アメンの女性形。妻の座を譲ったあとも、像と碑文が残された女神。
アマウネトとは何の神様か
アマウネトはひとことで言えば先代の妻です。
アメンの女性形にあたる女神で、名もアメンの名を女性形にしたものです。
アメンの名は「隠されたもの」を意味します。したがってこの女神の名も、同じ意味を持ちます。
隠された男と、隠された女。
ヘルモポリス八柱神の一組として数えられます。八柱は四組の男女の対でできており、その一組がこの二柱です。
テーベでは、古くこの女神がアメンの配偶者でした。
ところが新王国の初めに、その座はムートへ移ります。神の妻が入れ替わるという、エジプトらしい交代です。
注目すべきは、消されなかったことです。
カルナックには、この女神の像と碑文がそのまま残されました。
王の戴冠の儀礼では、王を守る役目を担い続けます。
アマウネトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では jmnt。日本語ではアマウネト、アマウネット、アムネトと表記が揺れます。
作りは単純です。
アメンの名 jmn に、女性を表す語尾がついたもの。
男性の神の名を女性形にして、対の神を立てるという型です。
同じ作りの神が、エジプトには複数います。
ヌンに対して、ナウネト。
インプウ(アヌビス)に対して、インプウト(アンプト)。
いずれも、体系のなかで対を作るために立てられました。
もうひとつ注意したいのが、似た名前です。
アメンテト。
こちらは「西方」を意味し、西の墓域を擬人化した女神です。名前は似ていますが、別の神です。
信仰の中心地ヘルモポリスは、エジプト語で「八の町」を意味します。八柱神の名が、そのまま地名になりました。
jmnt(アマウネト)
ヒエログリフの転写。アメンの名の女性形で、同じく「隠されたもの」を意味する。
jmn(アメン)
この女神と対をなす男性の神。テーベの主神となり、のちにアメン=ラーとして国家神になった。
ḫmnw(ケムエヌ)
「八の町」。ヘルモポリスのエジプト語名で、八柱神の信仰の中心地。
アマウネトの物語
八柱神の一組 ─ 男女の対でできた世界
エジプトの創造の物語は、都市ごとに違います。
ヘルモポリスの伝えは、独特です。
世界が始まる前、八柱の神がいた。
この八柱は、四組の男女の対でできています。
水の対。無限の対。暗闇の対。隠されたものの対。
それぞれ、男神と女神が一組になります。名も、
男神の名に、女性の語尾をつけただけ。
です。対であること自体が、この体系の中身です。
アマウネトは、隠されたものの対の女神側にあたります。相手がアメンです。
八柱の姿も決まっています。
男神は蛙の頭。女神は蛇の頭。
泥のなかにいる生きものです。
世界が始まる前の、水と泥の状態。
を表しています。
この八柱が力を合わせて、
最初の丘を盛り上げ、そこから太陽が生まれた。
とされます。単独の創造神ではなく、集団で世界を始めたという筋書きです。ヘリオポリスやメンフィスとは、まったく違う考え方でした。
妻の座を譲る ─ 消されずに残る
テーベでは、古くアマウネトがアメンの配偶者でした。
ところが新王国の初めに、その座はムートへ移ります。
テーベ三柱神は、アメンとムートとコンス。
この形が定着しました。
注目すべきは、アマウネトが消されなかったことです。
カルナックには、この女神の像が置かれ、碑文が残された。
王がわざわざ像を作り直した記録も知られています。
エジプトの神の入れ替わりには、型があります。
戦って倒すのではない。都が変わり、王家が変わり、支持する神が変わる。
古い神は消されず、役割を狭めて残る。
テーベでモンチュがアメンに主神の座を譲ったのと、同じ構図です。
アマウネトに残されたのは、王の儀礼でした。
戴冠の場で、王を守る。
古い神ほど、儀礼のなかに残ります。形式は、信仰より長く続くためです。
積極的に削られたセトのような例のほうが、エジプトでは例外にあたります。
なぜ記録が少ないのか ─ 対のために作られた神
アマウネトについて残っているものは、多くありません。
