墓に住み、副葬の宝を守る動く死体。幽霊ではない。
ドラウグとは何の神様か
ドラウグはひとことで言えば動く死体です。スカンディナヴィアのサガと民話に出てきます。
押さえるべき点は一つです。形も実体もない幽霊ではなく、肉体を持った死体が起き上がって動きます。 触れるし、掴まれるし、殴り合いになります。
住まいは自分の墓です。塚に一緒に納められた副葬の宝を守り、近づく者を退けます。人並み外れた力を持ち、体を膨れ上がらせ、姿を変えるとも語られました。
中世の文学に出るハウグブイ(塚の住人)やアプトルガンガ(歩いて帰る者)も、まとめてこの言葉で説明されることがあります。
退治の作法まで細かく伝わっています。首を切り落として尻の下に置く、塚から引き出して焼き、灰を海へ撒く。土に還らなかった者を、もう一度きちんと終わらせる手順です。
ドラウグの名前の表記と読み方
古ノルド語では draugr。アイスランド語でドラウグル、フェロー語でドレイグル、デンマーク語・スウェーデン語・ノルウェー語でドラウグと呼ばれます。日本語ではドラウグが定着しています。
語源ははっきりしません。「欺くもの」「幻」に通じるとする説があります。いずれにせよ、生きているように見えて生きていないものを指す語だったようです。
近い言葉にハウグブイ(塚の住人)とアプトルガンガ(歩いて帰る者)があります。前者は墓にとどまる型、後者は出歩く型で、原典では区別されることもあれば、まとめて扱われることもあります。
Draugr(ドラウグル)
古ノルド語の表記。日本語ではドラウグと書かれることが多い。
Haugbúi(ハウグブイ)
「塚の住人」の意。墓から出ずに宝を守る型を指す。
Aptrganga(アプトルガンガ)
「歩いて帰る者」の意。墓を出て人里へ来る型を指す。
ドラウグの物語
幽霊ではない ─ 掴める死者
北欧の死者は、透けていません。
サガに出てくるドラウグは、掴むことができ、掴み返してきます。 力比べになり、組み合いになり、床が抜けるほどの取っ組み合いが描かれます。
体は生前より重く、色は青黒いか死人のように蒼白で、体を膨らませて大きくなることもあると語られました。
ヨーロッパの幽霊像が形のない霊に寄っていったのに対し、北欧の死者は最後まで肉体を保ちます。
この違いは、埋葬の仕方とも関わると考えられています。塚に船や馬や宝を一緒に納め、その中で暮らしているという感覚が、死者を肉体のまま想像させました。
宝を守る ─ 塚に潜る者たち
ドラウグの多くは、自分の副葬品を守っています。
サガには、塚を掘って宝を奪おうとする若者の話が繰り返し出てきます。塚に潜り、暗がりで死者と取っ組み合い、剣を奪って帰る。北欧の英雄が名を上げる方法のひとつが、墓荒らしでした。
この型が語られ続けたのは、塚が実際にそこにあったからでしょう。北欧の景色には、いまも大小の墳丘が点在しています。
中に何が入っているかは、掘ってみるまでわかりません。そこに宝があり、それを守る者がいるという想像は、風景そのものから生まれています。
退治の作法 ─ もう一度終わらせる
ドラウグを止める方法は、細かく決まっていきました。
首を切り落とし、その首を尻の下に置く。塚から引きずり出して焼き、灰を海へ撒くか、人の来ない場所へ埋める。
家から運び出すときには、戸口ではなく壁に開けた穴から出し、出したあとで穴をふさぐ。戻り道をわからなくするためです。
どの作法も、目的は同じです。もう一度、きちんと終わらせること。
死者が戻ってくるのは、送り方が足りなかったからという考え方が根にあります。だから対処も、暴力ではなく手続きの形をとります。
これは葬送の作法の裏返しであり、当時の人々が死者をどう扱っていたかを映す鏡でもあります。
現代へ ─ 墓を守る死者の像
現代の物語に出てくる、墓から起き上がって宝を守る死者の姿は、多くがこの伝承にさかのぼります。
塚に潜って死者と戦い、剣を奪って出てくるという筋立ては、ゲームや小説でおなじみのものになりました。
ただし、原典との違いもあります。近代以降の作品では大量に湧く敵として描かれがちですが、サガのドラウグは基本的に一人です。 名前があり、生前の人格を保ち、恨みの理由もはっきりしています。
誰だったかがわかっている死者。 そこが、名もなき群れとは決定的に違います。
北欧の死者は、生前の続きを生きています。強欲な男は死んでも強欲で、乱暴者は死んでも乱暴です。
ドラウグの家系図と家族
ドラウグの性格と人物像
ドラウグは、性格が変わらない死者です。
死ぬと人が変わる、ということがありません。生前に欲深かった者は死んでも宝を離さず、乱暴だった者は死んでも人を襲います。
これは、北欧の死者観の核心です。死は人格を洗い流しません。
だから恐ろしい。姿が化け物になったからではなく、知っている人間が、そのままの気性で戻ってくるからです。サガの場面が生々しいのは、たいてい相手が身元のわかる誰かだからです。
同時に、この存在には理不尽さもあります。きちんと送られなかった者、恨みを残した者、あるいはただ強欲だった者が、望まぬ形で残される。
土に還れなかったものが、いつまでも土の上にいる。 ドラウグの物語は、その居心地の悪さを繰り返し語り続けます。
ドラウグゆかりの地と遺跡
ドラウグを祀った場所はありません。 祀る相手ではなく、鎮める相手だからです。
かわりに北欧の景色に残ったのが、塚そのものです。スカンディナヴィア各地に大小の墳丘があり、その一つひとつに土地の言い伝えが結びついています。
ただし、特定の塚をドラウグの伝承と確かに結びつけられる例は限られます。 土地の言い伝えは記録に残りにくく、後から作られたものも混じります。この記事では住所を一次情報で確かめられたものだけを扱う方針のため、欄を空けています。
ドラウグが現代に残した痕跡
この死者の像は、サガの場面と、現代の物語に残りました。北欧の墓の作法にも、その考え方の跡が見えます。
塚を掘る英雄譚: サガには、塚に潜って死者と組み合い、剣や宝を奪って帰る話が繰り返し出てくる。北欧で名を上げる方法のひとつだった。
死者を出す壁の穴: 遺体を戸口ではなく壁の穴から運び出し、あとでふさぐ習わしが伝わる。戻り道をわからなくするためとされる。
現代の物語の死者: 墓から起き上がって宝を守る死者の像は、多くがこの伝承にさかのぼる。ただしサガのドラウグは名前と人格を持つ一人である。
ドラウグが司るもの
守護
自分の墓と、共に納められた副葬の宝を守り続ける存在である。
財産
塚に納められた宝と結びつき、それを奪おうとする者と戦う。
闇
塚の暗がりに住み、夜に人里へ現れるとされた。
ドラウグについてよくある質問
ドラウグとは何ですか。
スカンディナヴィアのサガと民話に出てくる動く死者です。形のない幽霊ではなく、肉体を持った死体が起き上がり、自分の墓と副葬の宝を守ります。
幽霊とどう違いますか。
触れることができ、掴み返してきます。力比べや組み合いになる場面がサガに数多く描かれています。
どうすれば止められますか。
首を切り落として尻の下に置く、塚から引き出して焼き灰を海へ撒くといった作法が伝わります。いずれも、もう一度きちんと終わらせるための手続きです。
エッダに出てきますか。
この語で現れる場面は多くありません。主にサガと民話に属する存在です。ただし死者が墓の中で意識を保つという考え方は、エッダの場面とも地続きです。