美しき者が来た)
ネフェルタリ
ウンネフェル(オシリスの称号)
同じ語が、王妃の名にも神の称号にも入っています。
nfr-tm(ネフェルテム)
ヒエログリフの転写。「完成したもの」「若きアトゥム」などと解される。
ネフェルトゥム(ネフェルトゥム)
日本語での別表記。ネフェルテムのほうが一般的。
nfr(ネフェル(美・完全))
名の前半。この語はネフェルティティ、ネフェルタリなど王妃の名にも使われる。
ネフェルテムの物語
最初の蓮 ─ 花から太陽が生まれる
エジプトの創世の話は、都市ごとに違います。
ヘリオポリスではアトゥムが自ら生じ、メンフィスではプタハが言葉で世界を作りました。
そのなかに、花から始まる話があります。
何もない原初の水ヌン?に、一輪の蓮が浮かんだ。
花が開くと、中から幼い太陽が現れた。
この蓮そのものが、ネフェルテムです。
神が花を持っているのではなく、神が花である。
なぜ蓮なのか。観察に根拠があります。
エジプトの青い蓮は、朝に開き、夕に閉じて水に沈む。
毎日、太陽とまったく同じ動きをします。
花が開くと日が昇り、花が閉じると日が沈む。
見たままを、そのまま創世の筋にしています。
死者の書?には、
「私は蓮となって現れる」
という意味の呪文があり、死者が花となって再び日を見る、という形で使われました。
香りの神 ─ 匂いが神になる
ネフェルテムは、香りの神です。
理屈は一本につながっています。
世界が始まった瞬間、そこには蓮の花の匂いがあった。
つまり、
蓮の香り=創造の香り。
この神は「ラーの鼻先の蓮」とも呼ばれました。
最高神が、絶えず嗅いでいる花。
エジプトでは、香料は神殿の実務でした。
神像に軟膏を塗り、香を焚く。
毎日の儀式に欠かせません。キフィと呼ばれる練り香が有名で、
蜜、葡萄酒、樹脂、香草
を練り合わせて作られました。処方を刻んだ神殿の壁が残っています。
香りが神になるという発想は、他の神話にはあまり見られません。
目に見えず、形もなく、しかし確かにそこにある。
エジプト人は、それを神として扱いました。
宴の場面で客が頭に円錐形のものを載せている図がよく描かれますが、これも香りと結びつけて説明されてきました。実際に何であったかは、議論が続いています。
メンフィス三柱神 ─ 創造・破壊・再生
エジプトの都市は、三柱一組で神を祀ることが多くありました。
メンフィスでは、
プタハ(父)、セクメト(母)、ネフェルテム(子)。
テーベの、
アメン、ムート、コンス
とまったく同じ形です。
この三柱が優れているのは、役割がきれいに並ぶことです。
プタハ── 言葉で世界を作る。創造。
セクメト── 人を殺し尽くしかける。破壊。
ネフェルテム── 花が開き、朝が来る。再生。
作り、壊し、また始まる。
三柱で一つの循環になっています。
ラメセス3世の時代の、
三柱が並んで座る像
をはじめ、この組み合わせの彫刻が複数残っています。
伝えが分かれる点もあります。
母をバステトとする伝えもある。
セクメトとバステトは同じ女神の二面として扱われるため、どちらでも矛盾しない、という扱いになります。
ツタンカーメンの蓮の頭像
この神を語るとき、必ず挙がる一点があります。
蓮の花から顔を出す、少年王の頭像。
ツタンカー?メンの墓から出土した木製の像です。
開いた蓮の花の中央から、
幼い王の頭が、まっすぐ立ち上がっている。
意味は明快です。
王を、この神になぞらえている。
つまり、
花から生まれる太陽=生まれ直す王。
墓に納める像として、これ以上ふさわしい形はありません。
発見時、この像は墓の入口近くの通路に置かれていたとされ、
なぜそこにあったのか
は、はっきりしていません。
作りは簡素です。木に漆喰を塗り、彩色しただけで、黄金でも宝石でもありません。
それでいて、ツタンカーメン展の代表作として繰り返し使われます。
姿の強さが、材料の豪華さを上回っている例です。
ツタンカーメンの遺物は、現在大エジプト博物館に移されています。
なぜ物語が伝わっていないのか
