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エジプト神話

ネベトヘテペトとは何の神様か|家系図・物語・祀った神殿

nbt-ḥtpt  / ネベトヘテペト

大地 ヘリオポリス九柱神

創造神の「手」から立てられた女神。理屈を埋めるために作られた。

ネベトヘテペトとは何の神様か

ネベトヘテペトはひとことで言えば理屈から生まれた神です。

名は「満ち足りたるものの女主人」あるいは「捧げ物の女主人」と解されます。ヘリオポリスの女神です。

この神が生まれた事情が、他に例を見ません。

ヘリオポリスの創造の物語では、アトゥムが配偶者なしに最初の神々を生みます。

自らの手で、シューテフヌトを生んだ。

と記されます。

すると、理屈のうえで問題が起きます。

相手役は、誰なのか。

そこで、その「手」を女神として立てたのがこの神です。

創造神の手が、配偶者の位置に置かれました。

同じ働きを持つ女神が、別の名でも立てられています。ハトホルとも重ねられました。

この神には、独自の物語がほとんどありません。体系の穴を埋めるために作られた神です。

ネベトヘテペトのヒエログリフの表記と読み方

エジプト語では nbt-ḥtpt。日本語ではネベトヘテペトネベト・ヘテペトネブトヘテペトと表記が揺れます。

名は二語からできています。

ネベト(女主人)+ ヘテペト(満足・捧げ物)。

ヘテプという語は、エジプトでよく使われます。

満足する。安らぐ。捧げ物を受ける。

王名のメンチュヘテプモンチュは満足する)や、供物の定型句にも入っています。神が捧げ物を受けて満足する、という状態を表す語です。

この女神には、もうひとつの呼び方があります。

アトゥムの手。

創造神が自らの手で子を生んだという記述から、その手を女神としたものです。

同じ働きを担う女神として、イウサアセトという名も伝わります。一つの理屈の穴に、複数の神が用意されました。

nbt-ḥtpt(ネベト・ヘテペト)

ヒエログリフの転写。「満ち足りたるものの女主人」「捧げ物の女主人」と解される。

ḏrt-jtm(ジェレト・アトゥム)

「アトゥムの手」。この女神の位置を説明する語で、創造の相手役を意味する。

jwsꜥꜣst(イウサアセト)

同じ働きを担うとされる、ヘリオポリスのもう一柱の女神。並べて語られる。

ネベトヘテペトの物語

  1. アトゥムの手 ─ 理屈の穴を埋める
  2. ハトホルと重なる ─ 吸収されていく小さな神
  3. なぜ記録が少ないのか ─ 神学が作った神
  4. シンボル ─ 手という記号

