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ギリシャ神話

モルペウスとは何の神様か|家系図・物語

Μορφεύς  / モルペウス

原初の神

夢のなかで人の姿を作る神。麻酔薬モルヒネの名の由来。

モルペウスとは何の神様か

モルペウスはひとことで言えば夢のなかの役者です。

名は「かたち」「姿」を意味する語から作られています。眠っている人の夢に、誰かの姿を借りて現れるのがこの神の仕事です。

登場するのは、オウィディウス『変身物語』第11巻だけです。眠りの神ヒュプノスには千人の子がいて、そのうち三柱に役が振られています。

モルペウスは人を演じ、イケロスは獣を演じ、 パンタソスは土や水や木を演じる。

夢に出てくる「誰か」を担当する神です。 声も歩き方も癖も真似ます。

唯一の出番は、難破して死んだ王ケユクスの姿を借り、妻の枕元に立って死を知らせる場面です。

麻酔薬モルヒネの名は、十九世紀の初めにこの神から取られました。眠りへ引き込む働きにちなむ命名です。

モルペウスのギリシャ名・ローマ名と読み方

綴りは Μορφεύς。日本語では「モルペウス」「モルフェウス」と書きます。

名のもとになったのは、姿・形を意味する語です。つまり「かたちを作る者」。 夢のなかで人の姿をこしらえる、というこの神の仕事がそのまま名前になっています。

同じ語根から、変わることを意味する現代の学術用語がいくつも作られました。生物の形を扱う分野の名前や、言葉の形が変わることを扱う分野の名前がそれです。

もっとも広く知られているのはモルヒネでしょう。ケシから取り出された成分に、十九世紀の初めにこの神の名が与えられました。痛みを取り、眠りへ引き込む働きにちなみます。

英語には「モルペウスの腕のなかにいる」という言い回しがあり、ぐっすり眠っているという意味で使われます。

注意したいのは、この神がギリシャの古い書物には出てこないことです。名前はギリシャ語風ですが、伝えているのはローマの詩人です。

Μορφεύς(モルペウス)

古代ギリシャ語風の綴り。「かたち」「姿」を意味する語から作られており、姿を作る者の意になる。

モルフェウス(モルフェウス)

日本語での別表記。英語読みに寄せた形で、創作ではこちらも多く使われる。

Somnus(ソムヌス)

父にあたる眠りの神のローマ名。ギリシャ名はヒュプノス。オウィディウスはこの名で書いている。

オネイロイ(オネイロイ)

夢の神々をまとめて呼ぶ名。モルペウスはその一柱に数えられる。

モルペウスの物語

  1. 眠りの館 ─ 千人の子と三人の役者
  2. ケユクスの姿を借りる ─ 唯一の出番
  3. ギリシャには居なかった神 ─ 名前はいつ生まれたか
  4. モルヒネという名 ─ 二千年後の使われ方

眠りの館 ─ 千人の子と三人の役者

オウィディウス『変身物語』第11巻に、眠りの神の館を訪ねる場面があります。ギリシャ・ローマの文学のなかでも、とりわけ手の込んだ描写です。

洞窟の奥に、眠りの神の住まいがある。 日の光は届かず、朝も昼も夕もない。 扉は無い。蝶番がきしむと目を覚ましてしまうからである。 入口にはケシの花が茂り、忘却の川の水が流れる音がする。

