十七世神の第二代。名義に四つ以上の説がある。
フハノモヂクヌスヌとは何の神様か
フハノモヂクヌスヌはひとことで言えば説明が多すぎる神です。ヤシマジヌミとコノハナチルヒメの子で、十七世神の第二代にあたります。
ヒカワヒメを娶って、フカブチノミズヤレハナを生みました。
事績は一行もありません。それでも、この名の解釈には四つ以上の説が並んでいます。
フハノモヂクヌスヌの漢字表記と読み方
読みは「ふはのもぢくぬすぬ」、現代仮名遣いでは「ふわのもじくぬすぬ」です。
「母遅(もぢ)」は、オオナムヂの「牟遅(むぢ)」と同じ語で、尊貴を意味するとされます。
「久奴(くぬ)」は国主と読む説があります。
そうすると「尊い国の主」となり、オオクニヌシの誕生を予告する名ということになります。
布波能母遅久奴須奴神(ふはのもぢくぬすぬのかみ)
古事記での表記。
布波能母知汙那須奴(ふはのもちうなすぬ)
粟鹿大明神元記での表記。
フハノモヂクヌスヌの物語
第一の説 ─ 大穴牟遅の前ぶれ
もっとも有力とされるのが、この読み方です。
「母遅」 ─ 大穴牟遅神の「牟遅」、大日孁貴神の「貴(むち)」と同じ。尊貴の意。
「久奴」 ─ 国主の意。
つまり「尊い国の主」です。
スサノオの第一世の子であるヤシマジヌミが、オオクニヌシの誕生を予期する名を持つのと同じように、この神はオオナムヂの誕生の前ぶれにあたるとする説です。
系譜の初めのほうに、終わりを予告する名を置く。そういう構成になっているという読み方です。
第二の説 ─ 蕾
母の名から読み解く説もあります。
「布波」 ─ 「含(ふふ)む」の語幹フフと同根。まだ開ききらない状態、つまり蕾。
母 コノハナチルヒメ ─ 木の花が散る姫。
母が散る花、子が蕾という対応です。
この説では、「布波能母遅」全体が「久奴須奴」にかかる美称とされます。
「久奴須」は「国巣」で「巣」は人の住居、「奴」は主。父ヤシマジヌミの島々の領有者としての性質と、母の桜の性質を受けて、「将来ある蕾の貴人の、国の住居地の主」という名義になります。
第三の説 ─ 国土の土砂
まったく違う方向から読む説もあります。
「久奴須」 ─ 「国洲」「国砂」。国土としての中洲、あるいは国土を形成する土砂。
国そのものの材料を指す、という読み方です。
この説を受けて、さらに進めた解釈があります。
「布波」をふわふわしたものとし、「母遅」を「持ち」で支える意と取り、母コノハナチルヒメと関連させて、「ふわふわした花びらの如き原初の国土を支える国土の土砂の神」とするものです。
国土創生に関わらせて読む立場です。
なぜこれほど説が並ぶのか
一つの名に、なぜこれだけの説が付くのでしょうか。
事績がない。
手がかりは、名の音だけ。
否定する材料もないからです。
物語を持つ神なら、その物語と合うかどうかで説を絞れます。しかしこの神には、比べる相手がありません。
そのため、名の音をどう区切るかで答えが変わります。「フハ/ノモヂ/クヌスヌ」とも「フハノ/モヂ/クヌ/スヌ」とも読めるからです。
事績のなさが、解釈の自由を生んでいるという状態です。
フハノモヂクヌスヌの家系図と家族
フハノモヂクヌスヌの性格と人物像
フハノモヂクヌスヌは、読み手を映す神です。
何もしていません。誰とも会っていません。それでも、この名をめぐって四つ以上の説が並びます。
オオクニヌシの前ぶれと読むか、蕾と読むか、国土の土砂と読むか。
どの説も、読む人が古事記に何を見たいかによって選ばれています。名だけの神は、しばしばそうした鏡になります。事績がないことは、内容がないことを意味しません。
フハノモヂクヌスヌゆかりの地と遺跡
この神を主祭神とする社は、確認されていません。
古事記の系譜に名が現れるだけの神です。
父ヤシマジヌミを祀る社は島根県雲南市の須我神社など各地にあり、子のフカブチノミズヤレハナを主祭神とする社も石川県や高知県にあります。この神の代だけが、社を持ちません。
フハノモヂクヌスヌが現代に残した痕跡
フハノモヂクヌスヌの名は、解釈のなかに残りました。
十七世神: この神が属する出雲の系譜。第二代にあたる。
牟遅(むぢ): 尊貴を意味する語。オオナムヂの名にも含まれる。
粟鹿大明神元記: この神を布波能母知汙那須奴と表記する。
フハノモヂクヌスヌのご利益
五穀豊穣
十七世神として豊かさを担うことによる。
国土安泰
名を国土の主と解する説による。
フハノモヂクヌスヌについてよくある質問
フハノモヂクヌスヌとはどんな神様ですか。
古事記で十七世神の第二代とされる国津神です。ヤシマジヌミとコノハナチルヒメの子で、ヒカワヒメを娶ってフカブチノミズヤレハナを生みました。
名前の意味は何ですか。
説が複数あります。「尊い国の主」とする説、母の名を受けて「蕾」と読む説、「国洲・国砂」として国土の土砂とする説などです。
なぜ説が多いのですか。
事績がまったく記されていないため、名の音をどう区切るかで解釈が変わります。否定する材料もないため、複数の説が並んでいます。