ネフェルテムには、筋のある物語がほとんどありません。
誰かと戦わず、旅もせず、殺されもしない。
名前と、姿と、役目だけが残っています。
理由は二つ挙げられます。
一つ。この神が概念だからです。
「最初の朝」「創造の香り」
これらは出来事ではなく、状態です。状態には、筋がありません。
二つ。メンフィスの資料が失われているからです。
メンフィスは三千年にわたる大都市でしたが、
現在の遺跡は、ほとんど残っていません。
石材は後世の建築に運ばれ、ナイルの泥に埋もれました。
都市の規模に対して、出土する文書が極端に少ない。
プタハについても、体系だった神話は断片でしか読めません。
つまり、
語られなかったのではなく、伝わらなかった可能性がある。
記録が少ないことと、信仰が小さかったことは、別のことです。 護符や像の出土数は、決して少なくありません。
ネフェルテムの家系図と家族
ネフェルテムの性格と人物像
ネフェルテムは、穏やかな神です。
エジプトの神は、たいてい何かと戦います。
ラーは大蛇と、ホルスはセトと、セクメトは人類と。
この神は、何とも戦いません。
ただ、朝になると花が開く。
それだけです。
注目すべきは、両親との落差です。
父プタハは、言葉で世界を作る創造神。
母セクメトは、人類を滅ぼしかけた獅子の女神。
その子が、花の香りの神です。
重い二柱のあとに、軽やかな一柱が置かれています。
作って、壊して、そのあとに、いい匂いのする朝が来る。
この並びは、意図して作られたものと考えられます。
そしてこの神は、目に見えないものを神にしています。
香り。
形も重さもなく、絵にも描けません。それでも、
確かにそこにあると分かるもの。
エジプト人は、それを神として扱いました。マアト(秩序)やヘカ(呪力)と同じ発想です。
見えないものに、名前と姿を与える。
この神は、その最も感覚的な例です。
ネフェルテムを祀った神殿と遺跡
ネフェルテム専用の大神殿は、ほとんど知られていません。
この神は、
プタハの神殿のなかで、三柱の一柱として祀られる
のが基本でした。
中心はメンフィスですが、その遺跡が壊滅的に失われています。
石材は運び去られ、ナイルの泥に埋もれた。
そのため実物を見るには、
博物館の彫像と護符
に頼ることになります。蓮を頭に戴いた小像は各地の博物館にあり、数は少なくありません。
メンフィス(ミト・ラヒーナ)(Memphis / Mit Rahina)
メンフィス三柱神が祀られた古都
メンフィス(ミト・ラヒーナ)の住所: エジプト ギザ県 ミト・ラヒーナ
メンフィス(ミト・ラヒーナ)の祀られた神: プタハ・セクメト・ネフェルテム
メンフィス(ミト・ラヒーナ)に残るもの: プタハ神殿址・ラメセス2世の横臥像・アラバスターのスフィンクス
エジプト最初の首都とされる都市です。プタハの大神殿があり、この三柱が祀られました。
ただし、
都市の規模に対して、遺跡はほとんど残っていません。
石材は後世の建築に運ばれ、ナイルの泥に埋もれました。
現在見られるのは、
巨大なラメセス2世の横臥像(屋内に展示)
アラバスター製のスフィンクス
野外に散在する石材
といった程度です。かつてエジプト最大級の都市だったとは、現地の印象からは想像しにくい場所です。
サッカラのピラミッド群と同じ日に回ることが多く、合わせて世界遺産に登録されています。
カイロ南方約25km。サッカラと組み合わせて訪ねるのが一般的。
大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)
ツタンカーメンの蓮の頭像を収蔵
大エジプト博物館の住所: エジプト ギザ県 大エジプト博物館
大エジプト博物館の祀られた神: ネフェルテム(ツタンカーメン像として)
大エジプト博物館に残るもの: 蓮の花から顔を出す少年王の頭像
ツタンカーメンの遺物がまとめて収蔵されています。
そのなかに、
蓮の花から顔を出す、少年王の木製頭像
があります。王をネフェルテムになぞらえた像です。
花から生まれる太陽=生まれ直す王。