独自の物語がない。神殿がない。祭の記録も乏しい。
理由は、この神の作られ方にあります。
第一に、男性の神の名を女性形にして立てられた神だからです。
もとから独自の筋書きを持って生まれたのではない。
体系のなかで対を作るために置かれました。語るべき物語が、最初からありません。
第二に、相手が強すぎたからです。
アメンは、テーベの主神から国家神アメン=ラーへ。
エジプトでもっとも巨大な神殿を持つ神になりました。その陰に入ります。
第三に、座を譲ったからです。
新王国以降の記録は、ムートの名で残る。
新しい時代の資料ほど、この女神の出番が減ります。
それでも、名前は消えませんでした。
カルナックに像が残り、王の儀礼に名が残った。
記録の少なさは、どういう作られ方の神なのかを示しています。エジプトの神を数えるとき、この型の神は決して少なくありません。
シンボル ─ 赤冠と、蛇の頭
この女神の姿は、二通りあります。
一つめが、赤冠をかぶった女性です。
下エジプトの冠を戴く。手に笏を持つ。
テーベの女神が下エジプトの冠をかぶるのは、やや不思議に見えます。古い時代の名残と考えられています。
二つめが、蛇の頭です。
ヘルモポリス八柱神としての姿。
八柱の女神は、いずれも蛇の頭で描かれます。男神は蛇ではなく蛙です。
泥のなかの生きものが、世界の始まりを表す。
という考え方によります。
図像の見分けで注意したいのは、ムートとの違いです。
ムートは、ハゲワシの冠の上に、上下エジプトの二重冠。
アマウネトは、赤冠。
同じ位置にいた二柱が、違う冠をかぶっています。
カルナックを歩くとき、アメンの隣にいる女神の冠を見てください。
二重冠ならムート、赤冠ならアマウネト。
入れ替わりの痕跡が、そこに残っています。
アマウネトの家系図と家族
アマウネトの妻・夫: アメン夫婦(八柱神の一組)
アマウネトの性格と人物像
アマウネトは、対であるための神です。
アメンの名を女性形にしただけの名前。同じ意味、同じ役割。
独自の物語を持ちません。
注目すべきは、座を譲ったあとも残ったことです。
カルナックに像が置かれ、王の戴冠の儀礼に名が残った。
エジプトは、古い神を消しません。役割を狭めて残します。 モンチュがアメンに譲ったのと同じです。
そして、この神はヘルモポリスの八柱神でもあります。
世界が始まる前の、水と泥の状態。
蛇の頭で描かれ、対の相手と組になって、集団で世界を始めました。単独の創造神ではありません。
記録の少なさも、この神の性格です。
対を作るために立てられた神は、語るべき筋書きを持たない。
それでも三千年、名前は残りました。形式は、信仰より長く続きます。
アマウネトを祀った神殿と遺跡
アマウネト単独の神殿は、知られていません。
アメンの神殿のなかに、この女神の場所があった。
という形です。対として立てられた神は、相手の神殿に同居します。
そのため、この女神を訪ねるならカルナックになります。
新しい妻ムートの広大な神域と、古い妻アマウネトの像が、同じ敷地にある。
この並びが、この女神のすべてを語っています。
また、ヘルモポリス八柱神としての姿は、中エジプトの遺跡に関わりますが、まとまった建物としては残っていません。
カルナック神殿群(Karnak)
この女神の像と碑文が残された場所
カルナック神殿群の住所: エジプト ルクソール(テーベ東岸)
カルナック神殿群の祀られた神: アメン・ムート・コンス・モンチュ
カルナック神殿群に残るもの: 大列柱室・オベリスク・聖池・複数の区画
エジプト政府の遺跡案内は、カルナックを
テーベ(現在のルクソール)の東岸にあり、多くの神殿と礼拝堂が集まる場所
と記し、屋根のない博物館と呼んでいます。
アマウネトにとって重要なのは、妻の座を譲ったあとも、ここに像と碑文が残されたことです。
王がわざわざ像を作り直した記録も知られています。
カルナックは、区画ごとに神が分かれています。
中央がアメン。南がムート。北がモンチュ。
ムートの神域は、アマウネトから座を引き継いだ女神のものです。
新しい妻の広大な神域と、古い妻の像が、同じ敷地に並んでいます。 入れ替わりの痕跡が、そのまま残っている場所です。
