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ギリシャ神話

プレゲトンとは何の神様か|家系図・物語

Φλεγέθων  / プレゲトン

原初の神

冥界を流れる火の川。燃えながら地の底をめぐる。

プレゲトンとは何の神様か

プレゲトンはひとことで言えば燃えている川です。

名は「燃える」を意味する語から作られており、ピュリプレゲトン(火に燃えるもの)という長い形でも呼ばれます。

ホメロス『オデュッセイア』第10歌に、冥界の目印として名が出ます。嘆きの川コキュトスとともに、アケロンへ流れ込むとされます。

プラトンは『パイドン』で、この川を溶けた岩の流れとして描きました。地の底をめぐり、火山の火はここから噴き出すのだとします。

水ではなく、火が川になって流れている。

冥界の川のうち、これだけが冷たくありません。

ローマの詩人ウェルギリウスは、罪人を閉じ込めるタルタロスの周りを、この川が炎の急流となって取り巻いていると書きました。

ダンテはこの名を借り、煮えたぎる血の川として『神曲』の地獄に置いています。人に暴力をふるった者が、その深さに応じて浸かる場所です。

プレゲトンのギリシャ名・ローマ名と読み方

古代ギリシャ語では Φλεγέθων、長い形は Πυριφλεγέθων。日本語では「プレゲトン」「ピュリプレゲトン」と書きます。

名のもとは「燃える」「炎を上げる」を意味する動詞です。同じ語根から、炎症を意味する医学用語が作られています。 体の一部が赤く腫れて熱を持つ状態を、燃えるという語で表したものです。

長い形の頭に付いている部分は「」を意味します。この語からは、火に関わる現代語がいくつも出ています。

冥界の川は名前が似ていて紛らわしいので、意味を並べておきます。

ステュクスは「憎むべきもの」。 アケロンは「嘆き」と解される。 レテは「忘却」。 コキュトスは「慟哭」。 プレゲトンは「燃えるもの」。

五つのうち四つが悲しみや憎しみの語で、一本だけが火です。

ローマでも名は置き換えられず、そのまま使われました。

Φλεγέθων(プレゲトン)

古代ギリシャ語の表記。「燃える」を意味する動詞の分詞形からできた語で、「燃えているもの」が原義。

Πυριφλεγέθων(ピュリプレゲトン)

長い形。「火に燃えるもの」の意で、ホメロスはこちらの形で書いている。

フレゲトン(フレゲトン)

日本語での別表記。英語読みに寄せた形で、創作ではこちらも使われる。

火の川(ひのかわ)

日本語での呼び方。冥界の五つの川のうち、火を流す一本を指す。

プレゲトンの物語

  1. 火が川になる ─ ホメロスの一行から
  2. 地下の水系 ─ プラトンが描いた仕組み
  3. 煮えたぎる血の川 ─ ダンテが変えたもの
  4. なぜ記録が少ないのか ─ 川であって神ではない

火が川になる ─ ホメロスの一行から

この川の初出は、『オデュッセイア』第10歌です。魔女キルケが、オデュッセウスに冥界への道を教える場面にあります。

アケロンへ、ピュリプレゲトンとコキュトスが流れ込む。 コキュトスはステュクスから分かれた水である。 二つの川が轟音を立てて合わさる岩がある。 そこがしるしである。

