道の分かれ目に立つ神。道祖神の起源。
フナドノカミとは何の神様か
フナドノカミはひとことで言えば境に立つ神です。イザナギが黄泉から逃げ帰るとき、投げ捨てた杖から生まれました。
追ってくるものを、ここで塞ぐという意味を持ちます。
名の「フナド」は、道が分かれるところ(岐)を指します。村の境や峠、辻に立てられ、外から来る悪いものを止める神とされました。これが道祖神の起源です。
フナドノカミの漢字表記と読み方
読みは「ふなど」または「くなど」です。
「フナド」は「フミナド(踏み処)」が縮まった形とする説があります。「クナド」は「来(く)な処」、つまり「来るな」という意味だとする読み方です。
「サエノカミ(塞の神)」とも呼ばれます。塞(さ)える=ふさぐという意味です。
名のすべてが、止める・返す・ふさぐという働きを表しています。
岐神(ふなどのかみ)
日本書紀での表記。
道反之大神(ちがえしのおおかみ)
古事記での別名。道を返す神。
来名戸祖神(くなとのさえのかみ)
別の読みと表記。
フナドノカミの物語
杖を投げる
イザナギは、黄泉の国?からヨモツシコメに追われて逃げました。
黄泉比良坂にたどり着き、身につけていたものを次々と投げ捨てます。
杖 → 岐神(フナドノカミ)
帯 → 長道磐神
衣 → 煩神
袴 → 開囓神
身につけた品が、それぞれ神になりました。
そのなかでも杖から生まれたこの神は、境界を守る神として後世まで広く祀られます。
村の入口に立つ
この神は、村の境に祀られました。
疫病は、外から来る。
災いは、外から来る。
外部から入ってくるものを、境界で止める。それがこの神の役目です。
峠、辻、村の入口、橋のたもと。人が行き来する場所に石が立てられました。
道祖神(どうそじん)と呼ばれ、いまも各地の路傍に残ります。特に長野・群馬・山梨に多く分布します。
男女一対の石像
道祖神の石像には、男女が並んだ形が多く見られます。
手を取り合う。酒を酌み交わす。抱き合う。
境を守る神が、なぜ男女の姿なのか。
性の力が邪を退けるという考えがあったためとされます。陰陽石や金精様といった、性器をかたどった信仰も各地にあります。
そのため道祖神は、縁結び・子宝・夫婦円満の神としても祀られました。塞ぐ神が、結ぶ神にもなったわけです。
猿田彦と重なる
フナドノカミは、しばしば猿田彦と同一視されます。
猿田彦 ─ 天孫降臨?のとき、道の分かれ目に立っていた神。
どちらも「道の分岐点にいる」という点が共通します。
猿田彦は、鼻が長く背が高い異形の神として描かれます。天狗の原型ともされます。
各地の道祖神が「猿田彦大神」と刻まれているのは、この重なりによるものです。同じ働きを持つ神が、後から一つにまとめられた例といえます。
フナドノカミの家系図と家族
フナドノカミの性格と人物像
フナドノカミは、動かない神です。
物語のなかで何かをするわけではありません。そこに立っている、それだけです。
しかし立っている場所に意味があります。内と外の境目です。
村の人にとって、外は未知でした。疫病も、盗賊も、災いも外から来ます。その境に立って止めてくれる存在が必要でした。
杖から生まれたという由来も、地面に立てるものとして筋が通っています。
フナドノカミを祀る神社
フナドノカミを主祭神とする社は多くありません。社ではなく、路傍の石像として祀られる神だからです。
道祖神は、長野・群馬・山梨に特に多く分布します。男女が並んだ形の石像が知られます。
猿田彦と同一視されるため、各地の道祖神には「猿田彦大神」と刻まれたものが多くあります。
フナドノカミが現代に残した痕跡
フナドノカミは、路傍の石に残りました。
道祖神: 村の境や辻に立てられた石像。外から来る災いを止めるとされる。
塞の神: 同じ神の別称。「塞(さ)える=ふさぐ」に由来する。
どんど焼き: 小正月の火祭り。道祖神の祭りとして行われる地域が多い。
フナドノカミのご利益
厄除け
外から来る災いを止める神であることによる。
交通安全
道の神であることによる。
縁結び・子宝
男女一対の道祖神として祀られたことによる。
フナドノカミについてよくある質問
フナドノカミとはどんな神様ですか。
イザナギが黄泉から逃げる際に投げ捨てた杖から生まれた神です。道の分かれ目に立ち、外から来る災いを止めるとされます。
道祖神と同じですか。
この神が道祖神の起源とされます。村の境や辻に立てられた石像として、いまも各地に残ります。
なぜ男女の姿の石像が多いのですか。
性の力が邪を退けるという考えがあったためとされます。そのため縁結びや子宝の神としても祀られました。
フナドノカミと併せて覚えたい言葉・用語
黄泉の国(よみのくに)
死者が行く地下の国。イザナミが去った先。
天孫降臨(てんそんこうりん)
アマテラスの孫ニニギが高天原から地上へ降りたこと。
禊(みそぎ)
水で身を洗い、穢れを落とすこと。イザナギはこれによって三貴子を生んだ。