ルクソール市内。広大なため半日以上をみておきたい。
ルクソール神殿(Luxor Temple)
王の儀礼が行われた神殿
エジプト政府の案内は、この神殿を
古代テーベ、すなわち現在のルクソールの内部にあることから、南の聖所と呼ばれた
と記しています。カルナックとのあいだは、スフィンクスの並ぶ参道でつながれていました。
この神殿は、王の力を新たにする祭の舞台でした。
年に一度、アメンの神像がカルナックからここへ運ばれる。
アマウネトが担い続けたのは、王の儀礼における守りです。
戴冠の場で、王を守る。
主神の座を離れたあとも、古い神ほど儀礼のなかに残ります。 形式は、信仰より長く続くためです。
浮き彫りには、儀礼の手順が細かく刻まれています。
ルクソール市内中心部。夜間の照明時の見学も行われている。
アマウネトが現代に残した痕跡
アマウネトの名は、カルナックの像と、王の儀礼に残りました。
カルナックの像: 妻の座をムートに譲ったあとも残された像と碑文。王が作り直した記録も知られる。
ヘルモポリス八柱神: 四組の男女の対でできた、世界が始まる前の八柱。男神は蛙の頭、女神は蛇の頭で描かれる。
女性形の神という作り方: ヌンに対するナウネト、アヌビスに対するアンプトと同じ型。体系のなかで対を作るために立てられた。
赤冠: この女神が戴く下エジプトの冠。テーベの女神としては不思議に見えるが、古い時代の名残と考えられている。
アマウネトが司るもの
王の守護
妻の座を譲ったあとも、王の戴冠の儀礼で王を守る役目を担い続けた。
創造
ヘルモポリス八柱神の一柱として、集団で最初の丘を盛り上げたとされる。
隠されたもの
アメンと同じく、名は「隠されたもの」を意味する。目に見えない力を表す。
対をなすこと
エジプトの神は対になることを好む。その体系を成り立たせる位置にいる。
アマウネトが登場するゲーム・アニメ
ほぼ知られていません。
テーベの女神といえばムートで、その前に別の女神がいたことは、まず触れられません。
しかし、
神の妻が入れ替わり、それでも古い神が消されない。
という扱いは、エジプトの神の体系を理解するうえで重要です。カルナックで二柱が同じ敷地に並んでいることが、その証拠になっています。
アマウネトが登場するゲーム
アマウネトが登場するアニメ・漫画・映像
古代エジプト展
ヘルモポリス八柱神の解説のなかで、名が挙がることがあります。
エジプトの創造神話を扱った書籍
都市ごとに異なる創造の物語を並べる文脈で、この女神が引かれます。
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アマウネトについてよくある質問
アマウネトは何の神様ですか。
アメンの女性形にあたる女神です。名も同じく「隠されたもの」を意味します。ヘルモポリス八柱神の一柱であり、テーベでは古くアメンの配偶者でした。
ムートとの関係は何ですか。
新王国の初めに、アメンの妻の座をムートへ譲りました。ただし消されたわけではなく、カルナックには像と碑文が残されています。王がわざわざ像を作り直した記録も知られています。
ヘルモポリス八柱神とは何ですか。
世界が始まる前にいたとされる八柱で、四組の男女の対でできています。水の対、無限の対、暗闇の対、隠されたものの対です。男神は蛙の頭、女神は蛇の頭で描かれ、集団で最初の丘を盛り上げたとされます。
なぜ記録が少ないのですか。
対を作るために立てられた神で、もとから独自の物語を持たないためです。加えて、相手のアメンが国家神になるほど強大だったこと、新王国以降の記録がムートの名で残ることも理由になります。
ムートと図像で見分けられますか。
冠で見分けます。ムートはハゲワシの冠の上に上下エジプトの二重冠を戴き、アマウネトは赤冠をかぶります。カルナックでアメンの隣にいる女神の冠を見ると、入れ替わりの痕跡が確認できます。
アメンテトと同じ神ですか。
別の神です。アメンテトは「西方」を意味し、西の墓域を擬人化した女神です。名前は似ていますが、由来も役目も異なります。