名前が挙がるだけで、どんな川なのかは書かれていません。

ただし、名前そのものが説明になっています。「火に燃えるもの」。水が流れる場所に火が流れている、という一語だけで、この川の異様さは伝わります。

ギリシャの冥界の川は、たいてい感情の名前を持っています。憎しみ、嘆き、慟哭、忘却。人の心の状態が川になっています。

そのなかで、この一本だけが物理的な現象です。

悲しみの川が四本と、火の川が一本。

なぜ火が一本混じっているのか。原典は説明しません。

考えられるのは、火葬との関係です。ギリシャでは火葬と土葬の両方が行われていました。遺体を焼く炎が、冥界の入口の景色として取り込まれたという見方があります。

もう一つは、火山です。地の底に火があるという実感は、火山活動のある土地では自然なものでした。

地下の水系 ─ プラトンが描いた仕組み

プレゲトンをもっとも詳しく書いたのは、神話ではなく哲学書です。

プラトンの『パイドン』は、ソクラテスが処刑される日の対話を記した作品です。その終わりに、大地の内部の構造を語る一段があります。

プラトンによれば、地の底には巨大な穴があり、そこへすべての川が流れ込み、また流れ出しています。その一本がプレゲトンです。

この川は、火の燃えさかる広い場所へ注ぎ、 私たちの海より大きな湖を作る。 水と泥が煮え立ち、渦を巻きながら地の下をめぐる。

溶けた岩、つまり溶岩の流れとして描かれています。

そして、地上の火山はこの川が吹き出したものだと説明されます。神話の川に、自然現象の説明が与えられています。

さらにプラトンは、この川に罰の役目も与えました。親や身内に乱暴を働いた者は、死後この川に投げ込まれ、

一年のあいだ流されて、また同じ場所へ戻ってくる。 傷つけた相手が赦すまで、それが繰り返される。

とされます。

赦されれば終わるという点が特徴です。永遠の罰ではありません。ギリシャの死後観には、こうした期限つきの罰がしばしば現れます。

煮えたぎる血の川 ─ ダンテが変えたもの

プレゲトンの名を後世に運んだのは、ダンテです。

『神曲』地獄篇の第十二歌から第十四歌にかけて、主人公はこの川に行き当たります。ただし、流れているのは火ではありません。

血の川である。 沸き立つ赤い流れのなかに、人が浸かっている。

浸かっているのは、人に暴力をふるった者です。罪の重さによって深さが変わります。

暴君は眉まで、 人を殺した者は首まで、 追い剥ぎは腰まで。

岸には半人半馬のケンタウロスが並び、弓を構えています。浮き上がろうとする者を射るためです。

火の川が、血の川に変わりました。 ダンテはこの川を「燃える血」と表現し、両方の性質を残しています。

この改変には理由があります。ダンテの地獄は、罪の種類ごとに罰が対応する構造を持っています。血を流した者は血に浸かる。分かりやすい対応です。

プラトンが与えた「乱暴を働いた者の罰」という役目が、形を変えて受け継がれているとも読めます。

古代の名前が、中世の枠組みのなかで生き延びた。 冥界の川のなかでも、この一本はとりわけ大きく姿を変えました。

なぜ記録が少ないのか ─ 川であって神ではない

プレゲトンには、神としての物語がほとんどありません。

子もなく、妻もなく、台詞もありません。系譜に名前が載ることもまれです。同じ冥界の川でも、ステュクスは女神として扱われ、神々の誓いの証人になり、四柱の子を持ちます。プレゲトンにはそれがありません。

理由は、この川が場所として扱われているからです。

ギリシャの冥界の川には、神格化の度合いに差があります。 ステュクスとアケロンは神として語られ、レテは忘却の女神と重なり、コキュトスとプレゲトンはほぼ地形の名前にとどまります。

差が生まれた原因の一つは、祭祀の有無です。ステュクスは誓いに関わるため、実務のなかで名を呼ばれ続けました。誓いを立てるときに川の名を出すのですから、忘れられようがありません。

プレゲトンには、そういう使われ方がありませんでした。

もう一つは、手が届かないことです。忘却も嘆きも人が経験できますが、燃える川は経験できません。

想像するしかない川は、物語になりにくい。

それでも名前が残ったのは、印象が強かったからでしょう。火が川になっているという一語だけで、聞いた者の記憶に残ります。説明の要らない怖さが、この川の生き延びた理由です。

プレゲトンの家系図と家族

プレゲトンのきょうだい: アケロンピュリプレゲトンとコキュトスがアケロンに注ぐレテともに冥界を流れる川

プレゲトンの性格と人物像

プレゲトンには、人格がありません。

姿の描写も、台詞も、意志を示す場面もありません。神として名を呼ばれることさえ、ほとんどない存在です。 冥界の地形の一部として扱われます。

それでも、この川には一貫した役割があります。罰する場所であることです。

プラトンは、身内に乱暴を働いた者がこの川に投げ込まれると書きました。ウェルギリウスは、罪人を閉じ込めるタルタロスをこの川が取り巻くとしました。ダンテは、暴力の罪を犯した者をここに浸けました。

三人とも、この川に「暴力」を割り当てている。

書き手も時代も違うのに、受け持ちが揃っているのは注目に値します。

もう一つの特徴は、逃げられないことです。ダンテの地獄では、岸にケンタウロスが並び、浮き上がろうとする者を射ます。プラトンの版では、赦されるまで同じ場所へ戻され続けます。

閉じた輪のなかを回り続けるという形が、どちらにも共通しています。

忘却の川レテが終わらせる川だとすれば、プレゲトンは終わらせない川です。冥界の川が五本もあるのは、死後に何が起きるかについて、ギリシャ人が一つの答えを持たなかったことの表れでもあります。

プレゲトンゆかりの地と遺跡

プレゲトンを祀った場所は確かめられませんでした。 冥界の地形の一部として扱われる存在で、祭祀の記録が残っていないためです。

同じ冥界の川でも、ステュクスには違いがあります。誓いの証人として実務のなかで名を呼ばれ続けたため、アルカディア地方に伝承地が伝わっています。プレゲトンには、そうした使われ方がありませんでした。

