黄泉の追手。イザナギを追いかけた鬼女。
ヨモツシコメとは何の神様か
ヨモツシコメの漢字表記と読み方
読みは「よもつしこめ」です。「ヨモツ」は黄泉の、「メ」は女を指します。
「シコ」が難しい語です。醜(しこ)の字を当てますが、古語の「シコ」は「醜い」だけでなく「強い・頑丈な」という意味を持ちます。
大国主の別名葦原色許男神(あしはらしこおのかみ)にも同じ語が入っており、そちらは強い男の意味です。
つまり黄泉の強い女とも読めます。恐ろしさは、醜さよりも力にあったことになります。
予母都志許売(よもつしこめ)
古事記での表記。
泉津醜女(よもつしこめ)
日本書紀での表記。
黄泉醜女(よもつしこめ)
一般に用いられる表記。
ヨモツシコメの物語
見てはならないものを見る
イザナギは、死んだ妻イザナミを連れ戻そうと黄泉の国?へ行きました。イザナミは言います。
黄泉の食べ物を食べてしまいました。しかし帰れるよう相談してみます。その間、決して私を見ないでください。
待ちきれなくなったイザナギは、櫛の歯を折って火をともし、中を見ました。
蛆たかれころろぎて。
体に蛆がわき、雷神が生じていました。イザナギは逃げ出します。
髪飾りと櫛を投げる
恥をかかされたイザナミは、ヨモツシコメを差し向けました。
イザナギは、頭の黒御鬘(くろみかづら)を投げます。落ちたところから山ぶどうが生えました。追手はそれを食べます。
その隙に逃げますが、また追いつかれます。今度は櫛の歯を折って投げました。落ちたところから筍が生えます。追手はそれを抜いて食べました。
投げた物が食べ物に変わり、追手を足止めする。この筋は、世界各地の逃走譚に共通する型です。
桃で追い払う
さらにイザナミは、八柱の雷神と千五百の黄泉軍を差し向けました。
イザナギは剣を後ろ手に振りながら逃げ、黄泉比良坂のふもとに至ります。そこに桃の実が三つなっていました。
これを投げると、追手はことごとく逃げ帰りました。
イザナギは桃に名を与えます。
意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)
桃が魔除けになるという考えは中国から入ったもので、この場面がその古い例です。桃太郎にもつながります。
鬼女の原型として
ヨモツシコメは、後世の鬼女の原型とされます。
般若 ─ 能面。嫉妬に狂った女の顔。
山姥 ─ 山に住む恐ろしい老女。
鬼婆 ─ 各地の昔話。
いずれも「女性」「恐ろしい」「食べる」という要素を共有します。
ヨモツシコメも、投げられた物を食べて足を止めました。食への執着が足止めになるという描かれ方は、後世の鬼にも受け継がれています。
日本の怪異の系譜が、記紀のこの場面から始まっているといえます。
ヨモツシコメの家系図と家族
ヨモツシコメの性格と人物像
ヨモツシコメは、命じられて動く存在です。
意思も台詞もありません。イザナミが差し向け、追い、食べ物に気を取られ、また追う。それだけです。
しかしこの単純さが、かえって恐ろしさを生んでいます。交渉できず、止まらず、ただ追ってくる。
名の「シコ」が強いという意味も持つことを考えれば、この存在の本質は醜さではなく執拗さにあります。日本の怪異が持つ性格の、最初の形といえます。
ヨモツシコメゆかりの地と遺跡
ヨモツシコメを祀る社はありません。追手として描かれる存在であるためです。
島根県松江市の揖夜神社の近くに、黄泉比良坂と伝える地があります。イザナギが逃げ切り、大岩で塞いだ場所とされます。
この物語にゆかりの地はありますが、この存在自体を祀る形は残っていません。
ヨモツシコメが現代に残した痕跡
ヨモツシコメの物語は、魔除けの習慣に残りました。
桃の魔除け: イザナギが桃を投げて追手を退けた場面による。桃太郎にもつながる。
黄泉比良坂: 島根県松江市に伝承地がある。生と死の境とされる。
般若・山姥: 後世の鬼女。恐ろしい女性という型の系譜にあたる。
ヨモツシコメのご利益
厄除け
黄泉の存在を退けた場面にちなむ。桃による魔除けの信仰。
ヨモツシコメについてよくある質問
ヨモツシコメとはどんな存在ですか。
イザナギが黄泉から逃げる際、イザナミが差し向けた追手です。名は「黄泉の恐ろしい女」を意味します。
なぜ食べ物で足止めできたのですか。
理由は記されていません。投げた物が食べ物に変わって追手を足止めするという筋は、世界各地の逃走譚に共通する型です。
桃で追い払ったというのは本当ですか。
古事記にそう記されています。イザナギは桃に「意富加牟豆美命」という名を与えました。桃が魔除けになるという考えの古い例です。
ヨモツシコメと併せて覚えたい言葉・用語
黄泉の国(よみのくに)
死者が行く地下の国。イザナミが去った先。