アトゥムの手 ─ 理屈の穴を埋める

ヘリオポリスの創造の物語は、独りで始まります。

原初の水ヌンから、アトゥムが自ら生じた。
そして、配偶者なしに、シューとテフヌトを生んだ。

ピラミッド・テキストは、その生み方を具体的に記します。

唾を吐いた、とも、自らの手で、とも。

ここで、理屈のうえの問題が起きます。

エジプトの神は、対になることを好みます。

ヘルモポリスの八柱神は、四組の男女の対。
都市の神は、父母子の三柱。
独りで生む神は、体系のなかで座りが悪い。

そこで、その「手」を女神として立てました。

創造神の手が、配偶者の位置に入る。

これがネベトヘテペトです。

驚くべきことに、同じ位置に別の女神も用意されました。 イウサアセトという名で伝わります。

一つの穴に、複数の答えが並んでいる。

エジプトは、答えを一つに絞りません。 矛盾したまま両方を置きます。この女神は、その考え方が生んだ存在です。

ハトホルと重なる ─ 吸収されていく小さな神

ネベトヘテペトは、やがてハトホルと重ねられます。

ハトホルは、

愛、音楽、喜び、そして死者を迎える

広い性格を持つ女神です。ヘリオポリスでも祀られました。

重なった理由は、いくつか考えられます。

どちらも女性的な創造の力に関わる。
どちらも喜びと満足に結びつく。
ハトホルが各地の女神を吸収する傾向を持っていた。

エジプトでは、大きな神が小さな神を取り込みます。

同じことが、あちこちで起きました。

ソプデトイシスに吸収される。
サフオシリスに重ねられる。
セクメトとハトホルとバステトが、一柱の別の面として整理される。

吸収されると、独立した記録が減っていきます。

その神の名で語られていたことが、大きな神の名で語られるようになる。

ネベトヘテペトの資料が乏しい理由の一つが、ここにあります。

物語のない神は、物語のある神に混ざります。 エジプトの神の数が多いのに、名前だけの神が並ぶのは、この過程の結果です。

なぜ記録が少ないのか ─ 神学が作った神

この女神について残っているものは、きわめて少ないのです。

神殿がない。祭の記録が乏しい。物語がない。

理由は明確です。

第一に、神官の理屈から生まれた神だからです。

エジプトの神の多くは、

特定の町の守り神として始まり、人々が祈り、神殿が建った。

下から積み上がっています。

この女神は逆です。

神学の体系に穴があったので、上から埋めるために作られた。

祈る人が先にいたのではありません。

第二に、ハトホルに吸収されたからです。大きな神の一面として整理されると、独立した記録が残りません。

第三に、ヘリオポリスが残っていないからです。

かつてのエジプト神学の中心地は、いまカイロの市街地の下。

遺構がほとんどありません。

それでも、名前は伝わりました。

創造の理屈を成り立たせるために、この女神が必要だった。

記録の少なさが、エジプトの神学がどう作られたかを教えてくれます。信仰と神学は、同じものではありませんでした。

シンボル ─ 手という記号

この女神を示す形は、ごく限られています。

姿としては、

ハトホルと似た、牝牛の角と日輪を戴く女性。

で描かれます。つまり、独自の図像をほとんど持ちません。

かわりに、この神を理解する鍵になるのがです。

エジプトの文字で、

手の記号は、そのまま「手」を意味する語を書く。

そして、この語は女性名詞でした。

手を表す語が、文法上、女性である。

この一点が、手を女神とする発想の土台になったと考えられています。

言葉の性が、神の性を決めた。

エジプトの神学には、こうした言語に根ざした理屈がしばしば現れます。

名が存在を作る。書かれたものは、ある。

という考え方と、同じ根から出ています。

この女神は、言葉の仕組みから生まれた神といえます。動物でも、天体でも、地形でもありません。

文法が、神を一柱作りました。 他の神話では、あまり見られない作られ方です。

ネベトヘテペトの家系図と家族

ネベトヘテペトのきょうだい: アマウネトともに体系の対を作るために立てられた女神

ネベトヘテペトの妻・夫: アトゥム独りで生んだ創造の相手役として置かれる

ネベトヘテペトの子・子孫: シューアトゥムの手として生み出すテフヌトアトゥムの手として生み出す

ネベトヘテペトの性格と人物像

ネベトヘテペトは、作られた神です。

祈る人が先にいたのではない。神学の穴を埋めるために置かれた。

エジプトの神の多くが下から積み上がったのに対し、この神は上から作られました。

注目すべきは、同じ穴に複数の神が用意されたことです。

ネベトヘテペトと、イウサアセト。

エジプトは答えを一つに絞りません。矛盾したまま、両方を置きます。

そして、この神は言葉から生まれました。

手を表す語が、文法上、女性だった。

それだけの理由で、創造神の手が女神になります。文法が神を作りました。

記録の少なさも、この神の性格そのものです。

物語がない。神殿がない。やがてハトホルに吸収される。

それでも名前は伝わりました。エジプトの神学が、どう組み立てられたかを知るには、これ以上ない一柱です。信仰と神学は、同じものではありませんでした。

ネベトヘテペトを祀った神殿と遺跡

ネベトヘテペトの神殿は、知られていません。

神学から作られた神に、独立した聖地はできませんでした。

そのうえ、中心地ヘリオポリスそのものが、ほとんど残っていません。

エジプト政府の案内も、この町について

古代の町や神殿は、ほとんど保存されていない

と記しています。かつてエジプト神学の中心だった場所が、いまはカイロの市街地の下です。

立っているのは、オベリスク一本

九柱神の体系が作られた場所に、石が一本だけ残っている。

この女神を訪ねるとは、そういう場所へ行くことになります。

ヘリオポリス(アイン・シャムス)(Heliopolis / Ayn Shams)

エジプト神学の中心地

地図で開く

ヘリオポリス(アイン・シャムス)の住所: エジプト カイロ

ヘリオポリス(アイン・シャムス)の祀られた神: ラー・アトゥム・九柱神

ヘリオポリス(アイン・シャムス)に残るもの: センウセレト1世のオベリスク

エジプト政府の遺跡案内によれば、この地は古代エジプト語でイウヌと呼ばれ、現在の地名アイン・シャムスは「太陽の目」を意味します。ギリシャ人が太陽の神の名にちなんでヘリオポリスと呼びました。

案内は、この町を

世界でもっとも古い都のひとつ

としたうえで、

古代の町や神殿は、ほとんど保存されていない

と記しています。いまも発掘が続いている場所です。

立っているのは、

第12王朝、センウセレト1世のオベリスク。

ネベトヘテペトは、この町の神学から生まれた女神です。

九柱神の体系が作られた場所であり、その理屈の穴を埋めるために立てられました。

カイロ市内。マタリーヤ周辺で、遺構は市街地に囲まれている。

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カイロの現地ツアーや入場券を探せます。

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エジプト博物館(タハリール)(The Egyptian Museum)