作りは簡素で、木に漆喰を塗って彩色しただけです。黄金でも宝石でもありません。
それでも、ツタンカーメン展の代表作として繰り返し使われてきました。
発見時は墓の入口近くの通路に置かれていたとされますが、その理由は分かっていません。
ギザのピラミッドを望む位置にあり、見学には半日以上を見ておくのが無難です。
ギザのピラミッド地区の近く。
ネフェルテムが現代に残した痕跡
ネフェルテムの姿は、蓮という一つの形として残りました。
ツタンカーメンの蓮の頭像: 蓮の花から顔を出す少年王の木製像。王をこの神になぞらえた。ツタンカーメン展の代表作として繰り返し使われる。
青い蓮の意匠: 朝に開き夕に閉じて沈む花。太陽と同じ動きをすることから創世の話に組み込まれた。エジプト美術の装飾に大量に用いられる。
キフィ(練り香): 神殿で焚かれた香。蜜、葡萄酒、樹脂、香草を練り合わせて作る。処方を刻んだ神殿の壁が残る。
メンフィス三柱神の像: プタハ・セクメト・ネフェルテムが並んで座る形式の彫刻。創造・破壊・再生の循環を一組で表す。
ネフェルテムが司るもの
再生・生まれ直し
毎朝、蓮が開いて太陽が生まれる。死者が花となって現れるという呪文が死者の書にある。
香り・香料
「ラーの鼻先の蓮」と呼ばれた。神殿の香料と軟膏を司る。
美・若さ
名の前半 nfr は「美しい」「完全である」を意味する。
癒し
母セクメトが医術と結びつくため、この神も治癒に関わるとされた。
ネフェルテムが登場するゲーム・アニメ
名前より先に、像のほうが知られている神です。
蓮から顔を出す少年王の像は見たことがあるが、その神の名は知らない。
という形が大半です。
原典で重要なのは、
香りという、目に見えないものを神にしている
点です。他の神話にはあまり見られない発想ですが、創作で扱われることはほとんどありません。
ネフェルテムが登場するアニメ・漫画・映像
ツタンカーメン展
蓮の頭像は、展覧会の看板になることが多い一点です。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
ネフェルテムについてよくある質問
ネフェルテムは何の神様ですか。
原初の水に最初に咲いた青い蓮の神です。その花から太陽が生まれたとされ、世界で最初の朝を表します。蓮の香りから、香料と軟膏の神でもあります。
なぜ蓮の神なのですか。
エジプトの青い蓮は朝に開き、夕に閉じて水に沈みます。太陽とまったく同じ動きをするため、花が開いて太陽が生まれるという創世の筋になりました。
メンフィス三柱神とは何ですか。
プタハ(父)、セクメト(母)、ネフェルテム(子)の三柱です。創造、破壊、再生がきれいに並び、三柱で一つの循環になります。テーベのアメン・ムート・コンスと同じ形式です。
母はセクメトですか、バステトですか。
伝えが分かれます。セクメトとバステトは同じ女神の荒ぶる面と穏やかな面として扱われるため、どちらでも矛盾しないという扱いになります。
ツタンカーメンの蓮の頭像はこの神ですか。
王をこの神になぞらえた像です。蓮から生まれる太陽と、生まれ直す王を重ねています。現在はツタンカーメンの遺物とともに大エジプト博物館にあります。
ネフェルテムの神話が少ないのはなぜですか。
二つの理由が考えられます。この神が出来事ではなく状態を表す概念であること、そして中心地メンフィスの遺跡と文書が失われていることです。信仰が小さかったわけではありません。
ネフェルテムと併せて覚えたい言葉・用語
ヌン(Nun/原初の水)
世界が始まる前からある、暗く動かない水。ここから原初の丘が現れて創造が始まり、世界が終わるときはすべてここへ戻る。
死者の書(ししゃのしょ)
正しくは「日のもとに出現するための書」。冥界を通るための呪文集で、パピルスに書いてミイラとともに納めた。名前の欄を空けた既製品が売られており、購入者の名を書き入れて使った。
カー(kꜣ/生命力)
人と一緒に生まれ、死後も供物を受け取る生命力。クヌムがろくろで人を作るとき、肉体とカーの二体を同時に形作った。