ゆかりの土地として語られることがあるのは、火山です。プラトンが地上の火山をこの川の噴き出したものと説明したため、後の時代にはイタリアの火山地帯と結びつけて語られました。

ただし、特定の場所をこの川の地上の出口とする古代の記録は見つかりませんでした。

遺物としても、この川を表した確かな作例は多くありません。冥界の風景の一部として描かれるにとどまります。

プレゲトンが現代に残した痕跡

プレゲトンの名は、炎に関わる語文学に残りました。

炎症を意味する医学用語: 「燃える」を意味する同じ語根から作られている。体の一部が赤く腫れて熱を持つ状態を、燃えるという語で表した。

ダンテ『神曲』の血の川: 暴力の罪を犯した者が浸かる、煮えたぎる血の流れとして書かれた。罪の重さで浸かる深さが変わる。

ウェルギリウスの炎の急流: ローマの詩人は、罪人を閉じ込めるタルタロスをこの川が炎の急流となって取り巻くと書いた。ダンテの地獄の下敷きになっている。

地下に火があるという発想: プラトンは地上の火山をこの川が吹き出したものと説明した。神話の川に自然現象の説明を与えた早い例である。

プレゲトンが司るもの

名は「燃えるもの」を意味し、冥界の川のうちただ一本、水ではなく火が流れる。

火山

プラトンは地上の火山をこの川が吹き出したものと説明した。

冥界の守り

ウェルギリウスは、罪人を閉じ込めるタルタロスをこの川が炎の急流となって取り巻くと書いた。

贖罪と再起

プラトンの版では、傷つけた相手が赦すまで流され続ける。期限つきの罰として描かれている。

戒め

身内や他人に乱暴を働いた者の行き先として、古代から中世まで一貫して語られた。

プレゲトンが登場するゲーム・アニメ

創作でのプレゲトンは、ほぼ例外なく「越えられない火の川」として使われます。 名前の意味がそのまま役割になっているため、説明が要りません。

姿の描かれ方は二通りあります。炎の川か、血の川か。 前者は古代の記述、後者はダンテによります。作品によってどちらを採るかが分かれます。

プレゲトンが登場する文学

プラトン『パイドン』

地の底の水系の一本として描かれ、溶けた岩の流れとして説明されます。地上の火山はここから噴き出すとされました。

ダンテ『神曲』地獄篇

煮えたぎる血の川として登場します。岸にケンタウロスが並び、浮き上がろうとする者を射ます。

プレゲトンが登場するゲーム・創作

冥界を舞台にした作品

火の川として、越えられない障害や罰の場として置かれます。

地獄を描いた作品

ダンテの血の川の図像が下敷きになり、赤い流れとして描かれることが多くなります。

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プレゲトンについてよくある質問

プレゲトンはどんな存在ですか。

冥界を流れる火の川です。名は「燃えるもの」を意味し、長い形ではピュリプレゲトン(火に燃えるもの)と呼ばれます。冥界の川のうち、水ではなく火が流れる唯一の一本です。

プラトンは何と書いていますか。

『パイドン』で、地の底をめぐる溶けた岩の流れとして描いています。地上の火山はこの川が吹き出したものだとされ、身内に乱暴を働いた者は死後この川に投げ込まれ、傷つけた相手が赦すまで流され続けるとも書かれています。

ダンテの地獄では血の川になっているのはなぜですか。

ダンテの地獄は罪の種類ごとに罰が対応する構造を持っており、血を流した者は血に浸かるという形にしたためです。ダンテはこの川を「燃える血」と表現し、火の性質も残しています。

冥界の川のなかでどんな位置にありますか。

五本のうち、感情の名を持たない唯一の川です。ステュクスは「憎むべきもの」、アケロンは「嘆き」、レテは「忘却」、コキュトスは「慟哭」。プレゲトンだけが物理的な現象の名を持ちます。

プレゲトンを祀った場所はありますか。

確かめられませんでした。冥界の地形の一部として扱われる存在で、祭祀の記録が残っていません。誓いの証人として実務で名を呼ばれ続けたステュクスとは、その点で大きく違います。

プレゲトンと併せて覚えたい言葉・用語

ステュクス(Στύξ)

冥界を流れる川、およびその女神。神々の最も重い誓いはこの名にかけて立てられ、偽れば一年息ができず九年追放される。

タルタロス(Τάρταρος)

冥界よりさらに深い奈落。神々に逆らった者が落とされる。ティタン神族が封じられている。青銅の金床を天から落とせば大地まで九日、大地からここまでさらに九日かかるとされる。