ヘリオポリスの出土品が収められた場所

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エジプト博物館(タハリール)の住所: エジプト カイロ

エジプト博物館(タハリール)の祀られた神: アトゥム・ラー・ネベトヘテペト

エジプト博物館(タハリール)に残るもの: 浮き彫り・小像・碑文

ヘリオポリスの遺構がほとんど残らないため、この町の神々を知る手がかりは、出土品に移っています。

この女神は独自の図像をほとんど持ちません。

ハトホルと似た、牝牛の角と日輪を戴く女性。

として描かれるため、銘文を読まないと見分けがつきません。

図像ではなく、名前で識別する神。

という扱いになります。

カイロのこの館は中東でもっとも古い考古博物館とされ、ファラオ時代の収蔵品の規模は世界最大級です。近年は主要な収蔵品の一部が新しい館へ移されているため、

訪問前に、目当ての品がどちらにあるかを確かめる

必要があります。

カイロ中心部。展示替えが続いているため公式の案内を確認したい。

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ネベトヘテペトが現代に残した痕跡

ネベトヘテペトの名は、創造の理屈のなかに残りました。

「アトゥムの手」という表現: 創造神が独りで子を生んだという記述の、相手役を説明する語。この女神の位置を示す。

イウサアセト: 同じ働きを担うとされる、もう一柱の女神。一つの理屈の穴に、複数の神が用意された。

手を表す語の性: エジプト語で「手」は女性名詞。この文法上の性が、手を女神とする発想の土台になったと考えられている。

ヘテプという語: 満足・安らぎ・捧げ物を意味する語。王名メンチュヘテプや供物の定型句にも入っている。

ネベトヘテペトが司るもの

創造

アトゥムが独りで子を生んだとき、その相手役の位置に置かれた女神。

捧げ物

名は「捧げ物の女主人」とも解される。神が供物を受けて満足する状態を表す。

女性的な力

ハトホルと重ねられ、喜びと満足に結びつく性格を持つ。

体系を整える

対をなすことを好むエジプトの神の体系で、その穴を埋める位置にいる。

ネベトヘテペトが登場するゲーム・アニメ

まったく知られていません。

エジプトの神のなかでも、もっとも資料の少ない部類です。

しかし、文法上の性が神を一柱作ったという事実は、他の神話ではあまり見られません。

名が存在を作る。書かれたものは、ある。

というエジプトの考え方が、極端な形で現れています。神学がどう組み立てられたかを知るには、格好の一柱です。

ネベトヘテペトが登場するゲーム

女神転生シリーズ

登場することはほとんどありません。

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Assassin's Creed オリジンズ

ヘリオポリスの信仰を扱う要素が背景に置かれています。

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ネベトヘテペトが登場するアニメ・漫画・映像

古代エジプト展

九柱神の解説のなかで、名が挙がることがあります。

エジプトの創造神話を扱った書籍

アトゥムが独りで子を生んだという記述の説明で、この女神が引かれます。

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ネベトヘテペトについてよくある質問

ネベトヘテペトは何の神様ですか。

ヘリオポリスの女神で、名は「満ち足りたるものの女主人」「捧げ物の女主人」と解されます。創造神アトゥムが独りで子を生んだとき、その相手役の位置に置かれた神です。

「アトゥムの手」とはどういう意味ですか。

ヘリオポリスの創造の物語では、アトゥムが配偶者なしに自らの手でシューとテフヌトを生んだと記されます。エジプトの神は対になることを好むため、その手を女神として立て、配偶者の位置に置きました。

なぜ手が女神になるのですか。

エジプト語で「手」が女性名詞だったためと考えられています。文法上の性が、神の性を決めました。名が存在を作るというエジプトの考え方が、極端な形で現れた例です。

イウサアセトとの関係は何ですか。

同じ働きを担うとされる、もう一柱の女神です。一つの理屈の穴に複数の神が用意されました。エジプトは答えを一つに絞らず、矛盾したまま両方を置きます。

なぜ記録が少ないのですか。

三つの理由があります。神官の理屈から作られた神で、祈る人が先にいたのではないこと。ハトホルに吸収されて独立した記録が減ったこと。そして中心地ヘリオポリスがほとんど残っていないことです。

ヘリオポリスはいま見られますか。

エジプト政府の遺跡案内は、この町を世界でもっとも古い都のひとつとしながら、古代の町や神殿はほとんど保存されていないと記しています。立っているのは第12王朝センウセレト1世のオベリスク一本で、カイロの市街地に囲まれています。

ネベトヘテペトと併せて覚えたい言葉・用語

九柱神(きゅうちゅうしん/エネアド)

ヘリオポリスの神学における九柱の系譜。アトゥム、シュー、テフヌト、ゲブ、ヌト、オシリス、イシス、セト、ネフティス。ただしメンフィスやヘルモポリスには別系統の創世神話があり、併存していた。