湿気と露の女神。怒って砂漠へ去り、世界を干上がらせた。

Eternal Space 「テフヌト」 / CC BY-SA 4.0 出典
テフヌトとは何の神様か
テフヌトのヒエログリフの表記と読み方
エジプト語では tfnwt。語源は、
tf(唾を吐く)
に由来するとする説があります。アトゥムが唾を吐いて生んだという創世の筋と対応しています。
姿は雌ライオンの頭。これは、
「ラーの目」を担う女神に共通する姿
シューと一対で扱われ、
背中合わせに座る二頭のライオン
の図像(アケル)になります。「昨日と明日」を見るとされ、そのあいだから太陽が昇りました。
日本語ではテフヌト、テフネトなどと表記されます。
tfnwt(テフェヌト)
ヒエログリフの転写。「唾を吐く」を意味する語 tf に由来するとする説がある。
Τφῆνις(テフェニス)
ギリシャ語形の一つ。
jrt-rꜥ(イレト・ラー(ラーの目))
この女神が担う役割の名。セクメト、ハトホル、バステトなども同じ役目を負う。
テフヌトの物語
最初の女性 ─ 唾から生まれる
ヌビアへ去る ─ 水気が失われる
テフヌトは、ラーと争いました。
理由は記録によって異なりますが、
怒って、南のヌビアへ去ってしまった。
そこで女神は雌ライオンの姿になり、
荒れ狂い、近づく者を襲った。
エジプトでは、
湿気が失われた。
露が降りず、大気が乾き、世界が枯れていきます。
この物語は、実際の気候と対応していると考えられます。
ナイルの増水は、南(ヌビアの方角)から来る。
増水が来ない年は、飢饉になりました。
女神が南にいるあいだ、水が来ない。
ラーは、連れ戻すことを決めます。
派遣されたのが、トートでした。
武力ではなく、言葉で解決させる。
トートの物語 ─ 寓話で機嫌を直す
トートは小さなヒヒの姿に変じて、ヌビアへ向かいました。
荒ぶる女神の前に出て、
物語を語り始めます。
『テフヌト神話』という文書(ローマ時代のデモティック文字のパピルス)に、その内容が残っています。
語られたのは、動物の寓話でした。
ライオンとネズミの話。 助けられたネズミが、のちにライオンを救う。
ハゲワシとネコの話。 互いの子を害し、報いを受ける。
恩と報い、力と知恵についての話。
女神は聞き入り、次第に落ち着いていきます。
そして、
エジプトへ帰ることを承知しました。
帰路は祝祭の行進になりました。町ごとに歓迎され、
音楽と踊りで迎えられた。
この帰還が、
ナイルの増水の到来
と重ねられました。
ライオンとネズミの寓話は、イソップ寓話にも同型のものがあります。
乾と湿 ─ 世界の基本の対
テフヌトとシューは、常に一対で語られます。
シュー=乾いた大気。テフヌト=湿った空気。
この二つで、エジプトの気候が説明されました。
エジプトは極端に乾燥した土地です。だからこそ、
湿気は、独立した神になるほど重要だった。
露が降りること、水気があること。それ自体が特別な出来事でした。
図像では、
背中合わせに座る二頭のライオン(アケル)
として描かれます。
一頭が昨日を見て、一頭が明日を見る。
そのあいだから、太陽が昇りました。時間の境目を表します。
また、この二柱は
死者に息と水を与える
役目も持ちました。呼吸と潤いは、来世でも必要だからです。
テフヌトの家系図と家族
テフヌトの性格と人物像
テフヌトは、去ることで力を示した神です。
いなくなると、世界が乾く。
存在しているあいだは目立ちません。失われて初めて、その重要さが分かる。
注目すべきは、連れ戻し方です。
戦わない。命じない。物語を語る。
トートは、寓話で機嫌を直させました。
言葉が、暴力より有効である。
この筋は、セクメトをビールで止めたのと同じ構造です。
荒ぶる女神を、力で押さえつけない。
エジプト神話の一貫した特徴といえます。
そして、帰還が祭りになりました。
音楽、踊り、歓迎の行列。
乾いた土地で暮らす人々にとって、
水気が戻ること以上の喜びはなかった。
この女神の物語は、気候そのものの記録でもあります。
テフヌトを祀った神殿と遺跡
テフヌト専用の大神殿は、ほとんどありません。
この女神は、
シューと一対、または「ラーの目」の一つ
として扱われたためです。
レオントポリスでシューと対で祀られたほか、
アスワン一帯で「帰還の祭り」の対象
になりました。ヌビアとの境という立地が、物語と結びついています。
レオントポリス(テル・エル・ムクダム)(Leontopolis / Taremu)
シューとテフヌトを一対で祀った都市
レオントポリス(テル・エル・ムクダム)の住所: エジプト ダカリーヤ県 テル・エル・ムクダム