この館の主が眠っている周りに、千人の子がいます。

そのうち、名前を与えられているのは三柱だけです。

モルペウスは人の姿を真似る。歩き方も、声も、癖も。 イケロスは獣や鳥や蛇になる。 パンタソスは土や岩や水や木に化ける。

夢に出てくるものを、三つに分類しています。 人・生き物・無生物。この整理そのものが、オウィディウスの工夫です。

三柱には格の違いも付けられています。モルペウスは王や英雄の夢に現れる担当で、残りの二柱は庶民の夢に出るとされます。

夢の中身に序列があるという発想は、古代の夢占いの実際と重なります。誰が見た夢かによって、扱いが変わりました。

ケユクスの姿を借りる ─ 唯一の出番

モルペウスが働く場面は、一つしかありません。しかしそれは、悲しい話です。

テッサリアの王ケユクスが船出し、嵐に遭って海に沈みます。妻アルキュオネは、そのことを知りません。毎日、神殿で夫の無事を祈り続けています。

女神ヘラは、これ以上死んだ人間のために祈らせるのは酷だと考え、虹の女神イリスを眠りの館へ送りました。

アルキュオネに、事実を伝えるためです。

モルペウスが選ばれました。人の姿を作れるのは、この一柱だけだからです。

神は翼で音もなく飛び、王の姿になった。 髭から水を滴らせ、青ざめた顔で、 裸のまま妻の枕元に立った。

そして告げます。

私はもう死んだ。祈るのはやめてほしい。 嵐が私を呑んだ。名を呼びながら沈んだ。

目を覚ました妻は浜へ走り、波間に夫の遺体を見つけます。海へ身を投げようとしたところで、二人は鳥に変えられました。

夢の神が唯一したことは、嘘をつくことではなく、本当のことを伝えることでした。 姿を借りるという働きが、ここでは最も残酷な形で使われています。

ギリシャには居なかった神 ─ 名前はいつ生まれたか

モルペウスの名は、ギリシャの古い書物には出てきません。

ホメロスにもヘシオドスにも、アポロドーロスにもありません。夢を司る存在としてギリシャで語られたのは、オネイロイ(夢の族)というまとまった集団です。個々に名前は付いていません。

名前が現れるのは、ローマの詩人オウィディウスの作品が最初です。

つまりモルペウスは、ローマの詩人が作った、あるいは広めた神である可能性が高いということになります。

オウィディウスは、名前にギリシャ語の語根を使いました。同じ場面に出てくるイケロス(似せる者)もパンタソス(幻を見せる者)も、同じ作り方です。ギリシャ語らしく作られた名前です。

これは珍しいことではありません。ローマの詩人は、ギリシャ神話を土台にしながら、細部を補って書きました。空いている場所に名前を置くのは、詩の仕事の一部でした。

ただし、この事情は覚えておく価値があります。

ギリシャ神話の神として紹介されることが多いが、 その出どころはローマの詩である。

古い神ほど有名とは限りません。 モルペウスは、生まれてからの時間が短いのに、三柱のなかで唯一名前が残った神です。

モルヒネという名 ─ 二千年後の使われ方

モルペウスの名を現代に運んだのは、です。

ケシの実から取れる汁には、強い鎮痛作用があることが古くから知られていました。十九世紀の初め、ドイツの薬剤師がこの汁から有効成分を単離します。

その成分に付けられた名前が、モルヒネでした。痛みを取り、深い眠りへ引き込む働きから、夢の神の名が選ばれています。

この命名は、医薬品の歴史のなかでも重要な一件です。植物から特定の成分だけを取り出すという手法の、初期の成功例にあたるからです。

以後、モルヒネは戦争のたびに大量に使われました。同時に、依存の問題も明らかになっていきます。

眠りへ引き込む神の名は、 引き返せなくなる薬の名にもなった。

現在も、強い痛みを和らげる薬として医療の現場で使われています。使い方が厳しく管理される薬でもあります。

運命の女神アトロポスの名がベラドンナとアトロピンに残ったのと、よく似た経緯です。ギリシャ神話の名前は、薬の世界にとりわけ多く残りました。 効き目を一語で言い表す必要があるとき、神の名は便利だったのだと思われます。

モルペウスの家系図と家族

モルペウスの親: ヒュプノス眠りの神の子。千人の子のうち名を持つ一柱

モルペウスの子・子孫: ニュクス夜の女神の系統に属する

モルペウスの性格と人物像

モルペウスには、感情の描写がありません。

命じられて飛び、姿を借り、伝え、帰る。それだけです。アルキュオネに夫の死を告げる場面でも、この神自身が悲しんだとは書かれていません。

それでも、この神には他の夢の神と違う一点があります。人を演じられることです。

オウィディウスの書き方は具体的です。歩き方、声、癖、顔つき。その人だと思わせるところまで作り込みます。 兄弟のイケロスは獣に、パンタソスは石や水に化けますが、人にはなれません。

この分担には意味があります。夢のなかで人が本当に驚かされるのは、知っている誰かが出てきたときだからです。

もう一つ、この神は嘘をつく神ではありません。 ギリシャの夢は、ゼウスが送る偽りの夢のように、人を欺く道具として使われることがあります。モルペウスの唯一の出番は、その逆でした。

本当のことを、いちばん残酷な形で伝える。 姿を借りるという働きが、ここでは慰めにも刃にもなっています。

性格として語れるのは、職務に忠実であることだけです。それがこの神の性格そのものでもあります。

モルペウスゆかりの地と遺跡

モルペウスを祀った神殿はありません。 この神はローマの詩のなかで名を与えられた存在で、祭祀の記録が残っていないためです。

ただし、夢そのものは古代の信仰の中心にありました。 病を治すために神殿で眠り、夢のなかで神の指示を受けるという習わしがあります。寝所での治療と呼ばれるもので、医神アスクレピオスの聖域で行われました。

