イザナギの袴から成った神。道の分かれ目を守る。
チマタノカミとは何の神様か
チマタノカミはひとことで言えば辻の神です。イザナギが黄泉から帰り、禊?をする直前に、身につけていた袴を投げ棄てて成りました。
古事記の表記が道俣神、日本書紀では開囓神です。
「ちまた」は道股、つまり道の分かれる場所を指します。辻や町中の道、物事の境目のことです。
チマタノカミの漢字表記と読み方
読みは「ちまた」です。「チ」は道、「マタ」は股を指します。
道が股に分かれる場所、つまり辻です。
いまも「巷(ちまた)」という語が使われます。
世間という意味で用いられますが、もとは道の分かれ目、人の行き交う場所を指しました。神の名が日常語として生き残った例です。
道俣神(ちまたのかみ)
古事記での表記。
開囓神(あきぐいのかみ)
日本書紀での表記。
八衢比古神(やちまたひこのかみ)
民間信仰での名。この神とされる。
八衢比売神(やちまたひめのかみ)
同上。
チマタノカミの物語
投げ棄てた品から生まれる
古事記の禊の場面で、イザナギは身につけたものを次々に投げ棄てます。
御杖から ─ 衝立船戸神。
御帯から ─ 道乃長乳歯神。
御袋から ─ 時量師神。
御衣から ─ 和豆良比能宇斯能神。
御褌(袴)から ─ 道俣神。
御冠から ─ 飽咋之宇斯能神。
左右の手纏から ─ それぞれ三柱ずつ。
八種の品から十二柱が生まれます。
身につけたものを外すことは、穢れを脱ぐことでした。脱いだものが神になるという発想が、ここにあります。
記紀で数が違う
同じ場面を、日本書紀は違う形で伝えます。
古事記 ─ 八種を投げ棄て、十二神が成る。禊の直前。
日本書紀(一書?) ─ 五種を投げ棄て、五神が成る。黄泉から逃げる途中、絶縁の誓いのあと。
場所も、数も違います。
日本書紀では、こう記されます。
その杖を投げる、これを岐神と言う。その帯を投げる、これを長道磐神と言う。
その衣を投げる、これを煩神と言う。その袴を投げる、これを開囓神と言う。その履を投げる、これを道敷神と言う。
袴から成る神という点だけが一致します。
飽咋之宇斯能神との混同
この神には、紛らわしい相手がいます。
開囓神(あきぐいのかみ) ─ 日本書紀での、袴から成る神。
飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ) ─ 古事記での、冠から成る神。
音がほとんど同じです。
日本書紀の開囓神が、古事記の道俣神にあたるのか、それとも飽咋之宇斯能神にあたるのか。
判断が分かれます。
記紀を比べるとき、同じ音の神を別の位置に置くことは珍しくありません。読む側の注意が必要な箇所です。
道と橋の神
この神は、いまも祝詞に呼ばれます。
地鎮祭、上棟祭、竣工祭。
橋の神、交通安全の神、運送業の神、鉄橋架橋工事の神、鉄道工事の神。
いずれにも、この神の名が挙げられます。
道の分かれ目を守る神ですから、道路と橋と鉄道に結びつくのは自然です。
民間信仰の八衢比古神・八衢比売神は、この神として古事記に登場していると言われます。八衢は、八方に分かれる辻という意味です。
愛知県知多郡の阿久比神社などに祀られます。
チマタノカミの家系図と家族
チマタノカミの性格と人物像
チマタノカミは、境目に立つ神です。
物語はありません。イザナギが袴を脱いで投げた、それだけで生まれました。
しかし辻は、古来もっとも危うい場所でした。
人と物が行き交い、外から悪いものが入ってくる。だから境には神を置きました。道祖神も、塞の神も、同じ考え方から生まれています。
いまも道路や橋の工事の祝詞に、この神の名が呼ばれます。役目が現役である神です。
チマタノカミを祀る神社
この神を単独で祀る社は多くありません。愛知県知多郡の阿久比神社などに名が伝わります。
八衢比古神・八衢比売神として、各地の道祖神や塞の神の社に祀られる例があります。
また、地鎮祭や上棟祭の祝詞に、道と橋の神として名が挙げられます。社より祝詞のなかで、いまも生きている神です。
チマタノカミが現代に残した痕跡
チマタノカミの名は、巷という語に残りました。
巷(ちまた): いまは世間の意で使われるが、もとは道の分かれ目を指した。
八衢: 八方に分かれる辻。八衢比古神・八衢比売神の名に含まれる。
道祖神: 村の境や辻に立つ神。同じ考え方から生まれた。
チマタノカミのご利益
交通安全
道の分かれ目を守る神であることによる。
厄除け
境から入る災いを防ぐことによる。
建築守護
地鎮祭や工事の祝詞に名が挙げられることによる。
チマタノカミについてよくある質問
チマタノカミとはどんな神様ですか。
イザナギが禊をする直前に、身につけていた袴を投げ棄てて成った神です。道の分かれ目、つまり辻を守るとされます。
日本書紀では違いますか。
日本書紀では開囓神と記され、黄泉から逃げる途中の絶縁の誓いのあとに成ります。投げ棄てる品も五種で、古事記の八種より少なくなっています。
いまも信仰されていますか。
地鎮祭や上棟祭の祝詞に、道と橋の神として名が挙げられます。交通安全や鉄道工事の神としても呼ばれます。
チマタノカミと併せて覚えたい言葉・用語
禊(みそぎ)
水で身を洗い、穢れを落とすこと。イザナギはこれによって三貴子を生んだ。
一書(あるふみ)
日本書紀が本文とは別に併記する異伝。「一書に曰く」の形で複数載る。