レオントポリス(テル・エル・ムクダム)の祀られた神: テフヌト・シュー
レオントポリス(テル・エル・ムクダム)に残るもの: 都市址・墓
ギリシャ語名レオントポリス(ライオンの町)。この名の通り、
シューとテフヌトが、一対のライオンとして祀られました。
アケル(背中合わせの二頭のライオン)の図像と結びつく土地です。
第23王朝の王都だった時期もあります。
デルタ地帯のため保存状態は悪く、
地表に残るものは限られます。
発掘では王妃カロママの墓などが確認されています。
ナイル・デルタ中部。観光整備はされていない。
フィラエ神殿(帰還の祭り)(Philae Temple)
「遠くへ行った女神」の帰還が祝われた地
フィラエ神殿(帰還の祭り)の住所: エジプト アスワン県 アギルキア島(移築後)
フィラエ神殿(帰還の祭り)の祀られた神: イシス・ハトホル・テフヌト
フィラエ神殿(帰還の祭り)に残るもの: 塔門・列柱廊・ハトホル神殿
アスワンはヌビアへの入口です。
「遠くへ行った女神」が、エジプトへ戻ってくる地点。
そのため、この一帯では帰還の祭りが行われました。
フィラエ島のハトホル神殿の浮き彫りには、
ヒヒが竪琴を弾き、笛を吹き、踊る場面
が刻まれています。女神を迎える音楽です。
トートがヒヒの姿で連れ戻した
という筋と対応しています。
この祭りは、ナイルの増水の到来とも重ねられました。
フィラエは古代エジプト宗教が最後まで続いた聖地でもあります。
アスワンからボートで渡る。世界遺産。
テフヌトが現代に残した痕跡
テフヌトの物語は、寓話文学の形で残りました。
『テフヌト神話』: ローマ時代のデモティック文字のパピルス。トートが語った動物寓話が記録されており、後世の寓話文学の源流の一つとされる。
ライオンとネズミの寓話: 助けられたネズミがのちにライオンを救う話。イソップ寓話にも同型のものがある。
アケル(背中合わせの二頭のライオン): シューとテフヌトを表す図像。「昨日と明日」を見るとされ、そのあいだから太陽が昇る。
帰還の祭り: アスワン一帯で行われた、遠くへ行った女神を迎える行事。ナイルの増水の到来と重ねられた。
テフヌトが司るもの
湿気・露
シュー(乾いた大気)と対をなす。乾燥した土地で、水気は独立した神になるほど重要だった。
雨・水気
この女神が去るとエジプトから水気が失われ、帰還がナイルの増水と重ねられた。
王の守護(ラーの目)
雌ライオンの姿で荒ぶる「ラーの目」の一柱。
死者への潤い
シューとともに、死者に息と水を与えるとされた。
テフヌトが登場するゲーム・アニメ
扱いが非常に小さい神です。
しかし原典には、
去った女神を、物語で連れ戻す
という明確で魅力的な筋があります。動物寓話が作中作として組み込まれている構造は珍しく、創作の題材として十分な強さがあります。
テフヌトが登場するアニメ・漫画・映像
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テフヌトについてよくある質問
テフヌトは何の神様ですか。
湿気・露・水気を司る女神です。アトゥムが一人で生んだ最初の女性で、シューの妹であり妻。乾いた大気(シュー)と対をなします。
テフヌトはなぜヌビアへ去ったのですか。
ラーと争ったためです。理由は記録によって異なりますが、去ったあとエジプトから湿気が失われました。ナイルの増水が南から来ることと対応していると考えられます。
テフヌトはどうやって連れ戻されたのですか。
トートがヒヒの姿になって向かい、動物の寓話を語って機嫌を直させました。力ずくではなく言葉で解決した点が特徴です。
『テフヌト神話』とは何ですか。
ローマ時代のデモティック文字で書かれたパピルスです。トートが語った寓話(ライオンとネズミ、ハゲワシとネコなど)が記録されており、後世の寓話文学の源流の一つとされます。
アケルとは何ですか。
背中合わせに座る二頭のライオンの図像です。シューとテフヌトと結びつき、一頭が昨日を、一頭が明日を見るとされ、そのあいだから太陽が昇ります。
なぜ湿気が神になるのですか。
エジプトが極端に乾燥した土地だからです。露が降りること、水気があること自体が特別な出来事であり、独立した神になるほど重要でした。
テフヌトと併せて覚えたい言葉・用語
九柱神(きゅうちゅうしん/エネアド)
ヘリオポリスの神学における九柱の系譜。アトゥム、シュー、テフヌト、ゲブ、ヌト、オシリス、イシス、セト、ネフティス。ただしメンフィスやヘルモポリスには別系統の創世神話があり、併存していた。