もっとも名高いのが、ペロポネソス半島のエピダウロスです。参詣者は聖域の建物で一晩眠り、見た夢を神官に告げました。治った者が奉納した石板が数多く出土しています。

ギリシャ本土のレバデイアにはトロポニオスの神託所があり、地下へ降りて託宣を受ける儀式が行われたとパウサニアスが伝えます。ただしその位置を現在の地図の上で確定できる資料は見つかりませんでした。

夢を受け取る場所はあっても、夢の神を祀る場所はありませんでした。

モルペウスが現代に残した痕跡

モルペウスの名は、言い回しとして現代に残りました。

モルヒネ: ケシから取り出された鎮痛成分の名。十九世紀の初め、痛みを取り眠りへ引き込む働きからこの神の名が与えられた。いまも強い痛みを和らげる薬として使われる。

「モルペウスの腕のなかに」: ぐっすり眠っていることを表す言い回し。英語をはじめヨーロッパ各国語で使われる。

形を扱う学術用語: 姿・形を意味する同じ語根から、生物の形を研究する分野や、言葉の形の変化を扱う分野の名前が作られている。

眠りの館という情景: 扉が無く、ケシの花が茂り、忘却の川の水音がする洞窟。オウィディウスの描写は、後の絵画や文学で繰り返し引かれた。

モルペウスが司るもの

眠る人の夢のなかに、人の姿を作って現れる。

眠り

眠りの神ヒュプノスの子。館は光の届かない洞窟にあり、入口にはケシが茂る。

悪夢除け

夢に何が現れるかを司る神として、安らかな眠りを願う相手になった。

枕の守護

枕元に立って告げるという働きから、眠る場所と結びつけて語られる。

予兆を知る

夢は外から届けられるものとされ、知らせを運ぶ役目を担った。

モルペウスが登場するゲーム・アニメ

創作でのモルペウスは、ギリシャ神話の神々のなかでも、とりわけ現代作品での登場が多い一柱です。 「夢を司る」という役目が分かりやすく、名前の響きも通りがよいためです。

ただし、原典での姿はごく短い一場面だけです。作品ごとの人物像は、ほぼ全部が後から作られたものと考えたほうが正確です。

モルペウスが登場する絵画・彫刻

「眠りの館」を描いた作品

ケシの茂る洞窟と、眠る神と、その周りを飛ぶ夢たち。オウィディウスの描写にもとづく絵が近世に多く描かれました。

ケユクスとアルキュオネの場面

枕元に立つ王の姿と、目を覚ます妻。物語の悲劇性から、絵画の主題として好まれました。

モルペウスが登場するゲーム・創作

夢を扱う作品の登場人物

夢と現実の境を扱う作品で、案内役や仕掛け人としてこの名が使われます。

眠りや薬を題材にした作品

モルヒネとの結びつきから、鎮静や忘却をめぐる筋立てで名が引かれます。

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モルペウスについてよくある質問

モルペウスはどんな神ですか。

夢のなかに人の姿を作って現れる神です。眠りの神ヒュプノスの子で、名は「かたち」を意味する語から作られています。歩き方も声も癖も真似て、その人だと思わせる姿になります。

ギリシャ神話の神ですか。

名前はギリシャ語風ですが、伝えているのはローマの詩人オウィディウスです。ホメロスにもヘシオドスにもこの名は出てきません。ギリシャでは夢を司る存在をオネイロイ(夢の族)とまとめて呼び、個々に名前は付いていませんでした。

兄弟にはどんな神がいますか。

オウィディウスは三柱に役を振っています。モルペウスが人を演じ、イケロスが獣や鳥や蛇に化け、パンタソスが土や岩や水や木になります。父ヒュプノスには千人の子がいるとされ、名前があるのはこの三柱だけです。

モルヒネの名前と関係がありますか。

あります。十九世紀の初め、ケシから取り出された鎮痛成分にこの神の名が与えられました。痛みを取り、深い眠りへ引き込む働きにちなむ命名です。

モルペウスを祀った神殿はありますか。

ありません。ローマの詩のなかで名を与えられた存在で、祭祀の記録が残っていないためです。ただし夢そのものは信仰の中心にあり、医神アスクレピオスの聖域では、神殿で眠って夢のなかで指示を受ける治療が行われました。